第9話 見えるもの、見えざる者

第9話 見えるもの、見えざる者


犯人の指定通りにオベイド通りに来た。ここは自分たちの住む町、ナブドの通りで一番大きく、多数の町とつながっている通りだ。北アフリカ共和国の首都であるオベリズグへとつながる唯一の幹線道路でもある。ゆえにやはり人だかりはすごい。

「これじゃあすぐに見失いそうですね」

近くにとめた監視車から様子を見守るが、最悪の場合カメラの死角に入ってしまう。というかその状況のほうが多い。近くの防犯カメラの映像をすべて共有してもらっているが、それをもってしてもエヴィルの姿を常時追っておくのは無理だった。

「監視員もあまり効果がないようですし・・・・・・、人員を下手に割くよりも高台などに上らせたほうがいいのでは?」

そう一人の警官がいうが、

「馬鹿を言うな、相手もこちらと同じく、どこかから交渉人を見ている。もし相手が高台をすでに取っていたらこちらの怪しい動きをヤツの前でさらすことになるんだぞ」

そういってモニターに向き直る。

「今は、犯人からのアクションにかけるしかない。俺らが動くのは、そのあとだ」

エヴィルは特に変装などはしていない。だが、人ごみにまぎれれば一瞬でどこにいるかわからなくなる。

エヴィルも不安になってきた。自分がここでただ待っていればいいのかというその確証のなさから来る不安と、居心地の悪さで余計に緊張する。するとそこに犯人からのメールが来た。そこには、

『あなたを視認しました。では、この通りをずっと北東へと歩いて行って、ナブド礼拝堂まで行ってください。』

アフリカ自体、宗教信仰が盛んなことは言うまでもないだろう。この国も例外ではなく、むしろ紛争の火種となるくらいだから宗教が根強く結びついているのはわかるだろう。

エヴィルはメールに来た内容をおじさんに送った後、大通りをエヴィルは歩き始めた。一応警官数人も後を追ってきてくれるそうだ。少し安心して通りを歩いていくのであった。

一方でおじさんはメールを見てからずっと抱いていたことを打ち明けた。

「なあ、さっきのエヴィルが通りに来てからの周りの人でエヴィルを見てた人とか、周りを見渡してた人っているのか?」

「え?」

「エヴィルがいるのを確認したってことは、相手もどこからか見てるってことじゃないか。だったらそっちをあぶり出したほうが早くねえか?」

「言っていることは確かに一理ありますが・・・・・・、相手が一人だという保証がないのでね・・・・・・。それこそ人一人をどこかでかくまっているのならなおさら」

「確かにそうか・・・・・・」

おじさんはそういうと椅子に座った。そのままいつもの癖で煙草を吸いそうになる。

「すいません、ここ、禁煙で・・・・・・」

近くにいた警官が申し訳なさそうに言う。

「ああ、これは失礼」

そういって煙草をくわえたまま外に出る。日差しが鋭く刺さる。

(何事もなけりゃあいいんだが・・・・・・)

遠くの空は曇っていた——


あれからかなり歩いてナブド礼拝堂まで来た。この礼拝堂はこの町一番のキリスト教の礼拝堂だ。さすがに大きい。でも戦時中はここが拠点になっていて、各地に兵を派遣してたんだとか。教会だからうかつに攻撃できないしね。そんなところまで歩いてきたけど・・・・・・、とにかく暑い。まだ四月といっても赤道直下のこの国の暑さは異常だ。とりあえず水を飲もうとしたその時だ。

『貴方を指定の場所で視認しました。』

犯人からのメールだ。

『また数分後に指令を出します。それまで休憩しておいてください。次は長距離を移動するので』

と、それで切れてしまった。だが、わかったことがある。

(次がおそらく大詰め・・・・・・!)

「完全に奴は行動に出る気だな。今まで以上に警戒を強めろ!」

そう司令を入れた瞬間だった。

「ピピピピピピピピピピ!!!」

手元にあった警報が鳴り響く。

「どうした!何があ——」

その瞬間、周りの物が巻き上げられるように旋風が巻き起こった。土煙があたり一面に立ち昇り、一瞬で視界を奪われた。

エヴィルにもその様子はよく見えていた。急に風が強くなり、天気が変わっていく。

(⁉何だ?)

