第5話 密室の謎

 女将の話を聴いてビックリしたのは、その殺された男性というのが、

「小説家だった」

 ということであった。

 それも、ミステリー作家、当時でいえば、探偵小説作家といってもいいだろう。

 自分が殺されるというような話を書いている途中で殺されるという、意味深な感じであったが、そのことをどう考えればいいのか、警察も、

「ただの偶然に過ぎない」

 と言いながらも、何となく気持ち悪がっているようだった。

 しかし、何と言っても、被害者が殺されたのが、密室ということで、

「その密室の謎が解けなければ、事件は解決しない」

 と言われていた。

 しかし、その謎が解ける人はいないので、結局、

「被害者を恨んでいる人の中から犯人を特定し、実際の密室にしたトリックはその人から聞くしかない」

 ということになったというのだ。

 捜査は、まず、

「被害者を憎んでいる人」

 ということで、動機から考えられたが、

「穴山を殺そうというようなほど恨んでいるという人はいない」

 ということであった。

 だが、いろいろっ調べてみると、

「穴山が殺したいほど憎んでいる」

 と思われる人物はいるということだった。

「殺される前に殺したのだろうか?」

 ということが問題だったのだ。

 もちろん、その男は警察から、事情聴取を受けた。

「参考人」

 という形ではあるが、あの時、警察は、

「重要参考人」

 ということで、

「他に殺人を犯すほどの人はいない」

 というのが、その理由だった、

 その時の重要参考人というのは、

「馬場崎」

 という男だったという。

 馬場崎は、詐欺グループに騙されていたというのだ。

 死んだ穴山は、馬場崎に騙されて、穴山にあった著作権のようなものを奪われてしまった。

 馬場崎も、まさか自分がそんな片棒を担がされているとは思っていなかったようで、詐欺師がよく使う、自分たちの間に一人を噛ませるというような、一種の噛ませ犬のようなものだといっておいいだろう。

 しかし、穴山には、馬場崎しか見えていない。

「お前のせいで、俺がどんな目に遭ったのか分かってるのか?」

 と穴山の怒りは馬場崎にしか向いていない。

 これも、犯行グループのやり方で、被害者には一切自分たちの正体を明かすことはなく、馬場崎のような噛ませ犬を使って、人を騙すということをしていた。

 しかも、やり方としては、

「一人一殺」

 とでもいえばいいのか、噛ませ犬を使うのは一人に対して、一人だけ。だから、

「穴山に対しては、馬場崎」

 だったのだ。

 これには理由がある。

 もちろん、人を変える方が、自分たちの正体がバレないということもあるのだろうが、被害に遭った人は、噛ませ犬にしか恨みをぶつけない。しかも、噛ませ犬の方は、自分がなせ恨まれているのかもわかっていない。

 実際に、組織と繋がっているわけではない。ちょっとした情報を流すだけで、たくさんの金が手に入るということだったのだ。

 噛ませ犬としても、

「軽いバイト感覚」

 でホイホイ調子に乗って、

「まさか、こんなにひどいことになるなんて」

 というほどのことが起こるなんて思ってもいないだろう。

 それを思うと、

「馬場崎としては、自分はそんなことになるなんて思ってもいなかったので、完全に寝耳に水で、最初は、まさか組織が、詐欺に使うために。自分に近づいたなどということを知りもしないので、急に組織と連絡が取れなくなったことで、自分も騙されていたということに、その時初めて気づく」

 ということだったのだ。

 そこまでは、警察の捜査で分かっていたようだった。

「そういう組織が存在する」

 ということは、警察の方でも、把握はしていたようだけど、実際には、雲を掴むような話で、信憑性という意味で、なかなかハッキリとしないところが多かったのだ。

 その組織は、そうやって、協力者を、次々に見捨てていく。そのことによって、被害者の恨みはその男に向く。

 恨まれる方としても、いなくなった組織を探すよりも、自分の身を守ることが大切ということになり、どこかに雲隠れするという人もいたようだ。

 要するに、組織は、奪うものを奪ってしまうと、後は、

「自分たちで、勝手にやってくれ」

 という状態だという。

 警察も、

「そんな組織が存在する」

 ということは分かっても、だからといって、それらの被害をどうすればいいのか?

