3—3

「田舎もんのクセに空間魔法のポーチなんか持ってんの?」

「生意気だな」


 金髪で左耳に三個のピアスをつけている男がガラの悪さを更に悪くして口元を歪めている。ログナに耳打ちしてきた奴だ。

 その彼に同意するように口を開いたのは髪の青い男だ。他にフードを被り前髪で目元を隠している男と、口にピアスをしている男が、ニヤニヤといやらしく笑みを深めている。


「何の用? また嘘でも教えに来たワケ?」

「キース。よせ」


 彼らを睨みつけログナの横から前に出ようとするキースをクラインが止める。良くも悪くも、彼はいつもいつでもこのパーティの特攻隊長だ。そしてそんな彼を上手にいなすのが、年長者のクラインだった。

 新人の反抗的な態度にハッと嗤い、金髪の男が数歩ログナに近付いた。


「さっきは折角先輩からわざわざ挨拶してやろうと思って道教えたのに、どうして帰っちゃったワケ?」


 やはり近道などでは無かった。しかも単なる嫌がらせかと思ったら、自分たちへと導く罠だったのだ。もしあのまま進んでいたらと思うと、クラインの背中に冷たい汗が流れた。


「ログナの勘、やっぱり当たってたな……」


 ポツリと呟くキースに、ぞくりと震えた腕をひと撫でしながらクラインが微かに頷いた。


「それで。何の用ですか?」


 それをおくびにも出さずにログナが目の前の男を見据える。この辺りは流石元貴族の端くれなだけあって上手く隠す。

 顔色も変えないログナの態度に、少しばかり不快感を示した金髪の男はぎろりと見下すように睨みつけた。そして右手をだらりとログナに向かって差し出すと、手のひらを上に向けてクイっと手首を動かして見せる。


「採集した薬草とそのネズミ、あぁ……あとついでにギルドカードも置いてけよ」


「は?」

「なんで……」


 ホーンラットを討伐したのは分かったとしても、三人がギルドに居た時に居なかった筈の彼らが、どうして薬草採集の依頼を受けた事を知っているのか。

 ログナは門を出た時から感じた視線がやはり気のせいでは無かったのだと理解した。彼らは何処からか見ていたのだ。


「(何処から見ていた? 周りに気配なんて感じなかったのに)」


「何故渡さなければならないのですか?」

「俺らが代わりに完了の手続きしておいてやるって言ってんだ。さっさと出せよ」


 青い髪の男が吠え、それを目の前の金髪の男から目を離さないまま聞いた。

 要は成果を引き渡せと。冒険者が冒険もせずに報酬を得ようと言う事らしい。


「今言った行為は全て、ギルドの規定に反していると思いますけど」

「田舎もんは知らねぇかぁ。くくっ、……バレなきゃいんだよ」


 嗜虐的な笑みに口元を歪めながら金髪の男が再びクイっと手首を動かす。


「お断りします」

「いいや。お前はお断り出来ねぇよ」


 男の台詞とキースとクラインが得物に手を掛けたのが同時だった。

 しかしどういう訳か、その状態で二人の体が動かなくなってしまったのだ。


「なっ……」

「動かね……」


 後ろから嫌な気配を感じたログナが二人を振り返る。その足元には、二人を中心とした狭い範囲に魔法陣が発現していた。それは禍々しく発光し、キースとクラインの体を拘束していた。

 前に向き直ったログナは、フードを被った男の手にいつの間にか短い杖が握られているのに気がついた。杖を持つその手首には、魔法陣と同じ色に発光する石がぶら下がっている。同じように嫌な気配がしている。


