5—1
初依頼を無事に終え、その夜の爆食爆飲に胃もたれする事なく爆睡した三人は、翌朝の早い時間にギルドを訪れていた。
以前先輩冒険者から教わった通り、この時間帯のギルドは人で溢れ返っている。むさ苦しい男達がボードの前を陣取って、やれどけだの横取りすんなだの、怒号とヤジが飛び交っている。なんせ割りの良い依頼は早い者勝ちだ。よって目の前で繰り広げられている光景は、朝のギルドの日常茶飯事だ。
「今日こそは絶対討伐!!」と意気込んでやって来たキースは、果敢にもボードの前で肉壁と化している男達の中へと飛び込んでいった。少し離れた場所からそれを見ていたログナとクラインは、そこへ入って行く決心がつかぬままキースを待つ。
すると、いくらも待たないうちに彼が戻って来た。手にはくっしゃくしゃだったが、しっかり一枚の紙が握られている。
「昨日のホーンラットは取られちまったけど、面白そうなのあったぜ」
残念そうに少しばかり赤くなった頬をさすりながら、それでも瞳をぎらつかせながら差し出してくるそれを受け取る。揉み合いの最中一発喰らったらしい。これもあるあるで、むしろ冒険者でなければ味わう事の出来ない、一種の醍醐味のようなものだ。男たちはそれを体験してこその冒険者だと熱く語るが、ギルドの女性職員たちが全力で引いているのを知らない。
キースが言っているのは、昨日ギルマスがアマンダに再手続きを頼んでいた依頼の事だ。初依頼の薬草とどっちを取るかで悩んだそれは、期限が昨日中とあって仕方なく諦めた。失敗したら罰金と言われたらやむを得ない。
狙っていたそれは残念ながら他の人の手に渡ってしまったが、キースは別の依頼を掴み取って来た。ログナとクラインがその戦利品を覗き込む。
『討伐依頼』
ランク E
『討伐対象』
シュヴァ・ルー
『内容』
農作物に被害をもたらす魔物を討伐して欲しい
素材は自由
『達成条件』
雄なら角を、雌なら翡眼を確認させること
『報酬』
一頭につき銀貨三枚
「シュヴァ・ルーか。素材が自由になるなら結構稼げるかもな」
「経験値も稼げそうだね」
依頼用紙に目を通しながら、クラインが声を浮つかせて話すのにログナも同意する。
『シュヴァ・ルー』とは、馬をもうひと回り大きくしたような魔物だ。大型で主に植物を主食とする魔物で、人を襲う事は滅多にない。が、たまに迷宮から吐き出され、迷子となって人里に降りて来た個体が農作物に被害を出す事があり、村でもこれに限らずその手の依頼は少なくなかった。
本来ならFランクだろうが、一度作物の味をしめた個体は目をつけた餌場を死守しようと、鉢合わせた人間を執拗に攻撃する事がある。それを考慮してのEランクだろう。
雄の成体には木の枝のような立派な角があり、素材として買い取ってもらえる。工芸品やアクセサリー、薬に武器の強化素材に使われたりと、用途が多岐にわたる事に加え、毛皮も肉も需要がある為そこそこ小遣い稼ぎになっていた。
雌には角はないが、額ら辺に翡翠色の魔石を持っていて、翠色で第三の目玉にも見える事から『翡眼』と呼ばれ、こちらもなかなか需要がある。
「狙ってたヤツより報酬良いし、決まりだろ!!」
「この森なら……歩いて行けそうな距離だしな」
クラインが地図を広げて場所の確認をしている。北門から出てオリテナへ向かう街道を進み、カタール村方面とは逆の道へ入って直ぐの村が依頼主のようだ。
