5—2

 依頼の魔物をどう捕獲するかを話し合いながら、四人は依頼主のいる村へとやって来た。とりあえず先に被害のあった現場を確認し、張る罠をどうするか決めようとなったのだ。

 相手は警戒心の強い大型だ。闇雲に探し回っても捕まらないし、下手に遭遇すれば危険を伴う。多少狩りの経験はあるものの、その経験にきちんと技術が伴わなければ低ランクの依頼とはいえ達成は難しいだろう。

 依頼主に話を聞き、被害のあった村の外れの畑を教えてもらい、早速そちらへ向かった。畑は広く、周りは柵で囲われている。収穫間近の作物は、重そうな実にその茎をしならせている。森に隣接した側に被害が出ており、木の柵は壊されたのか、一部が強固に補強されていた。


「そこから来てるな」

「まだ新しいね」


 畑の脇、森へと隣接する茂みに、何か生き物が通ったらしき跡を見つけた。俗に言う獣道だ。パッと見ただけでは分かり難いが、草が倒れ僅かに足跡も残っている。地面がまだ踏み固まっていないところを見るに、割と最近出来たもののように思われる。


「そこの木の陰と、もう少し行った先に罠を仕掛けてみようか」


 村でも使っていた罠を仕掛けるべく準備をしていたその時だ。

 森の奥の方からけたたましい咆哮が聞こえ、四人が反射的に身構え茂みに身を隠した。その声から、恐らく討伐対象のシュヴァ・ルーと思われる。が、鳴き声が只事ではない。

 アマンダが森の奥を注視しながら腰のポーチから弓矢を引き出した。手のひら大程のポーチは、恐らくログナの持つポーチと同じ、空間魔法の備わったものだ。

 背中に矢を背負い迎撃体制をとった事からも、ログナたちは異常事態を察知した。

 冷ややかに凪いだ青にギラっと鋭い光が灯る。それを見逃さなかった三人は、アマンダの気配が研ぎ澄まされたのをビリビリと感じ、自身の体がみるみる昂っていく感覚に興奮を覚える。恐怖にも似た震えに全身が粟立ち、今すぐにでも飛び出したい衝動に抗う。

 お互いの目を見て頷き合うと、言葉を発する事なく声の方へと慎重に向かったのだった。


 森の奥へ進むと、鳴き声が一際大きくなり、シュヴァ・ルーがまるで暴れているような、そんな物音も聞こえてくる。そして近づくにつれ、獲物が何かと格闘しているような音と、別種の鳴き声が響いて来た。周りを警戒しながら、それらの姿が確認出来る位置まで移動する。

 そこで四人が見たのは、立派な角を持つ雄のシュヴァ・ルーが、複数のゴブリンに囲まれて傷を負わされている光景だった。


『ゴブリンだ』

『どういう事だ? ゴブリンが集団でシュヴァ・ルーを襲ってるぞ』

『あいつらにそんな知能あったのか?』


 普通のゴブリンならば、ホーンラット同様下級の魔物に分類される。単体であれば戦闘経験の乏しい村人でも討伐出来るレベルである。

 厄介なのは、危険度はそれほど高くないが、放っておくとどんどん増える事だ。繁殖能力が高いのだ。よってそうなる前に討伐、がセオリーだ。

 一般的には知能は低く、こんな風に集団で狩りをする等とは聞いた事がない。ましてや相手は草食とはいえ大型で、はぐれ個体の為気性が荒い。そんな魔物を相手にするとはとても信じ難かった。


『見てください。上位種が混じっています。恐らく原因はそこにあるかと』


 アマンダが指し示す先には、シュヴァ・ルーを囲むゴブリンよりもひと回り体の大きな個体がいた。それも三匹だ。一匹が盾でシュヴァ・ルーの角の攻撃をいなし、残りの二匹がロープを持ち隙を伺っている。周りを囲むゴブリンたちも一様に武器を手にしており、それで出来たであろう傷がシュヴァ・ルーの体をところどころ赤く染めていた。


『あれもゴブリン?』

『ホブゴブリンです。……ただ、あれに下位とはいえゴブリン達を統率出来るとは思えませんが』


 そのうちゴブリンの集団がシュヴァ・ルーを仕留め、ロープで縛るとその巨体を引きずって移動し始めた。その場で捕食しないのもやはりおかしい。

 明らかに異常事態だ。獲物を奪われてしまった以上、依頼の達成は難しいように思われる。そう判断したアマンダは後方にいた三人を振り返った。


『これ以上の依頼の継続は難しいと判断します』


 三人もそれは承知していたようだ。仕方ないとばかりに肩を竦めて見せる。


『だろうね』

『だから早く追いかけようぜ』

『え?』

『調査はしないとだろう?』


 確かにギルドとしては調査しなければならない案件だ。近くに人里もあることだし、危険があるならば早急に対処しなければならない。


『ですが——』

『アマンダからおっさんに特別報酬出すよう言っといてよ』

『依頼ではないが経験値は入るだろうし、全く無駄って事はないだろう』

『オレ達はアマンダの指示に従う。危険な事はしない。だから同行させて』


 全く引く気の無い三人をじっと見つめる。クラインはいつも通りだが、約一名はうずうずして仕方がないのを隠す気もなさそうだ。ログナも冷静は装っているものの、ワクワクが全身から滲み出てしまっている。やっとなりたくて堪らなかった冒険者になって、初めての討伐依頼で気合を入れて来たのに、このまま帰れはギルドとしても忍びない。第一自分が現役だったなら、ここで引く選択などあり得なかった。