風の吹いてきた方向をみると、たくさんの場所で土煙が上がっている。でもエヴィルは違うものを見た。

(何か・・・・・・いる!)

次の瞬間、その物体はあたり一帯に強力な旋風を巻き上げながら礼拝堂に突撃した。

「バガアアン‼」

エヴィルは風と衝撃で大きく飛ばされ、道路に投げ出された。

「う・・・・・・っ・・・・・・」

何が起こったかわからず、礼拝堂のほうを見る。すると、空が暗く、そのせいで顔はわからないが、礼拝堂の上に昨日見たものと同じ生物——いや、違う。

「昨日のものよりも一回り・・・・・・いや、二回り以上大きい・・・・・・」

またか・・・・・・と思った。すると、静寂を突き破るかのように鳴き声が響く。気づくと、いつの間にかほかの個体が近くを旋回している。だが、こちらは昨日見た個体と同じだ。

(ああそうか、わかったぞ)

ここでエヴィルはある一つのことに気づいた。

(昨日調べてわかったけど、デイビル・イーグルは本来、群れで行動を行う。でも、群れにはいつもリーダーがいる。でも昨日の群れに、リーダーはいなかった)

目の前の礼拝堂にいる大きなデイビル・イーグルに目を向ける。

(あの個体たちはおそらく群れからはぐれた個体。それが殺されたとなっては怒るだろう。それでこの街に来たんだ。群れのリーダー直々に!)

デイビル・イーグルの性質。それは基本的に20〜30体の群れで行動するということだ。そして群れの中には、一体だけだが強力なボス格——リーダーが存在する。そいつのみ、ほかの個体とは分けて登録がされており、『ストーム:1656 デーモン・フェザー』となっている。この個体はデッドクラスに分類されるSKであり、先ほどのように旋風を巻き上げながら移動することが可能であり、またその旋風によってその場の天気が変わるほどである。そのため一部地域では神と同一視されていた時もあった。

今でもたびたび深刻な被害をもたらしており、デイビル・イーグルが現れた時にセットで現れることが多いため、要注意となっている。

(あの仲間たちのかたき討ち——)

昨日の情景が目に浮かぶ。なぜだろうか。叫びたくなる。

あたりはめちゃくちゃだった。車は横転し、家はひっくり返ったり倒壊しているところだってある。決して惨状は良いとは言えなかった。泣き叫ぶ人もいれば、神に祈る人だっている。もちろん、逃げ出す人も。

「くそっ」

エヴィルは立ち上がり、自身の体を確認する。頭から多少は出血しているが、今すぐ処置するような傷ではない。なんとかその場を離れようとした時、一匹のデイビル・イーグルが自分に気づいたらしく、急降下してきた。

(マズい——)

そう思った瞬間、轟音が響き、目の前にその怪鳥は落下した。よく見ると腹の部分に穴が空いている。一斉に怪鳥の群れが一つの方向を向いた。そして、

「ギャアアア!!!」

と一斉に声を上げた。

(来たか。ストーム財団、北アフリカ師団!)

おそらく追いかけてきたのだろう。町のはずれから砲撃したようだ。

デーモン・フェザーもそれに気づいたのか礼拝堂から飛び立ち、荒々しい旋風を巻き起こしながら町の外れへと向かう。再び町の色々なものが天空へと舞い上がる。その中を舞う鳥を狙い、銃弾が空へと飛んだ——


(相変わらずバカみたいな旋風を巻き起こすなあ)

エヴィルは地面に伏せて旋風から身を守っていた。あたりは一面根こそぎ建物がひっくりかえってしまった。

「これが・・・・・・、デッドクラスのSKの力・・・・・・」

今まで見たことのないほどの威力と範囲の技を繰り出せる、人外魔境の恐ろしさを実感した。

(こんなことしてる場合じゃない。早く連絡を——)

そう思い携帯を取り出そうとした瞬間、目の前の浮遊するハンカチに口を覆われ、気絶してしまった。

「・・・・・・漸く・・・・・・会えたな。同志たちよ」

誰もいない礼拝堂の前で声だけがむなしくこだまするのだった——

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