 などということは、分かるはずもない。

 警察は、殺人事件が起こるまで、穴山という男と、馬場崎という男を気にすることはなかった。

 二人には前科などもない。二人とも、今回のトラブルがある前は、真面目なサラリーマンであったり、学生だったのだ。

 穴山の著作権というのは、ある商品の登録商標化であり、そこで、

「いい話がある」

 と、言って近づいてきたのが、馬場崎だったのだ、

 その商品というのは、戦時中に穴山の父親が開発した薬だったのだが、それを組織はどこで知ったのか、狙いを穴山に絞った。

 組織は、馬場崎に、話の持っていき方のレクチャーと、その、

「虎の巻き」

 を渡すことで、馬場崎を、穴山は全面的に信用していた。

 そもそも、穴山には、そんな知識もなく、

「俺が開発したものでもないしな、何か後ろめたさがあるんだよな」

 といっていたという・

 要するに、戦時中に、

「親父が開発したものを、俺のもののようにいうことが後ろめたい」

 ということであった。

 だが、この時代は、

「背に腹は代えられない」

 ということで、穴山とすれば、

「金になるならお願いしたい」

 ということだったのだ。

 しかし、実際に、詐欺だと分かると、穴山は、最初こそ、

「しょうがないか。俺が頼ったから悪かったんだよな」

 と人に頼ってしまったことをしょうがないと思ったのだが、誰かに何かを言われたのか、今度は逆上して、

「馬場崎を許せない」

 と言い出したのだという。

 おそらく組織の方で、馬場崎を通り越して、組織の誰かが、穴山に接近し、馬場崎を恨むように仕向けたのだろう。

「なぜ、そんなことをしたのか?」

 ということは分からなかったが、穴山は、急に激怒し始めたのだ。

 つまり、

「組織としては、穴山に怒ってもらい、その矛先を馬場崎に結び付けてくれあいと困る」

 ということだったのだ。

 そこに、どんな含みがあるのか分からないが、馬場崎にとっては、実に困るということであった。

 そんな馬場崎は、穴山が殺されてから、どこかに逃亡してしまった。警察も最初は、馬場崎という人間の存在を知らなかった。

 当然、穴山が、

「著作権の問題で詐欺に遭っている」

 ということも分かっていないのだった。

 それも、警察の捜査の中で、すぐに判明することではなかった。警察の方でも、

「こういう詐欺のようなことがあれば、すぐに分かりそうなことなのに、なかなか捜査線上に浮かんでこなかったというのは、どういうことだろう?」

 ということで、

「この詐欺というのは、通常の詐欺ではなく、何かの組織が裏で暗躍しているのではないか?」

 ということで、動くようになったというのが、本当のところだということなのであったのだ。

 そして、もう一つ問題になったこととして、

「部屋の中から、余計な指紋は何も発見されなかった」

 ということであった。

 というのは、

「被害者以外の指紋が発見されなかったというだけではなく、被害者の指紋も発見されなかった」

 ということだったのだ。

 確かに、

「犯人が、指紋を吹き消した」

 というのなら分かるが、被害者が触った場所まですべてきれいに消したというのだろうか?

