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 素材収集に向かう事を決めたログナ達三人は、翌朝、早速パビリオの乗合い馬車乗り場へ向かった。近場なら節約の為歩いて行くが、今回はそうはいかない。目指す『海の家』の迷宮ダンジョンは、人間の足では数日かかる場所にある。よって今回は馬車を使う事にした。


「ギルドが出してる乗合い馬車なら普段のと比べると安い方だな」

「三人で銅大貨三枚なら、都会にしては良心的だと思う」

「座れっかなぁー」


 馬の足なら半日程で到着だ。

 穏やかな気温に眠気を誘われながら、ゆったり束の間の馬車旅を満喫する。

 三人が乗った馬車はホロ馬車で座席などは無く、荷台のような場所に適当に座るようなものだった。目的地が遠かった為か最初は混んでいたものの、しばらく行くと三人と御者だけとなりほぼ貸し切り状態だ。比較的整備された道を通る為、魔物に襲われる心配もそれほど無さそうだ。

 女将さんが持たせてくれた特大おにぎりは、馬車の中で昼食として食べた。


「何これ美っ味……」

「いろんな具材が入ってて食べ応えあるね!」

「オレ弁当より好きかも」


 大きなおにぎりの中に焼いた肉や青菜の塩漬け、焼き魚のほぐし身なんかがたっぷり入っていて、これ一つで弁当を食べたかのような満足感と満腹感が得られる優れ物だ。初めて食べるそれに三者三様で感動しながらもちろん秒で完食した。



 それからしばらく睡魔と戦いながらようやく辿り着いたのは、何の変哲も無い森の入り口だ。確かにギルドの設置した『海の家こちら』の看板が無ければ、きっと分からなかっただろう。


「なんか思ってたんと違う」

「確かに」

「なんか出そうだね……」


 獣道のような細い凸凹道を進む。鬱蒼と草木が生い茂る森の中を、何かの動物の気配にビクビクしながら進むことしばらく。

 森が開けたなと思ったら、目の前に急に扉が現れた。

 ぽっかりと森の中に開いた広場に、木枠に収まった扉がポツリと佇むようにそこにあったのだ。木材で出来た、何の変哲もない一般的な扉。金属で出来たノブを回すと開く押し戸になっている。

 扉の奥は急勾配の傾斜になっており、単独で降りるのは難儀そうだ。そんな場所にあった。


「え、これ?」

「……なんか、思ってたんと違う」

「森の真ん中に『海の家』とは……」


 色々と頭が追いつかないが、迷宮なんてそんなもんだ。三人は深く考えることを早々に放棄し、扉の前に立つ。

 一度顔を見合わせ、キースがノブを回すのを、ログナとクラインが固唾を飲んで見守った。




 開いた扉の先に広がるのは紛れもない砂浜。そしてその先には果ての見えない青がどこまでも続いている。


「「「…………」」」


 言葉を失ったまま、三人は扉の先へ踏み入れた。自然と閉じられた扉の音で振り返ると、三人の後ろには趣のある東屋が建っている。

 森の中に佇んでいた入ってきた筈の扉は、古ぼけた東屋の入り口へとその姿を変えていた。

 扉の前には沈黙したままの魔法陣が浮かび上がっている。ある程度進み、途中に魔法陣がある場所まで行くと、この入り口の魔法陣と繋がるようになる。もしくは迷宮のボスを倒すと此処まで飛べるようになるのだ。

 途中の魔法陣まで辿り着けなかった場合はこの扉を開けば出られるが、ここまで引き返して来なければならない。迷宮攻略の際は、一定の間隔で設置された魔法陣を起動しながら進むのが一般的な攻略法となっており、ギルドもこれを推奨している。


 三人は改めて目の前に広がる大海原を眺めた。

 同じ『青』なのに、海と空の境界線ははっきりくっきり別れている。海は知っていたが、実際に見るのが初めてだった三人は、その広大さに言葉を失ったまま見入っていた。

 真っ白な砂浜も、海へ向かうにつれ白から青に変わっていく美しいグラデーションも、要塞のような真っ白い雲も、全てが壮大で圧倒される。穏やかな波の音を聞きながら、少しばかり生臭い海風に髪が揺れるのを唯々感じていた。


 ログナがボーッと眺めていると、何やら隣でゴソゴソ音がするのに気が付いた。

 ハッとしてそちらを見れば、脱ぎ捨てられたブーツや装備が無造作に積まれている。

 既にパンイチになったキースが二人を振り返り、「行ってくる」と親指を上げウィンクすると波打ち際へ駆けて行った。


「遊びに行くんじゃねぇって言ってなかったか?」

「オレもそう聞いたけど……気持ちは分かる、かな」


 お互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべたログナとクラインは、「しょっぺぇ」と大はしゃぎするキースを眺めた。

 そのうち二人もブーツを脱ぎ出し、ズボンの裾を捲り上げて駆けて行く。

 そうして三人はしばし初めての海を満喫したのだった。

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