第4話 ただのカラスじゃないカラスと不審な暇人
『ミズキ、あとは私に任せて』
降りしきる雨の音がやけに騒がしいが、彼女の声だけは異様によく聞こえる。
人語を理解し、喋るカラス。
そのカラスは瑞葵の名を知っている。
そのカラスの名を、彼は知っている。
「誰だよ、数週間ぶりの俺の食事を邪魔しやがったやつぁよ……」
軽く五メートルほど吹き飛ばされた男は、ゆっくりと上半身を起こす。
頭を覆うフードは取れ、素顔が露わになっている。
「あ? カラス……?」
『そう、カラスだよ。ただのカラス。君は?』
「俺ぁ、き…………ただの暇人だ」
男は普通に会話をしているが、たかが一カラスに食事を邪魔されたことによる怒りが隠しきれていない。
表情筋はピクピクと震え、こめかみと眉間には血管が浮き出ている。
『食事……ねぇ。ここら辺でウロチョロしてるのは知ってたけど……彼に手を出すんなら、容赦しないよ? 退くなら今のうちだね』
そう言うカラス。
だがその瞳には、普通のカラスは到底持ちえないような、凄み――気迫があった。
だが、対する男はまったくもって、怯む気配を見せない。
途端、彼女を中心に、空気が変わった。
「はっ! 普通じゃないカラス……いや、カラスじゃなかったとしても、俺にゃあ敵わんぞ」
『そう? じゃ、
カラス――アステリアは羽を広げ、宙高く飛び上がる。
「そうか、俺も空腹なんでな」
男は腰を落とし、両手を前に構える。
「……初めから本気デっ――――」
『――不完全な魔人なんか、私の敵じゃないよ』
瞬間、男の体が紫色の炎に包まれ、消滅した。
激しい炎は、周囲のアスファルトと電柱、壁を焦がした。
アステリアは暫し上空でうろうろしたが、やがて力尽きたようにゆっくりと落下してきた。
「お、あれ…………体が軽く……。っと……」
瑞葵は落ちてくるアステリアを受け止める。
『結界を解除したからね。でも、せっかく回復した魔力がパーになっちゃったよ……』
「ありがとうな、アステリア。お前が来てくれなかったら……」
『いやーー…………』
そこでアステリアは言い淀む。
そして暫し熟考した後……
『うん、そうだね。これはとても大きな恩だね。恩は返さないとね?』
「ええ、はい、そうですね……。で、要件は?」
『私を家に置いてよ』
「まあ、それなら別に…………」
瑞葵はアステリアに命を救われた。
命の対価を現物で払えと言われているようなものだ。
命の価値を考えれば、安いものだろう。
それに、相手は魔女だ。
断ったら、今度は強制的に対価を支払われそうではある。
『大丈夫、お金なら――』「――ア゛ーー」
「ん?」
「ア゛ーー! オア゛ーーーー」
「魔力切れか?」
コクコクとカラスは頷く。
瑞葵は彼女を抱きかかえたまま立ち上がる。
「とりあえず家に帰ろう。お前を家に置く件は了承したけど……声が戻ったらいろいろ決め事するぞぉ」
「ア゛ーー!!」
「………………あれ、雨が……」
「ア゛ァーーーーッ!!」
アステリアは翼で自分を指す。
「ん? お前がやったのか? え、魔女って天気変えれんの?」
「ア」
今度は頭を横に振った。
違うらしい。
たまたまタイミングよく晴れたのだろうか。
理由がなんであれ、それを知っているであろう彼女は今、人間の言葉を喋れない。
「あ、洗濯物…………ダルぅ」
――追加情報・3――
魔人(魔女)は魔法を使うために生まれたような種族であり、その体が魔法の触媒となる。
体そのものが魔法触媒のため、吐息一つ・爪の欠片ですら魔法の触媒となる。
完全に魔法に特化した、魔界特有の種族。それが魔人。
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