 ということなのだ。

「まるで、二人して、指紋をお互いの触った場所の指紋を消したということのように見える」

 ということであった、

 それを考えると、

「そんなバカなことは考えられないよな」

 といって、一度は捜査員も考えるのだろうが、すぐに、秒で打ち消されるのが、関の山だった。

 実際に、捜査会議でも、指紋の話が出た時、

「お互いに自分の触ったところを消したかのようだな」

 という話が出て、

「おいおい、それじゃあ、まるでこれから、毒薬のロシアンルーレットでもして、死んだ人間だけが、そこに取り残されるというような、悪魔のゲームのようじゃないか」

 ということで、

「そんなバカなことがあるわけはない」

 といって、すぐに打ち消された。

 しかし、考え方としては、そう考える方がある意味自然であった、だから、刑事の中には、この意見をまんざらでもないと思いながら、打ち消すことをせずに、考えている人もいるのであった。

 ただ、問題は、それよりも、やはり、密室であった。

「連れ込みホテルは、オートロックにはなっていないが、一度出ると、表からは、開かないようにする仕掛けはある」

 というものだった。

 しかも、今のホテルのように、

「中からも開かない」

 という仕掛けになっているようだ。

 ということは、死体が発見された状況としては、自然な発見であったという。

 なぜなら、ちゃんとお金は支払われていて、それを確認して、部屋のロックをフロントから解除するという最新式のやり方だったようだ。

 その時、お金を払うのは、扉の横に小さな扉があり、そこで、清算をすることで、フロントの人が、表から開錠するということになっているのだ。

 今のようなオートロックではなく、人の手によるものではあるが、それでも、ちゃんとうまくいっているというのは、よく考えられているといえるだろう。

「ということは、お金を清算したのは、誰かは分からないが、その時には、生きている人が必ずそこにいた」

 ということであった。

 カギが開いた状態で、被害者が刺殺されたのか、それとも、最初から殺されていたのか、当時としては、どっちとも言えなかったという。

 気になるのは、指紋であり、まったく吹き消されていたことに、警察は気を遣っていたということであった。

 死体を発見したのは、掃除婦の人であった。

 掃除婦は、部屋に入る前にmすぐに可笑しいと感じた。

 というのは、

「カギがかかっていた」

 ということからである。

 ここは、客が出れば、当然カギは開け羽なしになっていて、掃除婦はカギがなくとも普通に入れるというわけだ。

 フロントから、会計が終わってから、約20分くらい経ってから、

「○○号室の掃除をお願い」

 ということで、出向いていくのだが、その時、中からカギがかかっているので、おかしいと思い、フロントまで戻ってくると、フロントも、

「お金が受け取っている」

 ということで、開いているはずの部屋だった。

 しかし、部屋に行ってみると、確かに中からカギがかかっていて、中に入ると、

「男が胸を抉られていて、殺されていた」

 というわけだ。

 さすがに、皆仰天してしまい、震えが止まらないまま、警察n通報されたのだ。

「どういうことだ?」

 ということで、掃除の人に対しても、

「余計なものに触ってはいけない」

 といっておいて、警察を呼ぶことになった。

 警察が指紋を調べると、

「後から入ったであろう、掃除の人と、フロントの人の指紋以外は出てきませんね」

 と言われ、フロントの人がおかしいと思っていると、刑事が、

「一緒に入った女性の指紋が出てこないというのもおかしいよな」

 というと、フロント係が、少し言いにくそうにしながら、

「いえ、この人にお連れの人はいなかったと思うんですよ」

 というと、

「えっ? そんなことがあるのかい?」

 と聞かれ、

「ええ、たまにそういうお客さんもおられます。後から女性が来るとおうパターンは少ないですがありますので、こちらも気にしていないんですよ」

 というのだった。

「じゃあ、女性一人というのは?」

 と刑事は睨みつけるように言ったが、フロント係はわかっているのか。

「それはありません、こちらでも注意をしているんですよ。だから、一緒に入らないお客様でも、最初に男性が入って、後から女性ということは結構ありますね」

 といったという。

「それはそうだろう、自殺が多い昨今では、女性の一人というのは、自殺を考えている女性が多いということで、

「女性一人は入れない」

 というのが、今のこういう業界での、

「当たり前ということになっている」

 のであった。

「じゃあ。後から女性が来る予定だったのかな?」

 ということであったが、

「でも、これも正直分からないですよ、監視カメラのようなものがついているわけではないので、女が先に部屋の前まで行って待っているということも普通にありますからね。フロントさえ超えれば、あとはお互いにいくらでも、何でもききますからね」