「まさか、魔術士か!?」

「残念。気付くのが遅かったなぁ。……仲間は助けてくれないぜ? さぁ、全部で三十七本、出して貰おうか」

「……」

「あとお前らには勿体無いそのポーチ。それも渡しな」


 採った薬草の本数まで知られており、目の前には魔術士。人の気配が無いのに感じた気味の悪い視線。ここでようやく合点がいった。


「そうか……魔法で見てたんだな」


 ログナが呟くとフードの男が「へぇ」と声を上げた。視線に気がついていたログナを意外に思ったような仕草だ。


「驚いた。あれに勘づいたんだ」


 さらりと前髪を揺らすも、男の瞳は見えそうで見えない。

 勘づいたから何なのか。気付けなかったから今こんな状態なのだ。防げないのなら勘づいたところで何の意味もない。


「(どうする……二人は動けない。相手は格上な上に四人。……せめて魔術士をどうにか出来れば)」


 表情を変えないまま必死に頭を巡らせる。金髪の男が三度手首を動かした。その時だ。


 ———……


 聞き覚えのあるその音に、ログナはピクリと眉を動かした。幸い目の前の男達には気付かれていないようだ。内心安堵しながら、ログナは今までの無表情を止め、口元をふっと歪めて男を見据えた。


「あんたらさぁ、冒険者の癖にこんなつまんない事してんの?」

「あぁ?」


 金髪の男の顔つきが変わる。今の今まで無表情でこちらを見据えていたガキとガラリと態度が変わり、金髪の男は苛立ちを露わにログナを睨みつけた。


「(ログナ?)」

「(何だ? あいつらしくない)」


 急に態度と口調を変えたログナに違和感を覚えるも、この状況で彼が考えもなくこのような行動に出るとは思えず、二人は口を閉ざしたまま後ろ姿を見守る。


「あぁ……もしかして、最近悪さしてるって言う新人潰しって、あんたらの事?」


 仰々しく芝居がかった物言いに、幼馴染二人は酷く違和感を感じ、四人の略奪者はいきり立つ。

 面白いくらい反応してくるガラの悪い先輩を鼻で笑い、ログナは留めとばかりに上目遣いで言い放った。


「弱者しか相手に出来ないような玉無しは引っ込んでろよ」


 刹那、バキッと言う破壊音と共にログナの体が吹っ飛んだ。


「「ログナ!!」」


 大股で三・四歩離れた位置に頭部から落ちたログナは、呻き声を上げながら地面に手をつきなんとか上半身を持ち上げる。頬にもらったせいで口の中は切れ、血の味がして気持ち悪い唾をぺっと吐き出す。頭も揺れたのか視界が僅かにぐわんぐわんしている。

 そこは腐っても冒険者だ。威力とスピードは一般人のそれとは違っている。が、やはりと言っていいのか、ログナでもこのダメージで済んでいるところを見るとそう言う事なのだろう。


「良い気になるなよクソガキが! 俺たちはCランクだぞ! 格もレベルもお前ら田舎もんとは違うんだよ!!」

「ふざけんな! そんなもん、どうせ偽物だろう」

「……何だと?」


 既に赤く腫れ上がりつつある頬を抑え、地面に尻をついたままログナが声を荒げた。口の中が切れているせいで、喋ると傷と歯が擦れて痛い。それでもログナは激しい憤りをぶつけずにはいられない。


「本物はこんなところでガキなんか相手にしねぇよ」


 本物のCランクを知っているログナ達は、彼らがどう言う人種か知っている。

 何よりも冒険。

 依頼もこなすが、まず冒険。

 ワクワクやスリル、恐怖に強敵。そして金銀財宝のお宝だ。

 抑え切れない好奇心を抑える事なく、己の身一つで迷宮ダンジョンへと潜り、疲れただの最悪だの文句を垂れながらも、入った時よりも瞳を輝かせて出てくるのだ。

 そんな彼等が、自分達が一瞬で憧れ強く惹かれた冒険者という職業が、こんなクズ野郎共に冒涜されて許せる筈がない。

 目の前のこんなヤツらが、彼等と同じCだなんて認められる訳がなかった。


「新人潰してる暇があんならな、迷宮行けよ!! 挑む相手が違うだろうが!! そんな勇気も度胸もねぇなら、冒険者なんかさっさと辞めちまえ!!」

「テメェ…——」


 金髪の男が腰の剣を抜きながらログナに迫った。生意気にも強い光を宿し、恐れなど一切抱いていないかのように男を睨みつけてくるログナに向かって剣を振り上げる。


「イキがんなよ? クソが! 死んで後悔しろよ」


 ログナは何も変わらないままただ男を睨み見上げている。

 目前に死が迫っているにも関わらず、微塵も恐怖する事なく表情も態度も変えない田舎もんのガキに、金髪の男は気味の悪さと這い上がってくる悪寒の様な何かを感じた。そこは確かに冒険者の勘が働いた筈だった。

