第5話  カラスと共同生活です

 6月23日(金)――AM.9:30


 昨夜の悪天候とは打って変わって、快晴の今日。

 ベランダには、昨夜取り込み忘れて洗い直した洗濯物と、昨日新たに追加された洗濯物たちがところ狭しと並んでいる。


 本来なら学校で一限目の授業を受け、そろそろ終わりかと欠伸あくびをしている時間帯なのだが……瑞葵は今、自宅の机の前に座っている。

 視線の先には一羽のカラス。


「はい、それじゃあいろいろ決めていこうと思うんですけど……」

『うん』

「それじゃあまずは…………」


 ――ヴーー……ヴーー……


 端に置いてある瑞葵のスマホが振動する。


「ちょっとすまん。たぶん、学校だな」


 ――ヴ


「…………はい、もしもし……」


 瑞葵は瞼を若干閉じ、猫背になり……体が重そうな姿勢を取り、いかにも重い声を出した。

 寝起きのようにも聞こえるし、見える。

 だが、電話越しだし……何より、「体調不良により欠席」と、連絡はしてある。


『もしもし。上白石くん?』

「はい、せんせぇ……。れんらくはしたとおもうんですけど」


 欠席の連絡は専用のアプリで行える。

 本来なら保護者用のアカウントから送るのだが、一人暮らしの彼は特別だ。

 自分のアプリで欠席・遅刻連絡を行える。


 今朝もそれで連絡をした。


『一応ね。上白石くん、一人暮らしだし。来週は学校来れそう?』

「いけるとおもいます。たぶん、きのうのあめがげんいんっスから」

『そう? 何かあったら連絡してくださいね。それじゃあお大事に』


 電話が切れた瞬間、閉じかけた眼は開き、背筋も伸びた。


『名演者だね、ミズキ』

「仮病は高校生たるものの基本だぞ? さて、邪魔が入ったけど、続けるか」

『いいの、サボっちゃって?』

「いいんだよ。テストで点数取れば。皆勤賞は逃したけど」


 余裕そうな表情の瑞葵を、カラスは首を傾げながら見つめる。

 瑞葵はテストで点数を取れば、と言うが別に彼は優秀ではない。

 そこに彼女は違和感を覚えたのだ。


 瑞葵の心のうちの言葉はこうなる。


 ――いいんだよ。テストで赤点取って補習にならなけりゃ


 一般大学入試において、学校での成績は関係ない。

 学校推薦型選抜を受ける予定も、総合型選抜を受ける予定もない。手ごろな国公立大学に進学する予定だ。


 だが、アステリアはそんなこと知らない。

 同時に、アステリアは関係ない。

 これはあくまで、瑞葵自身の選択で、責任。

 彼女が口を出す権利も、意志つもりもない。と、彼女は思っている。


「んで、えーーと、なんの話だっけ?」

『いろいろ決めてくんでしょ?』

「ああ、そうだったそうだった。とはいっても、主に家事のことだな。決まり事、こだわり、役割分担等々……」


 瑞葵だって、一年以上ひとり暮らしをしている。

 特にこだわりがあるわけではないが、もしかしたら傍から見れば「それはこだわりだ」「変だ」なんて言われることもあるかもしれない。

 服の分け方とか、タオルを折るときの向きとか。


『まあ、家事に関しては魔法でどうにでもなるけどね。あ、料理以外ね』

「料理はダメなのか」

『時間をかけないといけないことは基本、どうにもならないかな。時間をいじると味にムラができたりするからね。美味しくなくなるの』


 本来時間をかけて行うべきものには、しっかり時間をかけて行う。

 それが彼女の信条ポリシーだ。


 もちろん、彼女ほどの腕と知識、経験があれば、料理の味を落とすことなく時間を短縮できる。

 それだけにとどまらず、ゼロから生み出すこともできる。


 料理ができるまでの工程だけではない。

 材料の性質まで理解し、適切に細かく、頭の中でイメージを描き、それを魔力に込める。

 そうすることでようやく、それっぽい料理が出来上がる。

 だがそれはあくまで、見た目の話。


 甘味、苦み、酸味、塩味、うま味。

 これら五味を引き出す、それぞれの材料に含まれる成分。


 この次元で言うところの化学式から、材料を、そして料理を作り出す。


『とはいえ、マルチタスクに物事をこなすという点では、魔法は役に立つけどね』


 是非ともキッチンスタッフに欲しい人材である。

 間違いなく重宝される。


「今何か足りない、欲しいものは?」

『うーーん……とりあえずはないかな』

「服とか必要じゃないのか……って、魔法でどうにかなるんだっけ?」

『そういうこと。とはいえ、なかなか魔力が回復してくれないから、やりすぎは禁物だね』

「魔力の回復は時間経過か?」

『それもあるけど、私は食べ物を食べることでも回復できるね。私は本来、何も食べなくても平気だからね』


 なるほど、ではう○こも出ないのか…………と危うく言いかけた瑞葵だったが、かろうじて喉仏のあたりでそのセリフを飲み込むことに成功した。


『……失礼なこと考えたでしょ?』

「いや、別に?」


 内心ドキリとした瑞葵は、そっぽを向いて誤魔化す。

 だが、この魔女には、すべて見透かされている気がしていた。

 だから会話を切り替えた。


「まあ、何か欲しいものがあれば言ってくれ」


 瑞葵には毎月、仕送りがある。

 バイトをしているのは、あくまで小遣い稼ぎとその他経費分を稼ぐためだ。

 瑞葵の懐事情は、彼が一人暮らしする分には若干温かい。


『うん、わかった! ま、家事は私に任せてよ!』

「おう。ま、仲良くやろうぜ」


 こうして、一般男子高校生と不思議なカラスとの共同生活が始まったのだった。






――追加情報・4――


 魔人は一切、排泄物を出さない。

 体内で吸収したものが魔力に変換されるためだ。

 そのため、食後に運動しても脇腹が痛くなったり、リバースしてしまうことはない。


 ただ、味覚はあるため、純粋に食事という行為を楽しむ者も少なくない。






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