 ということであった。

「男と女というのは、ややこしいところもあるので、しかも、女が不倫だったりすると、顔を見られるのを極端に嫌がる女性もいますからね。それはしょうがないことではないでしょうか?」

 と、フロント係は言った。

「じゃあ、こう考えればいいのかな?」

 と一人の刑事が言った。

「どういうことですか?」

「この部屋に最初に入ったのは、示し合わせて、二人で入った。それは、男同士なのか、男か女かは分からないけど、何がどうなったのか、殺してしまった。そして何食わぬ顔をして、清算し、出ていったということは考えられないのか?」

 というと

「でも、だったら、どうして中からカギがかかっているんだい? 被害者が閉めたとでもいうのかい?」

 と言われると、黙り込んでしまった。

「そっか、入ることはできても、出ることができないのか?」

 ということであった。

「とにかく、犯人が誰なのか?」

 ということを考えることが先決ではないか?

 ということをまたしても考えるのだった。

 そんな時に、浮かび上がってきたのが、馬場崎だったのだ。

「犯人は馬場崎で、本当は穴山が馬場崎を殺そうとして、あの場所におびき出したのだけど、逆に殺されてしまったとは考えられないか?」

 と一人がいうと、

「でも、室内が荒れているという様子はないですよ。完全に、被害者は意表を突かれたということだったように思えてならないんだよな」

 というのだった。

「何も、穴山の方だけに動機があったわけではないだろう、馬場崎の方にも穴山を殺すだけの事情があったのでは?」

 と聞かれて、

「それはその通りなんでしょうが、どうもそうでもないのかも?」

 という。

「どういうことだい?」

「馬場崎はあくまでも、組織に利用されただけで、穴山を殺すという理由は見当たらないんですよね」

 ということであった。

「だけど何があるか分からないのが人間だからな」

 というと、

「でも、それだったら、二人共の指紋が仲良く消えているということの説明がつかない気がするんだよな」

 と、一人がいうと、

「とにかく、馬場崎という男の行方を追うしかないですね。そのあたりはどうなっているんだい?」

 と聞かれて、

「馬場崎は見つかりませんでした」

 ということのようだ。

「じゃあ、行方不明ということか?」

 というと、

「じゃあ、殺人で、全国に指名手配ができるじゃないか?」

 と言われたが、

「裁判所が逮捕状を出しますかね?」

 と言われて、

「とりあえず、行方が分からないとどうすることもできないので、行方を追うということで、指名手配ができるだろう」

 ということで、指名手配されることになった。

 だが、実際には、行方が見つかることはなかった。

「まさか、どこかで自殺でもしているのではないですか?」

 という人がいたが、そこも曖昧だった。

 とにかく、捜査の目は、完全に馬場崎に絞られたようで、捜査本部もそれ以外を見ているわけではない。

 それが、一番大きな問題であり、

「警察は、何かに入り込んだかも知れない」

 と、ここまでの詳しい話をしてくれた女将さんが、そういうのだった。

 女将さんが、どうして警察の捜査本部の内容まで知っていたのかということは、少し疑問が残ったが、

「女将さんが、話題を振ってくれていると思うと、それはそれで、面白かった、ちょっと気さくさを感じたものだった」

 一通り話をしてくれたところで、ひろ子が今度は聞いてみたいことがあったので、聴いてみることにした。

「当然、事件はいろいろなところから捜査をされたんでしょうが、この男性は、もちろん、自殺だったなどということはありませんよね?」

 と聞いてみた。

「もちろん、そうですね。実際に殺されています。そして、この事件には、間違いなく犯人はいます」

 ということであった。

「じゃあ、この二人の穴山と、馬場崎という人間の関係ですが、馬場崎はいつまで、穴山のことを信じていたんでしょうかね? 先ほどのお話では、穴山には馬場崎を殺すだけの動機があったというけど、逆に、馬場崎の方に、穴山を殺す動機は本当になかったんでしょうか? ひょっとすると、馬場崎は、穴山に何か恨みがあったからこそ、詐欺に加担したとかいうことも、実は裏であったりとかは、ないんでしょうかね?」