 しかし自分達よりもずっと格下の新人のガキに侮辱された怒りがそれを上回った。それらを断ち切らんと振り上げた剣を、ログナの脳天に向かって振り下ろす。

 まさにその瞬間———


 パァン


 破裂音と共に、魔術士の腕の魔石が砕け散った。

「は?」という声を発した時には、フードの男は地面に沈んでいる。何が起こったか分からないまま、一瞬で意識を持って行かれた。

 ログナの異変で警戒を解かないままだったキースとクラインは、自分達の拘束が解けたその瞬間に獲物を抜いていた。

 双剣の一つを煌めかせたキースが、素早さを活かして青い髪の男の懐に入ると、武器の柄を鳩尾にめり込ませる。担いでいたホーンラットが地面に落ちた時、青い髪の男もまた地面に膝をついていた。

 背負っていた槍を引き抜き、その力をそのままに長いリーチを利用して、クラインが口ピアスの男へと武器を振り下ろす。武器の自重と振り下ろす力、そこにクラインの筋力が合わさり、口ピアスの男の肩目掛けて振り下ろされたそれは、まごう事なき凶器となって男の鎖骨を砕いた。


「な……に……?」


 金髪の男が振り返った時には仲間の三人が地面に転がっていた。

 地面に沈んだ魔術士の上には、何故か巨大な白猫がお座りをしている。何が起こったのか全く分からないまま二人と一匹に睨まれ、形勢が逆転した事を悟った男は、振り上げた腕を力無くだらんと下げた。


「Cランク冒険者『暁月』のリーダー、ザカート。並びにそのパーティ三名。重大なギルド規定違反と殺人未遂により、ギルドカードを剥奪します」


 凛とした声が響く。一切の感情を載せない声に、ログナは地面に座ったままその声の主を見た。

 白猫の奥からこちらに姿勢正しく歩いてくるその女性は、ログナ達を受付で迎えてくれた職員のアマンダだった。


「え、アマンダ!?」

「どうしてここに……」


 白猫の隣に立つと、アマンダがその背を撫でる。白猫は甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らし、頭を彼女へ擦り付けている。


「ありがとうミーコ。ギルドマスターへ伝えてくれる?」


 ただの猫ではないようで、アマンダの言葉を理解したとばかりに立ち上がると街へ向かって駆けて行った。

 それをわなわなと震えながら見ていた金髪の男が、アマンダに向かって吠えた。


「カード、剥奪だと……? ふざっけるなよ!? 受付の分際で! テメェに何の権限があんだよ!」


 持っていた剣の柄をギシギシと握り締め、怒りのままにアマンダへと振り上げた。空を切り裂く甲高い音と共に何度も繰り出された剣戟は、しかし彼女に掠りもしない。それどころか、一瞬の隙をついて繰り出したアマンダの小さな拳が男の腹部にめり込み、動きが止まったところに、更に回転を加えた蹴りの留めによって大の男が吹っ飛んだ。

 ログナが殴り飛ばされるよりも更に飛んだ男の軌道を、ログナ達三人が首を揃えて動きで追う。


「今の私はギルマスから権限を与えられた特務遂行係です。よってあなた方の冒険者資格を剥奪出来る権限があります」

「あー……多分もう気絶してるから聞こえてないわー……」


 キースの引き攣った笑顔に視線だけで応え、アマンダは座ったままのログナの元へ向かった。

 腰を屈めて手を差し出してくる。


「大丈夫ですか?」

「え、あ……はい」


 差し出された手を握ったログナは、ハッとしてアマンダの宝石の様な青い瞳を見つめた。

 握ったその手がとても普通の受付嬢のものとは思えなかったのだ。


「貴女、は……いったい……」


 立ちあがろうと踏ん張った足には力が入らなかった。僅かに緩んだ青眼が徐々に暗くなっていく。


「「ログナ!!」」


 キースとクラインの声が遠くなっていくのを聞きながら、ログナの意識がフッと途切れた。

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