重い足取り

重苦しいイブキの思いに反して、その足取りはとても軽かった。

 まさかもう呼び出しがあるとは。思っていた数千倍も早かった。

 あの場所には、自分とアムしかいなかった。やはりアムは恵殿の使いだったのだろうか?いや、そんな雰囲気は感じられなかった。あれが自分を欺くための演技だとしたら女優だ。

 確かに、あの山猫の断末魔は遠くにいる花御子にまで聞こえていたかもしれない。先に喉を潰しておくべきだった。

 とにかく、今は何を考えても良い案が生まれてこない。

 それに、花姫が自分を呼び出した理由もそもそも分からないのだ。とにかく普段通りにしていよう。

 そして、もし自分の行った事を咎められればその時は……。どうすればいいのだろうか。恵殿から逃げたとして、自分は一体どこで生きていくのだろう。

 石畳から視線を上げると、花姫の屋敷の門の前だった。

 しばらく待っていると、ゆっくりと重たそうに門が開く。

 花姫の屋敷は開放的な造りをしている。壁はなく、仕切りは横開きのドアだ。特に玄関もなく、建物のへりから板間が張り出しており、皆そこから好き好きに出入りしている。中々地上では見たことのない自然と調和した建物の造りだが、地上のどこかの島国ではこういった様式がポピュラーだと誰かが言っていた。

 一旦門の中に入ってしまえば、どこにでも入り放題だなとイブキは常日頃から思っていた。

 土足厳禁のため、靴を脱いで上がる。誰かの靴が脱ぎ捨てられてあるのを見て、ついでにその靴も揃える。

 花姫の部屋は、花御子達の部屋に囲まれるようにして屋敷の中央に位置している。

 現に、何人かの花御子とすれ違う。イブキと同じ時間にパトロールしていた花御子や、花姫の身の回りの世話を焼いていて常に忙しそうな花御子。だが、どうにも最近人が少ない気がする。元々少ない人数だったが、さらに減った気がする。だが、イブキは自分から誰かに話しかけるということを得意をしていないのでその疑問は晴れないままだった。

 廊下が狭いので、花羽を広げたままではすれ違えない。この屋敷の中では花御子は花羽を閉じている。基本的に恵殿全体が花御子のエネルギー源をまとっているので、花羽が無くても問題ないのだ。

 渡り廊下を進み、花姫の部屋の前で立ち止まる。

 息を吸うと、頭がクラクラするほどの匂いがする。

 その匂いにうかされるように、イブキはそっと引き戸を開く。

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