『分かりました。あくまで調査。可能なら討伐。危険と判断した場合はすぐに撤退します。良いですね?』


 三人の了承を得ると、四人はそのままゴブリン達の追跡を再開した。




 しばらく森を進むと、開けた場所に辿りついた。岩が剥き出しの岩壁につき当たり、そこにぽっかりと洞窟が開いている。

 真っ直ぐそこへ向かった事からも、そこがゴブリン達の根城になっているようだ。洞窟の入り口には見張りらしきゴブリンが数匹立っている。狩り組はそのまま中へ入って行き、見張りはその場へ留まった。動きや役割が完全に統率されている。


『中に恐らく上位種がいます。完全に統率されている事からも、一つのコロニーと判断します』

『あんなにお行儀の良いゴブリンなんて初めてだぜ』

『頭がいるとこんなにも違うもんなんだな』


 キースとクラインが感心したように唸った。基本的には本能に忠実な魔物である。目の前を食い物が横切ったのに奪い合いが起こらないなんて、とても信じられなかった。


『で? どうする?』


 キースが好戦的な瞳をぎらつかせながら後方に下がっているログナとアマンダを振り返る。


『どう思いますか?』


 アマンダのサファイアブルーがログナの瞳を覗き込む。光の具合で生まれる青の濃淡がまるで天然石のようで、キラキラと光を反射するような輝きはないものの、アマンダの独特の雰囲気と相まって目を離せなくなる衝動に駆られる。不思議な魅力に当てられながら、何が最善かに頭を巡らせた。


『本当ならすぐにでもギルドに報告した方がいいんだろうけど、見て』


 ログナが示す先にいるのは見張り役のゴブリンだ。その手に握られた武器が鍬や鎌などの農具だった事には全員気付いている。因みにシュヴァ・ルーを襲っていたゴブリンの内、何匹か手にしていたのは鉈などの農具だった。


『すでに近くの村に影響が出ている以上、被害が拡大する前になんとかするべきだと思う。これで炙り出すっていうのは?』


 ログナが手にしていたのは、ここへの道中で見つけたハーブの一種だ。薬にもなるそれは、生のまま燻せば強烈な匂いと刺激で目や鼻に影響を及ぼす。

 それを見たアマンダがフッと口元を緩めた。


『いいでしょう。それでいきます。……作戦は——』




 四人がそれぞれ指定の場所についたところで作戦が決行された。

 高い位置に移動したアマンダとログナが、洞窟前にいる見張りを矢で射抜く。異変に気付いて出てきた別のゴブリンを側の岩に身を隠していたキースが仕留め、一緒にいたクラインがパンパンになった布袋に火をつけて洞窟内へ投げ込んだ。中には先程ログナが持っていたハーブを目一杯詰め込んである。布袋には中身が燃えやすいよう油がたっぷり染み込ませてあり、真っ暗な洞窟内を赤い火が照らすと瞬く間に白い煙が充満していった。

 やがて洞窟内が騒がしくなり、中からゴブリン共が飛び出して来た。それらを地上でキースとクラインが掃討し、高所からログナとアマンダが撃ち抜いて行った。


「しっかり連携が取れている。貴方たちは良いチームですね」

「二人は友人であると同時に恩人でもあるんです。オレの、大切な仲間です……」


 居場所の無かった自分を救ってくれて、支えになってくれた。家を出る決断をした時も、「一緒に冒険者やろう」と言ってくれた。自分に生き甲斐と夢を与えてくれた二人の存在は、もうなくてはならないかけがえのないものだ。

 一緒に這い上がると誓った。

 共に高みを目指すと約束したのだ。

 どんな些細な事でも大変な事でも、必ず三人で乗り越える。

 瞳に強い光を宿し固い決意に拳を握る青年の姿に、アマンダが懐かしむように目を細める。

 在りし日のの面影が、そんなログナと重なった。




「キース下がれ!! 何か来るぞ!!」


 目眩しのハーブのおかげで、さほど苦戦する事なくゴブリンを掃討していた二人の元に、ドスンドスンと重たい足音が洞窟の奥から響いてくる。

 今までと違う異様な気配をクラインが察知し、キースと共に入り口から距離を取った。

 現れたのは上半身を鎧で覆い頭に兜を乗せた、通常の三倍はあろうかという大きさのゴブリンだった。

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