3—2
森の中に鳥の声にも似た甲高い音が三回響く。昔から三人の間で使われている合図の音だ。
その音を頼りに先へ向かえば、大きく盛り上がった小山が半分に切り取られたような、断層が露出する土壁へと辿り着いた。
「キース!! 上だ!」
キースが顔を上げれば上からログナとクラインが顔を覗かせている。
二人に合流すると、目の前の景色に目を丸くしたキースが思わずピュイっと口を鳴らした。
「いい場所見つけたなぁ」
そこはイシコの樹の密集地で、目当ての薬草の群生地となっていた。
陽当たりの良い樹の根元からは葉を青々と茂らせた真っ白な花が、そこから樹の裏側へ視線を移せば日陰の部分に真っ黒な花が生えている。茎はほぼ無く、地中の樹の根から根を生やした先に花が開き、その周りを葉が覆うような構造だ。それを根ごと引き抜いていく。
順調に二種類の薬草を集めながらきょろきょろと視線を走らせるも、
「一緒に依頼が出てたくらいだから、近くに生えるか仲間の薬草だと思ったんだがな」
粗方採り終え、依頼にあった通り陽だまり草と日陰草を十本ずつの束にして纏めていく。その纏める作業をしながらクラインが呟くのを、ログナが頷きながら聞いている。
「この辺で手分けしてみよーか?」
「日に焼け草って言うくらいだから、日に焼けそうなところにあると思ったんだけどなぁ」
樹周辺の雑草の中や土壁の表面など、辺りを隈なく探してみるも、図鑑で見た花は一向に見当たらなかった。
「他に日当りの良い場所って言ったら……」
不意に木の葉が揺れて差し込んだ日光に手を翳しながら、ログナが上を見上げた。
日に焼けそうな場所……日差しが遮られる事の無い場所……
「もしかして……」
そう呟いたログナが、いきなり近くのイシコの樹を登りだす。
「おい」
「ログナ?」
下から掛かる声に「確かめてみる」と答え、枝が細くて登れないところまで登りきる。
木の葉が邪魔をして確認するのに苦労したが、少しずつ移動し場所を変えると、葉と葉の間から樹のてっぺん付近に咲く一つの黄色い大きな花を目にした。それは既に開ききり、花びらが萎れて先端が枯れたように茶色く色付いてしまっている。
「あ、あった!! でも萎れかかってる」
「ログナ! 少し萎れて枯れかかってる方が薬効が高いとある!」
下から聞こえるクラインの声に、ログナは再び花を見上げた。
「え、ホント? ならイケるかも!! でも届かない……」
「オレの槍ならどうだ?」
「うーん、ギリだな……あ、待って!」
何かを思い出したように腰のポーチに手を入れたログナは、次の瞬間右手に弓を持っている。ログナが何をしようとしているかが分かったキースが慌てて声を張り上げた。
「バカ! そんなとこで両手離したら…——」
キースの心配を他所に、ログナが幹を抱くようにその場へ腰を降ろした。細い枝はログナの体重を支えるギリギリの太さだと言える。どうするつもりかと二人が見守る中、ログナは幹を両足で抱え込むように挟むと、腹筋と体幹を使って細い枝に寝転んだ。
「おいおい、マジかよ!」
「アイツ、やるな」
左手に弓を持ちかえ、右手でポーチから矢を引き抜く。寝転んだ体勢から樹のてっぺんで咲いている黄色い花に向かって矢を引き絞った。揺れる木の葉の合間、花を幹に絡みつかせている蔦を狙う。
二人が固唾を飲んで見守る中、ログナの弓から放たれた矢が、甲高い音と共に空気を切り裂いた。
「日に焼けそうどころか焼けちまってんじゃねぇかよ」
地面に落ちてくる大きな花を拾い集めながら、キースが花に向かって突っ込んだ。そんなキースに突っ込んでくれるクラインは今樹の上におり、少しの寂しさを覚えながら依頼の数である五個目の花を袋へと入れる。
大の大人の男が目一杯手のひらを広げたくらいの大きさがある黄色い花は、既に花びらが萎れかかり先端が茶色く枯れたように変色している。花の中心に濃いオレンジ色の雌蕊が、その回りに雄蕊が密集し、紫の毒々しい色をした花粉が落ちた衝撃で花びらの内側にびっしりとこびり付いている。もはやホラーだ。
気持ち悪りぃし枯れかかってるし色々と変な草だな、などと独りごちながら、矢の風切り音を聞いてそちらを見上げる。
木登りが一番得意なのは三人の中で一番身軽なキースだが、得物が獲物に届かない以上今回は回収役に回っている。
弓を使えるログナと得物のリーチが長いクラインが樹に登り、花を落とす役目を担っていた。
この辺りの樹を一通り確認した結果、全部で陽だまり草が二十七本、日陰草が二十三本、日に焼け草が七本という上々の成果だった。
依頼分は一組のみの納品となるが、素材として買い取って貰える事を鑑みれば、短時間でこの成果は良かった方だろう。登録初日に初依頼達成ともあって、三人の表情は晴れやかだ。
採集した薬草を受け取ったログナが、腰のポーチへとそれらを収納する。新人冒険者が持つには不相応なこのポーチは、冒険者の中でも持っている者が少ないであろう空間魔法付きだった。扱っている店自体が多くなく、購入しようと思えば間違いなく金貨が飛んでいく代物だ。
このポーチにしまっておけば時間が経過しても薬草が劣化する事はなく、また覚えてさえいれば際限なくものが収納出来てしまう為、一度この便利さを知ってしまっては、もう元には戻れない。
キースもクラインもポーチを持っているが、空間魔法がついているのはログナのポーチだけだ。よって依頼品や大きな荷物はログナが預かる事になっている。
ポーチの口を閉じ目元を緩めてそれをひと撫でするログナに、クラインが口を開いた。
「あれからもう五年になるんだな」
大分くたびれたポーチは何度も修繕しながら大事に使っている。三人には大変思い入れのあるもので、大切な宝物だった。
「あの冒険者のおっさん達、元気にしてっかな?」
「そうだなぁ……いつか会えるといいな」
このポーチの元の持ち主。三人が冒険者を目指すきっかけになった彼らは、やはり大人のくせに自分達以上に瞳を輝かせた少年のようなおっさん達だった。
「よし。帰るか!」
クラインの掛け声にキースとログナが同意する。
「今夜は祝杯だな!」
「あまり散財は出来ないが、美味いもん食おう」
「よっしゃあ!!」
そうしてテンションの爆上がりしたキースが「オレだって活躍したかった」と、ちょろちょろしていたホーンラットを二匹仕留め、晩飯が少し豪華になるとホクホク顔で背に担ぐ。
大分傾いた太陽を背に、パビリオの外壁が見えるところまでやってきた三人が平原へ出ようかというところ。
まるで三人を待っていたかのようにそこに立っていたのは、昼間ギルドへ向かうログナ達に嘘の近道を教えた四人組だった。
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