8—2
翌朝、女将さん特製『闇光貝の香草バター炒め』で朝からがっつり腹を満たしたログナ達三人は、ギルドの寄り合い馬車に乗り込んだ。
今日の目的地は『夢遊の塔』。Eランクの迷宮で、今のログナ達のランクでも潜れる場所だ。
『素材を持ち込むなら安く強化してやる』と言って、素材を書いたメモを渡して来たドワーフの親父から指定された残りは、『夢羊の角』と『夢羊の羊毛』の二つ。どちらも今日の目的地で入手出来る筈だ。
夢遊の塔はパビリオから馬車で一時間ほどの場所にある。朝にめっぽう強い三人は、朝一のホロ馬車に意気揚々と乗り込んだ。
「「「あ!」」」
「あ?」
出発するのを待っていると、後から乗り込んで来たパーティの最後の一人がゴールグだったのだ。三人の姿を見つけた途端に豪快な笑い声をあげ近くに座ってくる。
「よう。よく会うな!」
「おっさん何なの? やっぱりオレらの追っかけな訳?」
「だからそれはお前らだろーが。こいつらとは初めましてだな」
そう言って牙狼のメンバーを紹介してくれる。
ゴリムキの男達に挟まれてのラミナは、二人の視覚的な効果も相まってか、余計に儚げで妖艶に見える。アマンダとはまた違った魅力の持ち主だ。
「あなた達がギルマス期待のルーキーね。可愛い子達じゃない」
「ありがとうございます」
「冒険者の魔術士って結構いるんだな」
ラミナもだが、以前喧嘩を売られた暁のメンバーのうちの一人も魔術士だった。三人の中では魔力の強いものは魔術師になるものだというのが常識だった為に、目の前の、しかもガチムチの猛者共に囲まれているこの人を、一体どういう目で見ればいいのか分からない。
「
「変態……」
魔術師なんて聞こえはいいが、どちかといえば研究職だ。知識量も必要だし、その為には先立つものも当然要る。
自分の好きをとことん突き詰める彼らは、時に寝食をも忘れて研究にのめり込むという。三人にとっては食べる事も寝る事も欠かせないし、冒険と同様に生きていく上での優先順位は高い。それを忘れてのめり込むだなんて、確かにラミアのいう通り変態なのかもしれないなと思う。
「私の場合は攻撃よりも強化や回復がメインだけれどね。助けがいるならいつでも呼んで」
「えっマジで?」
『止めとけ。ぼったくられるぞ』
食い付いたキースにすかさずゴールグが囁いた。真顔で見つめるキースに向かって分かりやすく笑みを作るラミアの顔が恐ろしく見えたのは、きっと見間違いなんかではないのだろう。
気を取り直して、ゴールグに「素材集めは順調か」と聞かれ、昨日の海の家での奮闘を語る。亜魔蛙で苦労したところは非常に共感してもらえたが、闇光貝にキースが喰われそうになった事を話すと、腹を抱えて笑われた。
「
「攻略法なんてあったのか」
「あれは一定の時間が経過すると貝殻が開くんだ。そこを仕留めれば楽だったんだがな」
「そうだったのか……。って、おっさん知ってたなら教えてくれよ!! 危うく死ぬとこだったぞ!!」
「ぎゃはははははは」
そのうち馬車が停車し、ログナ達が降りる。キースは怒りが収まらない様子で荒々しい足音を立てながら降りた。
ようやく笑い終えたゴールグに引き止められ振り返ると、涙を拭いながら親指を立てて見せてくる。
「お前ら最高! 大好きだわ!!」
「いっぺんくたばれクソジジイ!!」
鬱蒼と茂る森の奥、木々の上から頭を出している煉瓦作りの塔が見える。ここからそう遠くはなさそうだ。
馬車を降りた場所から獣道のような細い通路を進むと、いくらも行かないうちに目的地へ到着した。何故かその周りだけ広場になっている迷宮の扉は、古臭い煉瓦作りの塔に嵌め込まれたように設置された木製の扉だ。錆びた鉄製の蝶番が板に錆色を滲ませ、扉の年季を更に増している。
ログナは再度塔を見上げた。
塔というよりも大きな牧場などで見かけるサイロのようだなと思った。サイロと違うのは、発酵によって膨張した空気を逃す為の空気穴が無い事だろう。
年数を重ねたであろう見た目とは裏腹に、等間隔で精巧に積まれた赤茶色の煉瓦が美しい曲線美を持って外観を形作っている。最上部に施されているのは、赤く丸みを帯びた可愛らしいフォルムの屋根だ。カクレスジリスが好みそうな木の実の帽子のようなその見た目も、どこか懐かしさを感じられる要因の一つと言える。
