第12話 オールディスティニー・ランデブー

第12話 オールデスティニー・ランデブー


「っ・・・・・・オマエ・・・・・・!」

自力で縄をほどいた少年、いや、もはや人間でないのかもしれないが、とりあえず逃がすことだけは避けたかった。引き止めたかった。これほどまでに時間をかけていろいろやってきたものを一瞬で失うわけにはいかなかった。あれだけは、どうしてもあれだけは・・・・・・!という気持ちが彼の足を動かした。その瞬間だった。

「なっ・・・・・・!?」

急に足が何かに引っ掛かり、予期せぬ障害に私は転倒した。派手に頭からだ。それを確認した、いや反射か。目の前の少年は急いで駆け出し、二階にある屋外へのドアへ向かって走り出した。

「くっそ・・・・・・」

こんなはずじゃなかった・・・・・・。こんなはずじゃなかったんだ・・・・・・。後悔の念がこみ上げてきた時だ。私の中の血が訴えた。まだ彼には追いつけると。まだやり直せる。まだおわっちゃいない。

(いいぜ・・・・・・、最後まで・・・・・・)

「醜く暴れてやるよ」

その言葉と同時に男も駆け出し、ものすごいスピードで少年を追いかけ始めた。


「こんなところにロープを仕掛けるだけで大丈夫?」

男を転ばせたあのロープのギミックを作りながらハナは言う。

「じゃあ聞くけどさあ、捕まえた犯人が手錠をほどいて今にも逃げそうだったらどうする?」

「それはもちろん、犯人を追うわよ」

「どうやって?」

「走ってよ」

「そこだよ。普通、捕まえた人間が逃げようとしているとき、普通なら急いで追おうとするはず。その時、目線はほとんどの場合逃走者に釘付けになる。その時に効くのがこのトラップさ」

そういってしゃがみ、ちょうど足のすねあたりにくるように括りつけられたロープを引っ張る。

「この位置にしかけてドアを閉めればまずギミックは見えないし、最初に部屋に入った時、最初に目線は僕にくるから大丈夫だよ」

「確かに棒立ちの貴方が立っていたら驚いて焦ってとらえようとするわね。その時に、これに引っかかるって仕組みね」

「そう。うまくいくかは分からないけど、おそらく相手もプロじゃないと思うんだよね」

「どうして?」

「僕だったら絶対に逃げられない場所に監禁するし、ハナに逃げられてる時点でさっさと逃げるでしょ」

「それはそうね」

「だからちょっと気になってることもあるんだけどね」

「何?」

「どうして犯人はぼくたちにこだわるんだろうってこと。お金持ちなわけでもないし、恨まれるようなことはしてない。同時に誘拐するならまだしも、二段階にステップを分けて誘拐した。つまりこの犯人はなにか大きな動機をもってこの誘拐をしているんだ。その動機が気になってね」

そうエヴィㇽが言うと、少しハナが暗い顔をした気がした。

「?大丈夫、ハナ」

「うん?あ、ええ。大丈夫よ」

そう言ってロープを張り終わる。

「よし、これで大丈夫だろう。あとはこれで犯人が来た時に僕が犯人をひきつける。その間に・・・・・・」

「私が別方向に逃げて、助けを求める。でも本当に大丈夫?」

ハナは不安そうに尋ねる。

「やっぱりやめたほうがいいんじゃ・・・・・・」

「でも今の状況を打開するためにも何か動かないと。それに逃げ足が速くて悪運が強いことも知ってるだろ?」

「それは・・・・・・」

「大丈夫だって、任せといてよ」

「・・・・・・じゃあ一つだけ約束ね」

ハナがそう言って一拍おいてから告げた。

「絶対に無事に再開するわよ」

「ああ、当たり前だ」


エヴィルは何とか逃げ出したあと、急いで工場地帯から逃げようとしていた。ハナとは事前に逃げる方向を決めていたのでたとえ間違ってもばったり鉢合わせることはないだろう。できればこのまま逃げ切りたい。そうも考えていた。が、

(後ろから追ってきてるな・・・・・・)

自分の疾走する足音とはもう一つ別の速いテンポの足音が耳に入る。

(意外と全然走れているなぁ。普通あんな盛大な転び方したら起き上がるのだって大変だと思うんだけどなあ)

だが、男は走って自分を追ってきていた。

(チェイスせずに逃げ切ろうと思ってたけど、それは無理っぽいな)

エヴィルはそう考えると、急に目の前の建物の前で右側に曲がった。

(さっき見えた工場!)