 と聞くと、

「そういうことは捜査線上では出てきませんでしたね。ということは、被害者が殺されるだけの恨みを持っている人間を、警察は必至になって探すでしょうから、その捜査の中で、そんなことができていないのだから、なかったと考えるのが、視線じゃないんでしょうかね?」

 と、女将さんは答えてくれた。

「うーん、なかなか難しいところですね」

 と、言って、ひろ子は考え込んでしまった。

「じゃあ、中が密室だったということですが、実際のキーであったり、スペアキーというのは、どこかにあるんですか?」

 と聞かれて、女将さんは、少し。ビクッとしたようだった。

 それでも、すぐに気を取りなおして、

「マスターキーは、フロントのところにあります、そしてスペアキーとしては、掃除の人がもっていますね、もし何かの間違いがあって、掃除の時、部屋にカギがかかっていたら、その時、わざわざマスターキーを貰いに行くのも大変だということで、持たせているようなんですよ」

 というと、ひろ子は、ピンと来たようだ。

「じゃあ、もし万が一、掃除の人がキーをなくしたとすれば、その時、フロントにわざわざ申告するでしょうかね?」

 と聞かれたので、

「それはしないと思います」

 というと、

「なるほど、だったら、カギが亡くなったとしても、黙っているんでしょうね。でも、それがもし出てきたとすれば、余計に何も言わないということですね?」

 とひろ子がいうと、

「何かお分かりになったんですか?」

 と聞かれたので、

「あくまでも密室の想像なんですが、あらかじめ、犯人はスペアキーを何らかの方法で入手して、たとえば、掃除の人から、拝借するなどして、そのカギのスペアキーを自分であらかじめ作っておいて、掃除の人が何も言わないことをいいことに、カギをこそっと返しておくということもあるでしょうね」

 というと、

「なるほど、でも、それなら警察に正直に言いませんか?」

 と聞かれると。

「それはないと思います。それだと、自分が疑われる可能性がありますからね、キーをなくしたことを言わないくらいの小心者なんだから、警察に疑われそうなことをいちいち自分からいうようなことはしないでしょうね。犯人は、そこまで分かっていて、それで、スペアキーから、合鍵を作るということをして、こっそり返しておいたんじゃなんでしょうか? これが、密室トリックの謎だとすれば、少し味気ないですか?」

 ということ、

「そんなことはありません、密室トリックなんて、絶対にありえないわけだから、底に何らかの落とし穴があってしかるべしですよね。ひろ子さんの発想は、素晴らしいと思いますよ」

 と、女将はいうのだった。

 ひろ子は、

「これは、当たらずとも遠からじだ」

 と感じた。

 そこで、大体、女将が求める回答のレベルを想像してみると、ひろ子の想像力の範囲内であるということが分かったので、

「これは、本当の事件かどうかわからないが、女将の考えていることに近づいているのではないか?」

 と感じたのであった。

 何と言っても、一番のミソは、

「密室である」

 ということ、

 そして、

「本来のトリックとしては、被害者と加害者が入れ替わるということで考えられるところの、死体損壊トリックのようなものが、最初から示される形で、被害者に動機があって、加害者と思われる人間に動機がないということであり、しかも、加害者と思われる人間が、失踪しているということだった。

 ひろ子はそこで感じたのは、

「加害者と思われている、馬場崎という男、失踪しているということは、最初から死んでいるのではないか?」

 ということであった。

 しかも、この場合、見つかった死体よりも先に死んでいて、それを殺したのが、穴山ではないかと思ったのだ。

 そうすれば、時系列的にも、動機的にもおかしくはないといえるだろう。

 だが、そう考えると、

「穴山の死因は、自殺ではないのか?」

 と聞いた意図を、普通の人であれば、

「密室殺人なので、自殺ということにしてしまえば、その理屈が合う」

 と考えているときっと思ったことだろう。

 しかし、実はそうではなく、

「被害者と加害者の動機を正しいと考えて、しかも、時系列で無理のないこととして考えた時、最初に、穴山が馬場崎を殺して、穴山が自殺をする」

 と考える方が、よほど理屈に合うと考えたのだ。

 だが、それも、あくまでも、密室を考えずに理屈だけでいけばということだったのだ。

 とはいえ、密室の謎も、考えなければいけない。

 そうなると、謎を切り離して考えるよりも、

「犯人の気持ちになって考えるといい」

 と考えれば、

「まずは、犯人をこの人だ」

 と決め打ちし、

「考えていくうえで、どれほど理屈に合わないことなのか?」

 ということを精査しながら、おかしいと思うところを削っていけば、真相に近づくと思った、

 そのためには、まずは疑問を書き出して、その中の矛盾を考えた上で、正しいと思える道筋に至るだけの発想を持つということであった。

 だから、そのために、矛盾のない考えとして、

「疑問に、優先順位をつけることだ」

 と考えたのだ。

 だから、まず、行方不明者が、死んでいるとすれば、すでに殺されていると考える。殺す動機を持っているのは、あくまでも、穴山である。

「そして穴山が、殺した馬場崎を擁護して考えていた組織とすれば、何らかの方法で、穴山には死んでもらう必要があった。しかも、それが表に出る犯罪にしておかなければ、組織の存続が危ないということになるのだ」

 と、ひろ子は考えた。

 そして、先ほどの密室殺人のためのカギの話も、組織が関わっているとするならば、場所が、

「連れ込みホテル」

 ということで、組織と何らかの関係があると思えば、穴山を秘密裏に消すこともそう難しくはないだろう。

 それが、ひろ子の頭の中にあることであった。

「女将さんは、この事件の真相をご存じなんですか?」

 と聞かれて、

「ええ、実はこの事件は、解決していたんですよ、それで、この話を聴いた時は、私もいろいろ面白いものだと思ったんですよ、これをテーマにして小説を書こうかと思ったくらいなんですが、でも、女将の跡を継ぐということがあったので、私は、この事件をこれまで取材に来られた方に話をして、分かるかどうかというのを聞くのが好きになってしまったんですよ。実は、あなたの発想が、ちょうどこの事件にほとんどあっていたんですよね。だから、私も正直、よくわかったなと思っているくらいなんですよ」

 というではないか。

「ええ、私も昔は探偵小説が好きで、よく読んでいましたから、そういう謎解きは好きだったんですね」

 というと、

「でも、探偵小説なら、いろいろなパターンがあって、一つにどうしても、トリックなど目が行ってしまいますよね。今回の犯罪は、本当に探偵小説のような話しだったので、余計に気になったんですよね。それに、女将さんの話が、まるで警察から聞いたかのような話までは行っていたので、解決していない事件で、しかも、時効になったような話を、警察もいちいち一般の人に話したりはしませんからね、きっと、女将さんは、今回の事件をひょっとすると知っているのではないかと思うと、私も事件に首を突っ込んでみたくなったんですよね」

 というのであった。

「女将さんは、この事件を分かっていたということで私も聞いていたので、自分ならどう考えるということを話したりしたんですよ」

 と、ひろ子は言った。

「なるほどですね、私にはそれが分かっていたので、私もそういいました」

 というと、女将は、

「今までに何人もの人に話をしてきたが、実際にちゃんとすぐに分かった取材の人はいなかったんですよ。それを聞いて、なかなか山本さんは、すごい発想のできる人だと思いました」

