4—2
「では改めて。この度はギルドの特別任務だった『暁月』捕縛にご助力頂き感謝する」
机を挟んで正面に座るギルドマスターのレオールと、その後ろに立つアマンダが、三人に向かって頭を下げた。
「絡まれたから受けただけで、ご助力した訳じゃねぇんだけど」
「それでも結果的にお前らを巻き込んで、そのお陰で捕まえられたんじゃ。ギルドとしては礼を尽くさねばならん」
レオールがアマンダを振り返ると、彼女がテーブルの上に四枚のギルドカードを並べた。捕縛されたあの四人の物だ。
そこにはパビリオではないギルドの紋章、Cと言う文字とそれぞれの名前が載っていた。
「彼らは他人のギルドカードの略奪、不正転売、脅迫、暴行、その他略奪行為、殺人未遂等の容疑で憲兵ギルドへ身柄の引き渡しが完了いたしました。今後ギルドよりカードが発行される事はありません」
「パビリオ支部で把握しているだけでも何組もの新人が被害に遭っておる。他の支部も含めれば相当数になるじゃろう」
「……そうですか」
ログナはやり切れない思いに両手をギュッと握り締めた。自分達のように冒険者になりたくて堪らなかった人間が、奴らの卑劣な言動によってその未来を奪われていたのだとしたら。
冒険者になると決めたその瞬間から覚悟はしていた。危険もリスクも、生死をかける場面だって少なくない筈だ。しかし、それはあくまで冒険者としての活動があっての前提だ。それすら許されないのは流石にやりきれない。
あまりにも下劣で理不尽で……怒りが込み上げる。
そんなログナを見兼ねてか、レオールがカラリと声色を変える。
「奴らには懸賞金が掛かっとった。よってお前らには報酬が出る」
「「「え!?」」」
思いもよらなかった話に、三人は一斉にレオールを見た。
それに可笑しそうに笑いながらレオールが一枚の紙を見せてくる。手配書のようだ。
「被害者の証言を元に追っていてな。目をつけてはいたんじゃが、奴らの中に魔術士がおったろ。そいつに上手く躱されて現場を抑える事が出来ずにおった。そこをお前が上手く乗せてくれたお陰で捕縛出来たと言う訳じゃ」
レオールの茶色い瞳が真っ直ぐにログナへ向けられる。
ポーションはその協力に対する謝礼だからと豪快に笑っている。アマンダの持ち出しでなかった事に、ログナは内心安堵した。
「奴ら、本当にCランクだったのか」
「Cランクにしちゃ随分お粗末だったけどなぁ」
クラインがギルドカードを手にしながらポツリと呟く。それに同調したのはキースだ。ログナも同じような疑問を抱いた。
確かに殴られた時の威力とスピードはそれなりだったが、結果気絶はしたものの頬が腫れる程度で済んだ。いくら不意をついたとはいえ、キースとクラインが易々と制圧出来てしまった事からも、疑問を抱くには十分だった。
「それなんじゃが、恐らく不正に貰ったランクじゃろな」
「え?」
「不正にランクアップなんて出来んの?」
「恥ずかしい話じゃがな」とソファの背もたれに背を預けたレオールの代わりにアマンダが口を開く。
「明確な証拠がある訳ではないのですが、金銭を渡して不当なランクを得られるギルドがあると。そういった噂が実際にあるのは事実です」
「まぁ、駆け出しに簡単にのされるような奴らがCなんて有り得んし、実在するんじゃろうな」
「放っておいて良いのかよ?」
カラカラと笑うレオールに、笑ってる場合かよと呆れたようにキースが突っ込む。金銭でランクが買えるなど、ギルド側にしてみれば由々しき事態だろうに。
「放ってはおかんが俺たちにもどうしようもない。後は上に任せるしかないしの」
「そういう者達の実力はやはり底が知れておりますので、爆発的に増える事もないと考えております。冒険者の質はギルドの評価にも直結しますので」
「まぁ、うちのギルドは目を付けられとるのかもしれんな。わざわざ新人を潰しとったのも、他のギルドの思惑かもしくは面白く思っとらんどっかのバカの差金じゃろ」
「あぁ、あの噂か……」
パビリオギルドには冒険者の間である噂が流れている。
『新人冒険者の死亡率が極端に低いギルド』
ログナ達も先に世話になった先輩冒険者にその噂を聞き、行き先をパビリオに変えたくらいだ。ログナ達ですらそうしたのだから、同じように考える者も多いだろう。
「なぁおっさん。その噂って本当なのか?」
「ギルマスと呼べぃ! 本当じゃよ? 何せうちには秘密兵器がおるからの」
「「「秘密兵器!?」」」
