6—3
武器屋を出た三人は、その足で冒険者ギルドへ戻った。大きなホールになったギルド内部の中央。建物を支える太い柱の周りに併設されたベンチを横目に、左手側に用意されたテーブルの一角を陣取り、作戦会議を開始した。
「図鑑借りてきた」
クラインがすぐにカウンターの女性職員から魔物図鑑と植物図鑑を借りてくる。いつでも貸し出してもらえるそれはギルドの備品である為に外への持ち出しを禁止されている。よってギルドのホールの一角、解放されているテーブルの一つを占領して本を広げた。
丸い小ぢんまりとしたテーブルは、三人が頭を突き合わせて話し合うのに丁度いいサイズだ。早速図鑑を開き、その隣に武器屋の翁が書いてくれたメモを置く。
「で? 何の素材が要るって?」
メモには弓、双剣、槍のイラストが描かれ、その隣に素材の名が書かれている。キースに言われてログナがそれらを読み上げる。
弓 『シュヴァ・ルーの角』『夢羊の羊毛』『亜魔蛙の粘液』『闇珊瑚』
双剣 『闇光貝の貝殻・魔真珠』『闇珊瑚』
槍 『夢羊の角(八巻以上)』『闇珊瑚』
イラストの横に箇条書きされたものが、それぞれの武器の強化に使う素材なのだろう。シュヴァ・ルーの角以外は聞いた事のないものばかりだ。
名前を頼りにログナが図鑑のページを捲る。メモにあったのは低ランク冒険者でも採集出来る素材ばかりだった為か、図鑑で情報を得る事が出来た。
『闇光貝』
その名の通り闇に溶け込んでいるかの如く黒い貝。夜の海で見つける事は困難。反対に貝殻の内部は非常に美しく、その昔王族の祭事の際の装飾品を闇光貝で作られた程。稀に取れる魔真珠は魔力を含みこちらも装飾品として好まれた。水・闇の効果をもたらす為、武具の素材としても重宝されている。
『闇珊瑚』
その名の通り闇に溶け込んでいるかの如く黒い珊瑚。夜の海で見つける事は困難。非常に硬く加工には専門の職人の技術を要する。傷が付き難い為、武具の柄・握などに使用される。
『亜魔蛙』
湿地帯に生息する色彩豊かな蛙の総称。種類、大小様々で全てを分けると数百種類とも言われている。皮膚に微弱な毒を持ち、危険を感じると吐き出す粘液は害はないが激臭。適切に処理すると防腐剤になる為、職人の間では人気が高い。
『夢羊』
夢遊の塔に出現する魔物。大人しい性格で、身を守る羊毛は全ての打撃を通さない。群で行動する魔物で、催眠の魔術を使ってくる為、捕獲にはコツがいる。羊毛、角ともに重宝される。
貝・珊瑚・蛙は『海の家』という
全ての素材を手に入れる為にはどちらにも潜らなくてはならない。今の問題はどちらから行くか、だ。
「海海海! 絶対海!」
「遊びに行くんじゃないからな?」
「わーってるよ! でも念の為着替えは多めに持ってくだろ?」
「「(遊ぶ気だな……)」」
「遊ぶ気満々じゃねぇか! ついでに浮き輪も持ってけ!」
ログナとクラインの心の声をハッキリと口にした者がいた。
三人が揃って声の方へ視線を向ける。ニカっと笑いながら近付いて来たのは、新人潰しの情報をくれた熟練の冒険者だった。
「よぅ! お前ら、よく会うな!」
「こんにちは」
「おっさん何なの暇なの? それともオレらのファンなの?」
「お前らが俺の追っかけなんじゃねーの?」
キースの軽口にニヤニヤと返してくる辺り、似た物同士なのかもしれない。ログナ達の周りをわざとらしくキョロキョロすると、再び視線を戻してくる。
「保護者は一緒じゃないのか?」
アマンダの事を言っているのだろう。余程田舎もんのガキ扱いしたいらしい。ただの揶揄い文句だとはわかったが、キースは黙っていられない。
「特務遂行中だよ! 冷やかしならどっか行ってくんねぇ?」
手で追い払うような仕草にも笑って応えると、わざわざ隣から椅子を引っ張って座ってくる。帰る気はないらしい。
「まぁまぁ。そう邪険にすんなや。俺は『牙狼』ってパーティの
「ログナです。パーティ名はまだありませんが三人でやってます」
「クラインだ」
「キース」
キースは若干煙たそうにしているが、そんな彼の性格を正しく理解しているのか、ゴールグはキースへニヤリと笑みを向けると少し声を落としてくる。
「お前ら、中々注目度上がってんぞ」
「何!? どーゆーコト?」
すぐ食い付いた。
入れ食い状態の生簀の魚ばりにすぐ食い付いた。
切り替えが早いのは彼の長所でもある。
「『暁月』の捕縛に絡んで、ギルドが調査に乗り出したゴブリンの群、潰したんだろ?」
「情報早いな……」
昨日の今日で随分耳の早い事だ。特に極秘事項だった訳ではないが、それしてもだ。
「まっ、冒険者にとって情報は命綱みたいなもんだからな。アンテナは張っとけ。……で? 今度は何やらかすつもりだ?」
面白そうだと期待の眼差しを向けられるも、ログナは苦笑いで返すしかない。今回はご期待に添える事は難しそうだ。
「武器の強化をしたくて、素材を入手出来る迷宮を探してただけですよ」
ほぉと言いながら開いた図鑑とメモを覗き込んでくる。頤に手を当てながら、ふむふむと何かを思案している。
「海の家に夢遊の塔、か……。 あの親父もなかなか……」
「武器屋のおっちゃん知ってんの?」
「勿論! あのドワーフの親父だろう? いい腕だ、信用出来る」
迷宮についても知っていそうなゴールグに、ログナが問い掛ける。
「迷宮はどうですか?」
「まぁ、どっちもお前らなら大丈夫だろ。粘液取るなら空き瓶あった方がいいぞ。口の広くて蓋がしっかり閉まるやつな!」
立ち上がると座っていた椅子を元の場所に戻している。用は特にはなかったらしい。
「あ、海の家行くならタオルはいっぱい持っとけ」
それだけ付け加えると、じゃぁなと手を挙げて去っていった。一体何だったのか。
「遊びに行くんじゃねぇっつの!」
「「……」」
兎にも角にも行き先が決定した。
せっかくお墨付きを頂いたし、アドバイスも頂いたので、海の家から行こうという事になった。
取り敢えず空き瓶は調達しなくては。それからタオルも。
タオルは女将さんから貸してもらえないか聞いてから買う事を検討しようという事になり、三人は夕食に何を食べようかと話しながら冒険者ギルドを後にしたのだった。
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