 と言われて、ひろ子も嬉しくないわけはない。

 どうやら、ほとんどのところでひろ子の推理は当たっていたようで、女将もさすがに舌を巻くというほどであった。

「取材のために、今回は何日のご滞在でしたっけ?」

 と言われて、

「一応、4日を予定しています。ここだけではなく、近くの観光地なども紹介したり、歴史なんかも調べてみたいと思っていますからね」

 というと、

「ああ、そうですか。それは有難いですね。私もいっぱい宣伝してほしいと思っているんですよ」

 というではないか。

 今まで、地元の温泉を取材することはあったが、今回は、編集長からの依頼ということもあって、

「4日ほど、滞在してもらおう」

 ということだった。

 普通は2日がいいところであろうが、編集長が、わざわざこの場所を四日と区切ってひろ子に滞在させるというのは、

「少し変だな」

 と思っていたが、

「女将からの依頼ではないか?」

 とも思えた。

 思わず、

「女将は、うちの編集長と知り合いか何かですか?」

 と聴こうかと思ったが、それは辞めておいた。

「このあたりはいろいろ見るところがあるので、ごゆっくりして行っていただけでば、嬉しいです」

 と女将はいい、

 編集長からも、

「ゆっくりしてくればいい」

 と言われたのを思い出した。

「女将のことをもっと知りたい」

 と思ったひろ子も、そのゆっくりとしようと考えたのだ。

「それにしても、ひろ子さんは、頭がいいというか、頭が本当に斬れるんですね。あれだけの事件を、話を聴いただけですぐに解いてしまうだから、本当に尊敬しますわ」

 と女将に言われ、

「私も昔は、探偵小説のようなものを書きたいと思っていたこともあったので、その感覚があったからではないでしょうか? ただ、それよりも、話を聴いていると、客観的に事件を見ることができて、事件にすっと入っていけるような気がしたんでしょうね。気分は本当に、金田一耕助にでもなったかのような気分でしたよ」

 というと、女将は笑顔で、

「それはよかった。あのお話は実際にあった話なんです。実際に時効になったんですが、私が犯人から、時効が成立したことで、教えてもらった話なんですよね。まぁ、もっとも、登場人物の名前は本当に架空のお名前だったんですけどね。こちらの温泉を利用したり、取材に来られた方には、ごあいさつ程度にお話しさせていただいているというわけだったんですよ」

 というのだった。

「なかなか面白い趣向でしたね。今までいろいろなところで取材をしてきましたが、謎解きのご招待というのは、初めてだったので、面白かったです。一種の、おもてなしようなものだと思いましたよ」

 とひろ子がいうと、

「ええ、まさにその通りだと思っております。それに、謎を見事に解いていただけたひろ子様ですから、こちらも、全面的に協力させていただきます。心置きなく、取材の方、よろしくお願いいたします」

 と女将は、完全に打ち解けたのか、すでに名前を、

「ひろ子」

 と呼んでくれている。

 敬意を表する部分もあるが、ざっくばらんな部分もあって、お互いに、完全に気心が知れていると思った。

「編集長が、4日と言ったのは、ひょっとすると、この謎を一日くらいは、解ける解けないは別にして、考える時間にあてることができるという考えを持ってのことではないだろうか? もし、編集長も以前、ここを取材したことがあったとすれば、この謎を解けたのだろうか? 解けなかったとしても、どこまえ近づけたのか、知りたい」

 と思うのだった。

「皆さん、この謎を解こうとする時、どのあたりまで真相に近づけるんでしょうね?」

 とひろ子が効くと、

「そうですね、事件の核心部分に近づく人に限って、最後はトンチンカンな答えに田亜土律君ですよ。でも、理論的に少しずつ、近づこうとする人は、あと、もう少しというところまでは来るんですが、なにやら結界のようなものがあるからなのか、真面目に考えてしまうので、ある一銭を超えられないということで、核心にすら近づくことができないんですよね」

 と女将は言った。

 女将の話を聴きながら、

「もしまだ他に謎があるのであれば、また挑戦してみたい」

 と考える、ひろ子だったのだ。


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