含みのある笑みを浮かべたレオールが、それよりもとテーブルに並べた四枚のカードをアマンダに渡しながら口を開く。
「依頼達成の手続きとホーンラットの買い取り、一緒にやってやるがどうする?」
「え? 買い取ってくれんの?」
「ギルドでは素材の買い取りも行っております。こちらに卸して頂くのも良いですし、店を紹介する事も出来ます」
「うちで買い取る場合は五%の手数料が掛かるが……まぁお前らみたいな駆け出しの田舎もんがぼったくられる心配は無いじゃろな」
普段なら「んだとジジイ」といくところだが、未遂とは言え裏道に誘導され掛けた事実があるだけに、キースも強くは出られずにいた。隣で圧を掛けているクラインの存在も大きい。それに苦笑を零しながら、ログナは改めてアマンダへ視線を向けた。
「では今回はお願いします。今後の為にいくつか紹介して貰えると助かります」
「承知しました。では準備してまいります」
アマンダにホーンラット二匹と依頼の薬草を預けると、それらを持って部屋を出て行った。手続きは全て一階のカウンターで行う為、恐らくそちらへ向かったのだろう。ギルドは閉まっている時間だったが、特別に処理してくれるようだ。
扉が閉まる音を聞き、アマンダが退室したのを確認すると、ログナがレオールへと視線を戻す。
「あの、マスター。彼女、一体何者ですか?」
「あん?」
「アマンダさんの手。普通の女性のものとは思えない程、マメやタコがありました。……只者じゃないですよね?」
「確かにあの身のこなしは只者じゃなかったな」
思い出されるのは、金髪の男の剣戟を軽々と躱し、男の腹にめり込んだ拳と、美しい軌道を描きながら吹っ飛ばしたその蹴りだ。
ログナとクラインの指摘にレオールは再びニヤリと口元を歪めて見せる。何だか含みのある笑みに、ログナだけでなく他の二人も興味を掻き立てられた様子だ。
「アレは元冒険者で、お前らの先輩じゃな。もう引退して、今はギルドの正規職員じゃ」
「元冒険者!?」
「どうりで……」
「美人で強くて仕事も出来るなんて、益々良い女じゃん!!」
興奮気味に話しながらキースがログナの脇を小突いてくる。それを鬱陶しそうに払いのける。
「まぁ気持ちは分かるがアレは止めておけ。お前らの手に負える女じゃねぇよ。……俺んだしな」
勝ち誇るように此方へ寄越された笑みには、明らかな優越が含まれていた。
確かに彼がギルドマスターでアマンダが職員なら、「俺の」という表現はあながち間違いではない。しかし、三人にはその意味がそれをを指しているとはとても思えなかった。「俺の」は、まさにそのままの意味合いで使われている。
「おっさんこそ止めとけよ! 歳の差有り過ぎんだろ! どんだけ見栄張る気だぁ!!」
「馬鹿野郎!! 男と女に歳の差なんて関係ねぇんだよ! ひよっこはすっこんどれぃ!!」
キースとレオールの間で再びゴングが鳴り、ログナとクラインが呆れたように息を吐き出したその時、本当に見ていたかのようなタイミングでノックが響き、部屋の扉が開いた。
今にも掴みかかりそうな勢いだった二人が、全く同じタイミングで着席する。
姿勢良くやってきたアマンダの手には、真っ黒なカルトンが乗った銀のトレイがある。気になったので確認したが、トレイに凹みはなかった。
アマンダはレオールの前にカルトンを置き、一枚の紙を手渡した。レオールがそれを確認すると、続いてアマンダから布袋を受け取る。
「まず依頼達成報酬。薬草の買取分も含めて銀貨八枚じゃな。次にホーンラット討伐分。今回は二匹で銀貨一枚と銅大貨五枚じゃな」
カルトンの上に銀貨が九枚積み上がる。後少しで銀大貨一枚分に相当する。村で稼ごうと思うと、今までの三人には一年掛かった金額だ。
「そして最後に特別報酬分だ。懸賞金からギルドの手数料分を差し引いて……」
カルトンの上の銀貨の横に、金色に輝く硬貨が一枚乗せられる。初めて見るその輝きに、三人は思わず生唾を飲み込んだ。
「金貨一枚じゃな。初めてにしては上出来じゃないか」
そう言って豪快に笑うレオールから差し出されたカルトンを見つめた。
冒険者になって初めて自分たちで稼いだお金だ。輝きも量も大満足だ。嬉しくない筈がない。
金貨を順番に触りながら、興奮でテンションが爆上がりする三人を、レオールがしたり顔で見つめている。
後で均等に分ける事にして、ログナが小袋にしまい、空間魔法付きのバッグへと入れた。
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