4—3

「さて。こっからが本題じゃが」

「「え?」」

「まだ何かあんのかよ!?」


 報酬をしまったところで、残るは宴会だとばかりに帰ろうと思った三人は、『本題』と言い出したレオールに信じられないものを見るような眼差しを向けた。

 いい加減疲れたし腹減ったと言うキースに、もうちょい付き合えと翁が皺を深めて笑う。


「お前ら、アマンダに鍛えられる気はないか?」


 このギルドの強みである新人育成制度を使ってみないかと言う。素質のある新人にギルドの支援補助員をつけ、ランクアップをサポートしていると言うのだ。アマンダはその中でも最高クラスの人材だと言う。まさにギルドの秘密兵器である。


「どうじゃ? 高位ランクの元冒険者に教えを乞えるチャンスじゃぞ?」


 三人の視線がレオールの斜め後ろに立つアマンダへと注がれる。静かな青がそれを淡々と受け止める。


「高位ランクの……元冒険者……?」

「只者じゃないとは思ったが……」

「アマンダ、マジで今いくつ?」

「「(え、そこなんだ……)」」


 確かに見た目だけで言えば二十代に見える。その若さで元冒険者で高位ランク、しかももう引退していると言う。

 何故ギルドの七不思議になっていないのか、何故もっと大きな話題になっていないのか、それが大いに謎だった。


「マスター。その話はしない約束では?」

「まぁまぁ。こいつらにゃどうせ分かる。隠したってしゃーないじゃろ」


 それについてはアマンダも同感だったのか、それ以上口を挟む事はなかった。


「あの、具体的にはどういう事ですか?」


 詳しく知りたいと言ったログナに、アマンダが説明してくれる。

 パビリオの冒険者ギルド独自の制度で、Eランク以下の新人にはギルマスが認定する補助員による支援が受けられるのだという。

 具体的な内容は補助員と冒険者間で話し合いによって決められるが、迷宮攻略に関する知識だったり、戦闘訓練だったりと、その支援は多岐に渡る。実際に補助員と行動を共にし、成功報酬の十%で支援を受ける事が出来るのだ。


「アマンダとパーティ組むってコト?」

「仮登録の扱いになります。私はあくまで補助員なので、十%以外は受け取りませんし、私自身のランクアップ等もありません」


 冒険者用の仮カードはギルドの名で発行され、パーティも仮登録となる。パーティで受けた依頼はパーティ全員のカードに記録される為、依頼を受けた場合はその翌日にギルドで待ち合わせ同行するといったような形を取る。

 個人で受けた依頼に関しては基本的には同行しないが、それは最初の話し合いの時点で契約に盛り込む事は可能だ。


「モノは試しだ! とにかく一度一緒に行ってみれば良かろう。それから決めてもかまわんよ」

「じゃぁそうしようか」

「明日!! オレ達討伐依頼受けるから!!」

「何にするかは決まって無いんだけどな」


 すっかり討伐依頼一択になっているキースに、半ば呆れと諦めを滲ませたクラインがポツリと零す。

 アマンダが了承の意を示した為、明日改めてと言う事にして、三人はようやく長かった一日を終え、宿への帰路に着いた。




「「カンパーイ!!」」

「お疲れ」


 常宿の一階、酒場兼食堂で、三人は大きなジョッキを高々と打ち鳴らした。

 目の前の丸テーブルには様々なご馳走が所狭しと並んでいる。宿泊客用の夕食はしっかりグレードアップされていた。

 無事に依頼を成功させ、特別報酬までもらった三人は、帰ってきて早速宿の連泊を一週間から一ヶ月に変更した。

 今日の成果を嬉々として語るキースに、女将さんからお祝いだからと山盛りの唐揚げがプレゼントされた。


「しっかり食べて、もりもり稼ぎな!!」

「女将さんマジ最高!! オレもう此処に住むわ!!」


 今日も客の間を縫うようにして注文を捌きジョッキを配る女将は、同時にキースとも雑談を交わすと言う神技を披露している。そんな妙技に関心しながらジョッキを傾けるログナに、クラインから声が掛かる。


「体はもう大丈夫か?」

「え? あ……うん。心配掛けてごめん」

「いや。お前にしては珍しいなと思ったが、考えがあっての事だと思ったしな」


 あの四人組に突っ掛かった時の事を言っているのだろう。

 あの時は白猫の気配が分かったから、目の前の男達の意識を自分に向けておかなければと思ったのだ。まさかアマンダが助けに入ってくるとは思いもよらなかったが、結果的に良い方向へ向かったから助かった。

 ログナは手にしていたジョッキを置くと、クラインから目を背け俯いた。

 今思えば仲間を危険に晒す無謀な行為だったとも思う。今回がたまたま上手くいっただけなのだ。

 もしアマンダが間に合わなかったら。

 二人を拘束したあの魔法陣が、二人に害を為すものだったら。

 ログナの喰らった一発目が、拳でなく剣戟だったなら。

 経験値の無さが、無知が、今になって酷く恐ろしく感じられる。最悪な結果にならなかったのが奇跡のように思えた。


「……ごめん。オレ——」

「別に謝る事なんかないだろ?」


 キースがジョッキを煽ると、空になったそれをタンっと机に置いた。女将さんにおかわりを叫ぶと、目の前の串を取る。


「あれが今のオレ達の最上だった。それだけだ」

「そうだな。オレはログナの勘を信じてるし、ログナの決断に異論は無かった。元よりとっくに覚悟の上だ」


 カードを手にした時から、三人で村を出た時から、それよりももっと前。

「冒険者になろう」そう決めたその瞬間から。

 危険もリスクも、己の命も、全てを掛けて挑むのだと、そう覚悟してきたのだから。


「二人とも……」


「お待ち」と女将さんが新しいジョッキを運んでくる。頼んだのはキースだが、ジョッキの数は三つあった。

 ログナとクラインが今ある中身を飲み干し、空になったそれを預ける。

 テーブルの真ん中に置かれたジョッキを各々が手に取った。


「明日はいよいよ討伐だ!! 気合い入れてこーぜ!!」

「……討伐って事は決まってるみたいだな」

「ずっとそう言ってたもんな、キース」

「ったりめーよ!! それが醍醐味だろーが!!」


 今日の採集依頼であまり活躍出来なかった事を悔やんでいるキースが興奮気味に串に齧りつく。


「ま、とりあえず」

「今日のところは」

「お疲れさんってことで!」


「「「カンパーイ!!!」」」


 道を騙されたところから始まり、ギルドの登録、初の依頼、新人潰しとの遭遇、ギルマスとの対談と、冒険者初日は長い長い一日だった。

 三人で味わったワクワクやドキドキを嬉々として語り合いながら、三人は酒場の閉店時間まで楽しい時間を堪能した。

 そしてその夜は朝まで爆睡したのだった。

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