8—3

 ハッと気が付いたログナがその場から跳ね起きた。


「ここは!?」


 辺りを見回すとそこは丸太小屋の前で、側には沈黙したままの魔法陣が敷かれている。周りには草原が果てしなく広がり、ピンク色のメルヘンな羊の姿は無い。どうやらスタート地点へ戻されたらしい。

 近くで寝ていた二人を起こし、先程の場所まで歩きながら状況を整理する。


「これは強制的に眠らされるやつだ!」

「マジか……じゃぁやっぱりあれが夢羊だな」

「図鑑にも催眠の魔術を使うってあった。多分眠ったらゲームオーバーでスタート地点に戻されるんだ」

「なんてこった! どうすりゃいいんだよ!!」

「とにかく眠らされる前にあれを何とかしないと……」


 柵の側、その奥に群をなすメルヘンな羊を三人が見据える。

 この状態で眠くなる事はないから、恐らく夢羊が柵を越えてくると魔術が発動するのだろう。それさえ阻止する事が出来れば……。

 最初の一頭が柵を越えて来ようかというタイミングで、クラインとキースが得物を構えた。


「襲って来る気配ねぇし、一回攻撃してみるか!!」


 キースが地を蹴ると、体勢を低くしたまま一頭目の羊に肉薄した。煌めいた双剣が羊の体毛目掛けて二筋の光の線を作る。が、ダメージどころか傷もつけられなかった。ふわふわの羊毛が斬撃を全て無効化してしまっている。

 越えて来た二頭目を、今度はクラインの槍が殴打する。が、衝撃は体毛によって吸収されてしまうのか、ダメージは全く無いようだ。

 三頭目をログナの放った矢が貫いた。かに思えたが、頭に当たるかという寸前に全身を体毛で覆い、頭を守られてしまった。矢は体に刺さったように見えているが、実際は毛の部分で止まっているのだろう。

 打撃も斬撃も効かないとはあったが、矢も効かないとは。本当にどうしようと二人を見れば、案の定というべきか、既に眠らされている。

 そちらに一瞬気を取られたログナに、矢が刺さったままの羊が突進して来た。


「うわあ!!」


 そうしてログナも再び別の意味で眠らされてしまった。




「気絶もアウトっぽい……」


 とりあえず三人で大きな溜め息を吐き出す。

 攻撃が効かない。柵を越えられたら発動する魔術。突破口が全くわからない。もう既にお手上げだ。

 海の家よりも断然ムズイしキツい。これが本当にEランクかよと、悪態をついてしまいたくなる。

 とにかく寝たら駄目なのは分かった。ならば寝ずに済む方法を考える事にする。

 三度目は一人ずつ向かってみる事にした。最初に行ったのはキースだ。ログナとクラインの二人は、ログナが魔眼で狙える位置で待機する事にしたのだ。


「駄目だ。一人だとそもそも羊が現れない」


 念の為ログナとクラインも交代で一人で柵まで進んでみたが、結果はキースと一緒だった。

 いい作戦だと思ったのだが、ここが迷宮でパーティでの攻略で訪れているとなると、そういった小細工は通用しないようだ。

 ならば今度は羊を見ないようにする作戦で近づいてみた。催眠の魔術の発動条件が夢羊が柵を越える事ならば、それを視界に入れなければいいと考えたのだ。が、やはり無謀な作戦だったようで、タックルからの気絶で結局振り出しに戻ってしまった。


 今度はとにかく体を動かしまくって眠気を吹き飛ばす作戦で行ってみる。

 もうやけになったと言われても仕方の無い作戦名だったが、とにかく効かないと分かっても三人で攻撃しまくった。10匹くらいまでは耐えられたが、やはり夢羊が柵を越え出すと無理だった。




「どーすりゃいんだよ!! こんなもん完全に無理だろ!」

「羊数えてよく眠れたのは初めてだな」

「そんな呑気な事言ってる場合かよ!?」

「いっその事三人で一匹捕まえて、毛刈り取ってみるか? 羊毛だけなら手に入るだろう」

「大群にタックルされて終わりだよ!!」


 キースとクラインがいつもの調子で軽口を叩き合っている間、ログナはじっと考え込んでいた。何かが頭の隅でずっと引っ掛かっている。


「あーあ。せめてあの羊がギルマスのおっさんとかだったらなぁ」

「そんなもん面白すぎて寝るどころでなくなるな」

「だっろ?」


「なぁ……攻略法って、もしかしてそれなんじゃないか?」

「「え?」」


 そもそも『塔』と言いながら『サイロ』だったのも不思議だった。そこからもうこの迷宮の罠に嵌っていたのだとしたら。

 サイロ=牧場と、思考を誘導するものだったとしたら。丸太小屋も、納屋に置かれた農機具も。

 全てが『羊』を連想させる為の布石だったとしたら。


「そもそもここは既に夢の中なんじゃないかな?」


 夢とは寝て見るものだ。ここが既に夢の世界なら、外からやってくる冒険者は異物でしかない。だから夢を見させる為に眠らせる。

 夢羊がその誘引剤だとするならば、その誘引剤自体を変えてしまえばいいのではなかろうか。


「仮説だけどな」

「でも、『変える』って、一体どうやって?」

「変えようねぇんじゃ……」

「多分大丈夫……ここが夢の世界ならね!」


 最初にここに来た時、既に牧場だと思い込んでいた。牧場にいるのなんて牛や羊、鶏や馬なんかを連想する。

 そもそも目的が羊だったし、案の定羊を見て『この牧場にいるのは羊なんだ』と、無意識のうちに思わされた。

 これがこの迷宮の、いやここのボスの思惑だったのだ。羊を連想さえさせてしまえば、あとは催眠の魔術でのこのこやってきた冒険者を眠らせ、自分まで辿り着けなくしてしまえばいいだけなのだから。


「次目覚めた最初の奴が『ギルマス』と叫ぶ。それでオレ達全員の意識をギルマス一択に。もし駄目なら一旦迷宮を出て入り直す」

「分かった」

「よっしゃぁ!! 今度こそやってやんぜ!!!」


 そうして三人は、もう何度目か分からない眠りへとついたのだった。

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