「なんか、村の近くの牧場を思い出すな」
「オレも。同じ事思ってた」
「中にいるのが羊だからな。扉開けたら牧場だったりして……」
本当に牧場のようだった。
いつものようにキースが開いた扉の先に広がっていたのは、地平の見えない草原だ。山も森も起伏も無い、だだっ広い平原がずっと広がっている。
海の家の時のような別世界に、やはり一瞬迷宮である事を忘れてしまう。
草原に踏み入れ振り返ってみると、先程のサイロのような塔は姿を変え、丸太小屋の扉になっている。足元には沈黙したままの魔法陣が敷かれており、ここが迷宮の中なのだと言う事を再認識させてくれる。
隣に立つひと回り小さな小屋は納屋のようで、中に入る事が出来た。様々な農機具が置かれており、やはり牧場という認識は間違ってなさそうだ。
長年放置され手入れのされていない室内には、農機具以外に一つだけ家具が置かれていた。半分朽ちた机に近付いたログナは、その上に開いたまま置かれている日記帳に目を落とす。触ってみるも動かす事は叶わず、ページを捲る事も出来ない。開かれたそこには、ただ『100』とだけ書かれていた。
現時点では何の判断材料にもならない為、記憶にだけ留めてキースとクラインと共に外の探索に戻った。
「身を隠す場所が無いから、魔物が出たら厄介だな」
そんなクラインの心配を他所に、魔物は一匹も姿を見せない。魔物どころか何も無い。
「なんか拍子抜けだなぁー」
「そうだね。ここが迷宮である以上、ボスは何処かにいる筈なんだけど……」
海の家が強烈すぎたせいなのか、似たような事を想像して気合を入れて来た三人は、何にも無さすぎて逆にガッカリした。納屋の周りを何周かぐるぐるしてみるも、特に変化は無い。
ログナが魔眼を発動してみたが、特に反応はなかった。
「とりあえず進んでみるか?」
「そうだね。海の家でも進行補正かかったし、多分ここも似たような事が起こると思うけど」
「じっとしててもしゃぁないしな! 行ってみよーぜ!!」
そうして歩いてみる事しばらく。振り返った先に見える納屋が目視出来るか出来ないかくらいになった頃、突然柵が現れたのだ。
木製の家畜が逃げ出さない為の柵は、三人が悠々と跨げる程の高さしかなく、本来の役目を果たせるようには思えない。しかも通常は自分の牧場を囲むように円形に設置される筈だが、見る限り横一直線に伸びている。信じられないくらい大きな円形をしているのかもしれないが、それは確認のしようが無いし、迷宮を攻略する為に必要な確認だとも思えない。
跨いで向こう側を探索するか、柵に沿って移動するかを話し合っていると、クラインが何かに気がついた。
「いた。羊だ」
「すごい数……」
「なんていうか、こう……随分メルヘンな光景だなぁ」
いつの間に現れたのか、柵の向こう側に羊の大群がいたのだ。しかも普通の羊では無い。三人が知っているのは顔が黒くて角が茶色っぽく、毛が白い羊だが、大群で密集しているそれらはピンク色だった。顔は白に近く、角は薄茶色だったが、なんせピンク色が大半を占めており、これはもうピンク色だ。
「可愛い」「いつの間に?」などと話していると、そのうち最初の一頭がぴょんっと柵を越えてこちら側に入ってくる。
一頭超えると、連鎖反応なのか二頭三頭と入ってくる。
「これって……」
「あれじゃね? 羊が一匹、羊が二匹って数えるやつ」
「ああ、眠れない時にやるやつな」
「でもこれやって眠くなった事ないよね?」
そう言ってキースを見たログナは驚愕した。今話していた筈のキースが、草の上で気持ち良さそうに眠っていたのだから。
「え!? 嘘だろ? キース?」
クラインに助けを求めようとしてそちらを向くが、アテが外れる事となる。まさかというか、やっぱりというか、クラインまで眠っているのだ。
「クラインまで!? まさか……これって……——」
そう言ったログナの意識もぷつりとそこで切れてしまった。
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