第8話 急転直下

第8話 急転直下


家で休んでいると、急に電話がかかってきた。誰だろう、と思いながら電話番号を確認すると、ハナの勤務先からだった。何かあったんだろうか、そう考えながら受話器を取る。

「もしもし」

「あ、ハナさんのお宅ですか?」

この人の声は聞き覚えがある。ハナの働く店の店長さんだったはずだ。

「はい、そうです」

どうしても目上の人と話すと、ぎこちなく感じる。どことなく緊張してしまう。

「ハナさんがまだ仕事場に着かないんだけど、何か知ってる?」

親じゃないと思ったのだろう。急に話し方が軽くなる。だが、肝心な部分はそこじゃない。

「え?いや、三十分以上前に家を出ていますよ」

ハナが家を出てからかなりの時間が経っている。ハナは道草なんてことは絶対にしない性分だ。ましてや仕事に遅れるなんてもってのほかだった。

「そうなの?何かあったのかな」

店長の心配そうな声がする。

「彼女、結構評判いいからさ。ウチとしてもいなくなると困るんだよねえ」

初耳だったが、それよりもだ。

「ちょっと連絡を取ってみます。また折り返し連絡しますね」

そう言って受話器を置くと、スマホを取り出し、ハナの連絡先にかける。

「なんだ、どうかしたのか?」

おじさんも奥から出てくる。

「いや、ハナがまだ着いてないんだって」

「職場にか?」

「うん。それで今電話してる」

だが、

『只今、電話に出ることができません。電源が切れているか、電波の入らないところにいます』

という人工音声の虚しい音が返ってくる。

「だめだ、繋がらない」

エヴィルは自分のスマホを下げる。

「一応俺もかけてみる」

おじさんもそういってスマホを触るが、結果は同じだった。

「もしもし」

一応折り返しで電話をした。電話が繋がらなくて連絡がつかないこと、もし何かあったらまた連絡すると伝えた。

「わかりました。それでは、また」

そう言って電話は切れた。

エヴィルは話しているときにかなり感情を表に出さず、動じていないように見える。だが、本来は臆病者故に、内心では色々なことを話しながら思っている。今回も、以前とは比べ物にならないほど、心配していた。

(何事もないといいな——)

そう思い、空の雲を眺めるのだった。


(ここは・・・・・・)

気づくと私は、建物の中にいた。おそらく廃工場か、倉庫の中。よく見る、広い作業場ってところだった。

(私は・・・・・・、そっか、多分薬か何かで眠らされて・・・・・・)

起こったことを鮮明に思い出す。急に背後から謎の人物に襲われたこと。そして、おそらく自分は、

(監禁されている・・・・・・)

腕にロープがくくりつけられ、椅子にしっかりと結び付けられている。椅子も何かで床に接着してあり、びくともしない。

(動けないわね。でも・・・・・・)

幸いなことにさらった人物は見当たらない。カメラなどの監視するための道具も見た範囲では見当たらない。

(最悪ロープをほどけば逃げるのは簡単そうね)

だが、ここがどこかわからないし、何より連絡手段がない。今の状況と場所を伝えられないのだ。

(スマホは取られている。窓もない。完全に密室の状態ね)

一応奥にドアがあり、そこからは出られそうだ。そして、二階に繋がる階段がすぐ側にある。二階は見える範囲では奥の方に同じくドアがあり、配管などもつながっていることから、外に出られるだろう、と推測した。そして、配管がつながっているところによく見る高圧電流注意の張り紙があった。

(ここは工場で決まりね。隣には安全第一の看板もあるし)

だが、依然状況は変わらない。助けを待つか、攫った犯人からのアクションを待つかあるいは——

「・・・一応、最後の手段としては、考えなきゃいけないわね」

そう言って、沈黙するのだった。


「やっぱり誘拐かなあ」

エヴィルは恐る恐る言う。

「うーん、断定は出来ないな」

おじさんはそう言う。確かにハナの性格的に仕事に遅れるなんてことはまずない。そう確信出来る。だが、時間があまりにも経っていない。これでは誘拐と断定するには多少無理がある。

決定的な証拠があれば、と思う。だが同時に、もしそうであった場合を考えると余計に心配になる。

そして、どうしようかと途方に暮れていると、急にエヴィルのスマホに着信が来た。ショートメールで宛先に心当たりはない。一応、フィルタリングは大丈夫だ。それを確認して開いてみる。するとそこにはこうあった。

『はじめまして、私はお宅のお嬢さんを預かった者です。現在は私が丁重に預かっております。そちらが素直に私の申し出に従えば五体満足でお返しできるでしょう。まずは、警察や他の人に話してはいけません。そして、私はなるべく個人情報をさらしたくないので、このメールをコピーしたり、保存してはいけません。また、開いた後には消去してください。それらが確認できたら取引を行おうと思いますので、それまで待機lてください』

完全に誘拐されたことを示すメールだった。

エヴィルはワナワナと震えていたが、言葉は発しなかった。おじさんに言うべきか、それとも——

「・・・・・・」

この文章は、間違いなく俺一人と交渉させるような口振りだ。乗ってやってもいいが、俺がミスをすればハナは帰ってこない。少しでも、安心できる方にかけるほうがいいと思った。

意を決しておじさんにメールを見せた。おじさんは驚きうろたえたが、持ち前の冷静さは失わない。すぐさま警察に連絡し、現在の状況を逐一伝えた。警察からは、メールの写真を残し、送ってほしいとのことだった。一旦はそうして、犯人の言うとおりにメールを削除した。といっても犯人の示した最初の事項に完全に違反しているけどな。それでも、エヴィルにとってはハナが帰ってこないほうがよほど怖かったのだろう。

しばらくして、二時間、三時間ほどたっただろうか、時刻は完全にお昼時という時間帯だ。警察から、連絡があるまでは動かず、犯人からのアクションがあってから連絡しろ、という命令に準ずる形で動いていた。

「ピコリン♪」

メールの着信音だ。エヴィルはスマホをとり、確認して、おじさんの方を向いて、メールを見せた。おじさんは何も言わずに奥の部屋へと向かった。

メールの内容はこうだ。

まずは自分たちが期待に沿う動きを見せてくれたことへの感謝から始まり、まずはこのメールの受取人自身、つまりエヴィルが街の大通りへ出ることを指定された。お金などの話ではなく、単純に街に引っ張り出そうとしている。これには警察も面食らったらしく、行動までに多少時間がかかってしまった。

結局、交渉人はエヴィルということになってしまったが、指定された大通り、オベイド通りに警察の人員をばらまいておいて、さらにエヴィルに一応のための外部との通信手段を持たせることにした。GPS機能もついているため、何かあったとしても大丈夫、すぐに駆け付けられるとのことだった。警察は表立っては操作や介入はしてこない。ほぼ自分の行動が結果に直結するということをエヴィルはその瞬間に、気づいたのである。


ハナは気づけばドアの奥の事務室に人影が見えることに気づいた。自分をさらった犯人だろうか。少し怖くなったが、自分には作戦がある、それが実行しやすくなったと思えば全然楽になった。やがて奥の人影は立ち上がり、奥の方へと消えていった。不思議だったのは、影がフェードアウトしていくのではなく、煙のように消えていったことだった。


すべての歯車が、回りだそうとしていた——

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