質問


「…それにしても、君、良かったの?」

 アムの雰囲気が柔らかいものに戻る。

「え?」

 コロコロ変わるアムの表情にイブキは正直戸惑っていた。

「あの山猫、恵殿といい仲なんでしょ?その山猫を攻撃した人間を逃した花御子となると、結構まずいんじゃない?」

「あ…」

 そうだった。つい勢いでアムを連れて逃げてきてしまったが、その後のことを深くは考えていなかった。

 だが、ここはあの森から数十kmは離れているし、私はどの花御子よりも早く飛べる。あの一瞬で姿ははっきりと見られていないはずだ。もし仮に犯人探しが始まったとしても、自分は花姫のお気に入りだし、しらを切れば何とかなるだろう。

「…大丈夫。気にしないで」

「そう?なら良いんだけど。…あ、お礼がまだだったね、助けてくれてありがとう。」

 イブキの両手を小さな手でぎゅっと握るアム。

「あぁ、いや。余計なお世話だったかもしれないけど」

いつまで握るつもりなんだろうと思いながらイブキは、つい自分を卑下してしまう。

「まぁ、そうだね!」

 遠慮なしの満開の笑顔で、アムはイブキを追撃する。

 イブキは少なくともショックだったが、アムがあまりにも明るく言うので、そこまで気に病まずに済んだ。

 すると、再びアムの表情が憂いを帯びたものに変わる。

そして、イブキを握る手を、恋人繋ぎに握り変えて質問する。

「…ねぇ、なんで森を見ていたの?」

 イブキは自分が手汗をかいていないか気になりつつ、正直に答えた。

「…暇つぶし」

「へぇ!」

 アムはパッとイブキの手を離して、わざとらしく両手をあげて見せる。イブキは小馬鹿にされたようで少し苛ついた。

「何なの?」

「あの誰も寄りつかない森の上で暇つぶしかぁ。一番退屈な場所だろうに」

「別に、何もしなくたって暇はつぶせるし」

「ふぅん。でも花御子がわざわざあの森の近くをうろつくなんて、山猫からはあまりいい顔されないんじゃないの?」

「アイツ、普段は洞穴にいるから何が起きたって分からないはず」

 山猫は基本的に自分の寝床の洞穴にこもっている。食料調達は部下に任せ、自分は安全な寝床でぬくぬくと暮らしている。数ヶ月に一度、気が向いた時に「狩り」と称して人間を襲いに森から出てくる。

 イブキは何年も一人でこの森を見てきたから分かる。

 

「やけに確信があるんだね、それに詳しい。まるであいつをずっと監視してたみたい」

「何を馬鹿なことを」

 変な詮索はやめろと言わんばかりに、イブキは失笑する。アムはどこか遠くの一点を見つめながら言葉を続ける。

「それにあの森はおかしかった」

「おかしい?一体どこが」

「私が森に入ったとき、魔物が一体も現れなかった」

「それは、獣類の魔物は夜行性だから…」

「いや、夜行性でも気配くらいはするはず。なのに、ほとんど感じられなかった」

 アムの謎の気迫に押され、イブキは呼吸が荒くなってきた。

「…ねぇ、あなた。」

 アムの人差し指が自分の胸の真ん中に触れる。さっきの山猫を撃った指だ。背中に冷たいものが流れる。

「ワルイコ、なんでしょ?」

「…ッハ」

 さっきから心臓が休まる時がない。少し前までの、あの絶望的な退屈が恋しくなるほどに。

 こいつ、もしかして恵殿の関係者だったのか?

 だとしたら、非常にまずい状況だ。

 この心臓の音からも、きっと気づかれている。

 自分が山猫一派の魔物を殺してきたことに。


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