その看板と大きな煙突にエヴィルは見覚えがあった。

(ここ、社会科見学で来た工場地帯の一角か!)

そう、やっとここがこの町のどこなのかをつかむことができた。そして、自分のおおよその位置も。

(この工場地帯は町の東側にある!ナブド礼拝堂にも近い!ハナには西側に逃げるよういったはずだから、運が良ければ警察とかに会えているかも・・・・・・)

小さな路地を抜け、周りを見渡す。自分以外の足音が近づいているのを確認して、エヴィルは再び走り出した。


そのころハナは急いでエヴィルに言われた通り、西側に猛スピードで走っていた。

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・やっと工場地帯を抜けたわ」

ハナもすでにここがどこなのかをわかっているようだった。

「ここからなら分かる・・・・・・。家にも帰れる・・・・・・」

その時だった。

「ねえ、ねえちゃん」

肩に手をかけられ、急に呼ばれる。その肩をつかむ力は、強かった。

(まさか、まだ仲間がいた!?)

急いでその場を離れようと駆けだそうとするが、

「ちょ、ちょ待てや。俺らは話を聞きたいだけや」

そう言われたので振り向くとそこには戦闘スーツ姿の人間と、その補佐官らしき人がいた。そして、次に目についたのは胸元にあるマーク。

「どうしたんや、そんなに急いで」

その人の顔も知っている。この前、エヴィルを迎えに行った時にもいた、あの人だ。

「あ、貴方は・・・・・・」

「どうした?」

もうこの人に任せておけば大丈夫だという安心感があった。なぜなら・・・・・・

「すみません。私たちを・・・・・・助けてください」


エヴィルはまだ、工場地帯のなかを走っていた。

(クソっ、まったく工場地帯から抜けられねえ)

追われているが、距離を詰めさせないためにあえてぐちゃぐちゃに走ったが、それが逆に仇となり、自分の位置を見失ってしまった。

(このままじゃマズイ・・・・・・)

エヴィルはそう思いつつも、再び足音が近づいてきたため、走り始める。

もうそこまで体力は残っていない。それはおそらくあちらもそうだろう。だが、あちらは大人だ。大人というものは意外と体力がある。それにメンタルも。いろいろこちらが有利と思っていたが、決してそうではないようだ。

(とりあえず、広い道路か何かに出たい)

エヴィルはいまだ、路地から抜けられずにいる。何度も同じところをめぐっているようだった。このままではいつ追いつかれるかも分からない。

(一か八か、やってみるか)

エヴィルは急に走ってきた方向に向かって走り始めた。

(足音はこだましすぎてよくわからないが、あちらも僕がどこにいるかはわかってないみたいだ・・・・・・)

不規則なステップで走っているのが目に浮かぶ。

(こうなったら僕も同じように西側に行かせてもらう!)

すでに時刻は夕暮れ時に近い。少しずつ、空が黄色に、そして深い青になっていく。エヴィルは太陽の光と影から西側を特定し、その結果、元来た道を引き返したのだ。

(鉢合わせる可能性もあるが・・・・・・このままでは埒が明かないからな・・・・・・。少々強引に突破させてもらおう)

時間的にもハナはかなり移動できているだろう。危険性自体は少ない。そう判断し一目散に駆けていく。その時だった。

(?足音が・・・・・・消えた?)

先ほどまでしていたもう一つの足音が、急に消えた。

(それほどまでに離れたのか?いや、もしくは・・・・・・)

とにかくエヴィルは背後を確認しながら、走っていく。すると、ナブド礼拝堂への道案内板が見えた。

(やっぱりこっちであってる!急ごう!)

その時だった。何者かがスタッと着地する音がした。

「!」

エヴィルは急いで振り向くが、

「パアン!」


「銃声!?」

「こっちだ!」


「ちっ・・・・・・くしょっ・・・・・・!」

エヴィルは右足を撃たれてしまった。

(これは予想外だったな・・・・・・。まさか、屋根をつたって追ってきていたとは)

男はゆっくりと近づいてくる。

「はあ・・・・・・はあ・・・・・・やっと・・・・・・やっと・・・・・・本当の真実にたどり着ける!」

男は興奮しているのか、それともただ単純に走って息が切れているのか、エヴィルには分からなかった。

「君を探すのにかなりの時間を要したんだ。これからは・・・・・・」

一拍おいて、言う。

「ずっと一緒だ」

その言葉に悪意はない。だが、やり方は認められるものではない。そして——

「動くな!」

それは叶うことではない——

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