王都へ続く街道なら馬車も出ているだろうが、歩いて行ける距離なら馬車賃は浮かせたいところだ。駆け出し冒険者は無駄遣いが出来ないのだ。
「じゃぁこれ、受けてくるから」
依頼用紙を持ってログナがカウンターへ向かう。依頼ボードの前もごった返しているが、カウンターにも長い行列が出来ていた。
特にどこに並ばなければならない等の規制はなかったが、何となくアマンダの列に並んだ。ログナにしてみたら、今日の依頼に一緒に来てもらう訳だし、その事についても依頼の受注のついでに話せれば良いからと思っての事だった。が、そうだと分かっているだろうキースがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら此方を見てくる。……無性にイラっとした。
ようやく順番が回って来たログナの依頼用紙をアマンダが受け取る。一緒にギルドカードも渡し、手続きを進めてもらった。出したのはログナのカードだけだが、パーティ登録しているキースとクラインのカードにも、この依頼の情報が入った筈だ。勿論仮登録のアマンダにも。
「すぐ出発されますか?」
「出来ればそうしたいですけど」
ログナはチラリと後ろを振り返る。まだまだ行列が無くなる気配は無さそうだ。ログナの考えている事が分かったのだろう。アマンダはカードを返しながら表情を僅かに柔らげた。
「では準備して来ますので、少し待っていてもらえますか」
そう言って近くの職員に声を掛け、受付業務を交代してもらっている。この行列を捌き切るまで待たなくて良いのだと内心安堵したログナは、二人に合流するとギルドの外でアマンダを待つ事にした。
何組かのパーティを見送り、キースが自分の双剣の一つで遊び始めた頃、入り口から装備を身に付けたアマンダが出て来た。
制服のスカート姿しか見た事の無かった三人にはパンツに膝までのブーツ、腰に帯剣し手には黒のグローブ、シャツにベストといった彼女の装いは新鮮だった。
ベストの下には黒いレザーの胸当ても見える。パッと見れば簡素に見えるこの装いも、素材こそ見た目では分からないが、高ランクの品なのだろうと想像がつく。
村でも熟練の狩人程装いが簡素で身軽だった。素材の質が良ければそれに伴って装備のレベルも上がるのだ。魔道具を付けずとも状態異常無効の効果がついていたり、物理ダメージが軽減されたりと、何らかが付加される。そしてそれはレベルの高い狩人程顕著だった。
それを知っている三人は、アマンダが高ランクの冒険者だったというギルマスの言葉が真実だったのだと、この瞬間で理解した。
ギルマスの言葉を信じない訳では無かったが、やはりどこかで疑っていたのだ。あんな拳と蹴りを見せつけられても、こんなに若くて華奢な彼女が……と、思わずにはいられなかったのだ。
「行きましょうか」
三人からの熱い視線に一切動じる事なく、アマンダが歩き出す。我に返った三人がそれに続こうとした時だ。
「なんだお前ら。もう保護者同伴か?」
すれ違い様に声を掛けて来たのは、ギルドへ訪れた初日に『新人潰しに気をつけろ』と教えてくれた熟練の冒険者の男だ。ニヤリと口の端を持ち上げ面白いものを見るような目を向けてくる。挑発とも取れるその眼差しと物言いに、うちの特攻隊長が間髪入れず反応した。
「あぁ?」
ゴッ!!
