第5話 厄災の招待

第5話 厄災の招待


あの事件が起きてから2日がたった。特に変わったことはないように思えた。いつもの日常が戻ってきたようだった。でも、自分の中にはなにか腑に落ちない自分がいた——


「こんにちは。今日はどういったご要件で?」

私の名前はハナ。今は飲食店で働いてる15歳の女の子です。

「えっと、じゃあ……」

私は孤児だけど、今はひとりじゃない。サチヤおじさんと私と同じ孤児のエヴィルっていう子と住んでいるの。その人も私も幼少期の記憶はない。親の顔も、何故自分たちが孤児になった理由でさえも、気づいたら匿われてたって感じ。だから今でも子供の時の記憶がある人のことを羨ましく思うんだよね。自分を生んだ人にもう一度だけでいいから会ってみたい。ちゃんと向き合って話がしたい。それが私の、叶わないけど、いつか叶うことを信じている夢——

「ハナちゃん、こっちお願いできる?」

「あ、はーい」

窓の外の太陽が、雲に隠れた。


「今日はどういったご要件で?」

エヴィルの銀行では、ある一人の人物とエヴィルは対峙していた。

「いやー、銀行の口座の情報が漏れちゃってさ、誰かが俺の金を取ってるらしいんだ。ちょっとパスワードとかを変えたくて」

目の前にいるのはおそらく二十歳台の男。服装がとてもラフすぎて最初会ったときバカンスかなと思うほど衝撃を受けた。でも言った内容が意外と深刻だったからこれは気合を入れなければ、と自分に活を入れ、仕事に向き合った。

「一旦、預金通帳の方を見せていただいてもよろしいでしょうか?金額によっては補償が適用される可能性もありますので」

「お、そうなのかい?」

そう言って男はリュックに手を入れ、そこから預金通帳を取り出し、エヴィルに渡した。

「お預かりしますね」

そう言ってエヴィルは中を見る。この銀行の預金通帳は特殊で、内側に小さいチップが埋め込まれている。これで最新の情報を取り出すことができる、という仕組みだ。

(確かに不正にお金を抜き取られているような痕跡がある……)

確かに男の預金通帳内の履歴には、数時間おきに十万ずつお金が引き出されていた。しかも、

(この感じ、手練れだな?)

明らかに気づかれないような工夫をしている。相当気を配っているのだろう。この通帳にはどこで、いつ、お金を取り出したのかがわかるようになっているが、場所がわからない。家かもしれないが、それなら一度にこんなにお金を引き出せない。ATMにしてもどうやったんだ。

(サーバーをハッキングして位置情報を消させたのか?いや、それならなぜ引き落としの履歴を残したんだ?)

合計で不正に引き出された金額を集計すると、

「うわっ、タチ悪っ!」

思わず声が出てしまった。

(きれいに補償が出ない最大限お金を引き出してやがる!なんだよ99万9999円の引き出しって!)

相当たちが悪い。少しでも被害者側に利益を残したくないらしい。こういう悪質な手口は昔は横行していたらしいけど、今となってほとんどみなくなったらしい。でもその昔の手口使う辺り、

(マジの常習犯、ってことか)

エヴィルの声に驚いた男の人が大丈夫かと尋ねてきたが、すいません、と言って仕事に戻る。

(まあなんとか補償が出るように言うしかないか……)

また、面倒な仕事が増えた、とエヴィルはため息をつく。

「そういえば」

急に男が喋りかけてきた。

「最近ここで誰か殺されてたみたいじゃないですか。一体どういうことか知ってます?」

「いえ、自分もあまり詳しいことは……、でも殺されてたのがストーム財団員ってことは……」

男の表情が少し変わったような気がした。そして恐怖を感じたんだ。

「……どうかされました?」

エヴィルは少し勇気を振り絞って聞いてみた。男は不意を突かれたようで、

「え?あ、うん。大丈夫。少しね」

「警察とかに相談されるのもありだと思いますよ」

(まあ財団にあっさり押さえつけられてたけど)

心のなかでそんなことを思いながら言う。すると、男が身を乗り出してこんなことを言った。

「殺された男、財団の中でもトップクラスの“何か”に関する情報を持っていたって噂だ。なんかこの銀行のなかに隠されてるようだけどな。何か知らない?」

男の話には妙にエヴィルも同感するところがあった。

(確かにあの男の財団所属証明書、やけにいかつかったな)

事情聴取の時に見せられた資料の中で思ったこと。それは男の所属証明書が異常にいかつく作ってあったこと。装飾が綺麗だった。

(確かに今まで見てきた証明書とは違った)

エヴィルは仕事のせいで身分証の提示を求めることがある。一応複数人、ストーム財団の所属員のその証明書を見たことがあるが、それは質素な見た目で、あまりにもボロすぎやしないか?と思ったほどだ。でもあの写真で見たものはとても綺麗だった。龍のような紋様がついていたし(ストーム財団はストームの色である紫色の雲を操れる龍を自らの組織のマークとしている)、明らかに身分が高いことは明らかだった。

「……何か心辺りでも?」

男が顔を覗き込み、ニヤッと笑う。見透かされてるなあ、と思った。

「はは、まさか。新人には全く情報なんて回ってきませんよ。そもそも警察からの問い合わせ自体、全くないらしいですし」

(それはまあストーム財団が全権奪っちゃったからだけどね)

心の中でつぶやく。

「そうかあ、残念だなあ」

男はそう言いながら目線を外の景色へと移した。

「まあでも、知らないものは仕方ないよね」

男は向き直り、そう言った。

「で、どんな感じ?」

いきなり先ほどの話題に戻られて少しビクッとしたが、落ち着いて話す。

「補償が降りるのが100万円からなんですけど、きれいに99万で止められてるんですよね……」

エヴィルは申し訳なさそうに答えた。

「一応、上に掛け合って何とか少しでも補償をおろしてもらえるようにしますので、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

すると男は、

「あ、いやいや大丈夫だよ。仕事も多いだろうし」

こちらを労わっての発言だろうか。妙に優しさを感じた。

「いえいえ!そんなことないですよ。これは仕事上義務みたいなものですし」

「大丈夫だって!君と話せて楽しかったよ」

そういって通帳をひったくって外に出ようとしたとき、

「キャアアア!」

甲高い悲鳴が聞こえた。すると、直後に建物の天井が崩れ、上から鳥のような、いや翼竜型の大きな生物がふってきた。

「危ない!」

だが、エヴィルの声もむなしく、先ほどの客は瓦礫の下敷きになった。

「……」

目の前の死を見て、エヴィルは動けなくなった。目の前にいる、おそらく天井を落とした犯人、よく図鑑などで見るプテラノドンなどと似通った姿をもつ生物。落ちた衝撃で体を痛めたのか、まだ苦しそうだった。

(人が……)

誰しも人の死には悔いる部分がある。もっとああしとけばよかった、なんて思うのは当たり前だ。未練なき死などあるはずがない。それでも人はそう感じてしまう。でもそれが人間というものだ。

(自分が引き止められていれば……)

だが、その後悔を無駄だといわんばかりにさらなる悲劇が襲う。先ほどの翼竜型の生物がさらに銀行に飛び込んできたのだ。バリンバリン、とガラスを割って侵入してくる。そして、大きな咆哮をあげた。

合計で五体。

無意識だ。周りの時が止まっているように見えた。そうじゃないのはわかっていたけど。けど、なぜだろうか。なぜかこいつらを敵と認識できない。どこか親近感さえ感じる。

(なんだろう、この奇妙な感情は——)

その時、エヴィルに向かって一体の翼竜が爪を振り下ろした。その一撃は、確かにエヴィルの左肩から右腰を一直線に切り裂いた。空中に血が舞い、エヴィルはやっと現実に引き戻された。痛みよりも恐怖が先に来た。

(僕も同じように殺されるのか?)

いつの間にか複数体の翼竜が自分の目の前に来ており、そのうちの一体の翼竜が咆哮をあげ、自分に向かってその鋭いくちばしを振り下ろそうと口を上げた時だった。

「バシュン!」

何かが翼竜の顔面をきれいに撃ち抜き、翼竜はその場に倒れた。ほかの翼竜も一斉に振り向いた。

「アブねえアブねえ。これ以上被害は勘弁だって」

一人の男がそう言って銃をおろした。男は何か特殊そうな装備をつけていた。エヴィルはそれを見て安心した。

(やっと来たか……ストーム財団の軍事機関、ストームバスター北アフリカ師団……)

「じゃあ、さっさと終わらせますか」

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