しかしそれを許さんとばかりにクラインの拳骨がキースの脳天にかまされ、頭頂部を両手で押さえながら悶絶する事になる。
「いちいち反応すんなお前は!」
涙目のキースをじろりと睨みつけ、クラインが先を指し示す。キースの視線の先にはすでに背が小さくなりつつあるアマンダの姿があった。
そんなやり取りにも爆笑している熟練冒険者に「頑張れよ」と手を振られながら、三人は急いでアマンダの後を追ったのだった。
今回の目的地は北門から出た先にあった。
昨日歩いた南門の先の街道とは打って変わって、こちら側は活気に溢れている。王都に続く主要道でもある為、きちんと整備され人とも馬車とも多くすれ違う。この辺りでは王都オリテナに続く主要都市で、二都市間は物流の面でも人の往来の面でも密であり、馬車で半日程の距離であるにも関わらず、街道のそこかしこに宿や休憩スペースが設置されている。
自分達のような冒険者や商人、街人などと何度もすれ違いながら、ログナは感覚を研ぎ澄ますように周囲に気を巡らせていた。門を出てからずっと警戒しているが、人が多い割には昨日のような気持ち悪い視線は感じられない。
「あれは暁月の
いつの間にか隣を歩いていたアマンダに言われ、まるで全てを知っているかのような物言いに瞠目した。
そんなログナの心の内が見えたのか、アマンダがギルドでの暁月尋問に同席した事から一部推測したものだ、と教えてくれる。
「彼の能力は『
元々は行く先に危険がないか、周囲に敵(魔物)が潜んでいないか、隠された罠などはないか、そういったものをいち早く察知し仲間に危険を知らせる役割を果たす能力なのだ。
しかしそれを応用し、
大幅に魔力を消費する魔術だったが、腐ってもそこはCランクだったと言う訳だ。
「しかも彼は用心深い事に、隠密の魔道具まで使用していました。本来ならばその視線にすら気付かないような術です」
「え? そうなんですか?」
だったら何故? というログナの眼差しを、アマンダの静かな青が真っ直ぐに見据えた。
「貴方は魔力持ちです」
「……え?」
「貴方にはあの術士の魔力が
「っ!?」
視えたかどうかは分からない。しかし、昨日は確かにずっと何かがまとわりついているような、気持ちの悪い感覚があったのは確かだ。そしてそれは暁月の魔術士の腕にあった魔石と、キースとクラインを捕縛した魔法陣を見た時に同じものだと分かった。あれが『魔力が視える』と言う事ならばおそらくそういう事なのだろう。
「確かにログナは、ここぞって時の勘が異様に鋭いよなぁ」
「そのお陰で嘘の道を教えられた時も命拾いしたしな」
ログナとアマンダの話を前方から聞いていた二人が合点がいったと言うように納得してくる。
勘が良いと言われていた自分の感覚が、魔力持ちだったが為の恩恵だったとは。思いもしなかったログナにとっては予想だにしない事実だった。
「恐らく『魔眼』と呼ばれる
「魔眼……」
そういえばうろ覚えだが、そんな能力を持つ人物が過去に居たと、幼い頃に乳母が話して聞かせてくれた記憶があった。自分に関係のない話だろうと気にも留めていなかったが。
血筋とはいえ、まさか自分にその力が発現するだなんて、誰も予想出来なかった事だろう。今になってはどうでも良い話であるが。
「役に立つ能力なら訓練したいけど……でもどう鍛えればいいんだろう」
「ログナさんが望むなら、私がお教えします」
「え!? アマンダ、さん、が?」
何故か「さん、なんて煩わしいからやめようぜ」と言うキースの提案で、お互い呼び捨てでと言う事になった。
キースは最初から馴れ馴れしく呼び捨てだったので、少々釈然としない。
「とは言っても、やる事は決まっています。ひたすら反復です」
言い切った事からも予想はついたが、魔眼持ちだと言われた事で限りなく確信に近づいた疑惑を晴らすべく、ログナは意を決して口を開いた。
「あの、アマンダ、も……魔力持ち……?」
呼び捨て……慣れない。
違和感なく呼べるようになるまでは、もう少し掛かりそうだ。
「はい。魔力を持っていますし、応用しています。……ログナには見えたのでは?」
「……じゃぁ、アレって……」
ログナ……アマンダにそう呼ばれるのはくすぐったくてむず痒い。そんな胸を震わせる程の響きにもっと浸っていたかったが、昨日見た違和感に意識をシフトする。
確かに昨日、暁月の魔術士の魔石がいきなり砕け散った時、それを撃ち抜いた一筋の光を見た。地面に突き刺さったそれは、すぐに霧散して消えてしまった為に、見間違いか気のせいだっただろうかと思ったのだが。
それを踏まえてはたと思う。
「え、待って……アマンダってもしかして、
「はい。冒険者ギルドパビリオ支部所属特務遂行係支援補助員の弓術士です」
「(オレ、なんで登録の時に使用武器を剣にしたんだろ……)」
今更ながらものすごく後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます