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 無事に登録を終え、晴れて冒険者となったログナ達パーティは、早速初の依頼を達成する為パビリオの外へとやって来た。

 初めてパビリオを訪れた時は北門から入ったが、今回目指す森があるのは逆方向の南門の先だ。

 苦労して手に入れた念願のギルドカードを門番の兵士に見せ、『通ってよし』の声に感慨深い思いを噛み締めながら、意気揚々と門外へ出た。


 北門から通じる街道は王都であるオリテナへ続く道だったせいか、あらかた整備され道幅も広かった。カタール村へ続く細道が合流した先でも行商人や旅人、それこそ冒険者をターゲットにした宿や休憩小屋をいくつか見かけた筈だ。

 今向かっている森へ続く街道は、両隣にだだっ広い平原が広がるだけで、言ってしまえば何もない。平原を二分する街道をそのまま進むと目的地の森へ辿り着くといった具合だった。


「陽だまり草と日陰草と……なんだっけ?」


 腰のポーチへギルドカードをしまいながら、キースがクラインへ尋ねた。歩きながらクラインが依頼用紙の三枚目へ視線を落とす。


「日に焼け草。……初めて聞くな」

「日に焼けちゃいそー、だなんて……ふざけた名前の薬草もあったもんだよなぁ」

「キースに言われちゃおしまいだな」

「なんでだよっ!!」


 いつものように戯れ合う二人を可笑しそうに眺めながら、ログナはぐるりと周りを見渡した。なんだか門を出てからずっと、見られているような視線を感じて気持ちが悪い。さっきから周囲を警戒しているが、見たところ周りに人影は確認出来なかった。


 気のせい……か?


「どうした?」

「腹でも減ったか?」


 不思議そうにこちらを見てくる二人に「なんでもない」と返し、森に入る手前で一度立ち止まった。

 依頼を受けた際にギルドで購入した地図を確認する。同じくギルドで貸して貰った植物図鑑で目的の薬草を調べ、それらの生えそうな場所に当たりをつけて来たのだ。

 今現在の太陽の位置からみて、絞った三箇所のうちの西南を目的地に決めると、三人は街道を外れて森へと入った。


 陽だまり草と日陰草は知っている。村でも何度か採集に行った事があった為だ。陽だまり草は白い花を、日陰草は黒い花をつける薬草で、葉や花だけでなく根にも薬効がある優れ物だ。

 村の近くに群生地があり、決まった樹の根元の日向と日陰に咲いていた。厄介なのは陽が出ているうちでないと採集出来ない事だ。

 陽が落ちると途端に萎んでしまうし、昼間でも雲がかかっていると萎れてしまう。そうなるとたちまち価値が下がってしまうのだ。

 採集のしやすさでいうと確かに初級だが、取り扱いには気を使わなければならない。


「それにしても、小遣い稼ぎで採ってた花がまさか寄生植物だったとは、びっくりだなー」

「決まった樹にしか生えていなかったのは、そういう事だったんだね」

「花にも好き嫌いがあるんだな」


 ギルドで見た植物図鑑には、他の植物に寄生して養分を得ている寄生植物とあった。そのような植物など世の中には五万とあるだろうが、『寄生』と聞いて良い印象を持てない三人には衝撃的な事実だった。特に身近な薬草だっただけに、その衝撃もひとしおだったのだ。

 だからといって採らない訳ではないのだが。


「問題は日に焼け草だな。図鑑には載ってたけど、実際に見たこと無いから何処を探せばいいかも分からん」


 図鑑には陽だまり草と日陰草と同じ寄生植物で、それらが繁殖する場所で見つかる事が多いとあった。似たような種類の植物なのかもしれない。希少性の高いものらしく、まだ詳しい事が知られていないのか、『最も陽当たりの良い場所にのみ花を咲かせる』という、一種の暗号じみた説明書きしか記載がなかった。図鑑のくせに。

 依頼に期限が無く、最悪日に焼け草が見つからなかったとしても、陽だまり草と日陰草は素材として買い取って貰える為、最初の依頼はこれにしようとなったのだ。

 最初の依頼は討伐だ!! と張り切っていたキースも、クラインに懐具合がいかに厳しいかを淡々と諭されれば、それ以上の我儘は言えなかった。

 手堅く確実に。現実は厳しく世知辛い。


「まっ、取り敢えず行ってみよーぜ」


 基本的になんとかなるだろう主義のキースが先頭を歩き、時々地図を確認しながら目的の場所を目指して進んだ。


 森の中を歩いていると、ホーンラットがチラチラと見え隠れしているのが目についた。

 基本的に臆病な性格の魔獣が、人間の近くをうろうろしている事にも驚いたが、更に驚愕だったのはその大きさだ。

 村で狩りをしていた時に見たのはせいぜいりんご二つ分程の体長だったが、今見たヤツは一抱え程もある。デカいし肥えている。人慣れしている事からも、常習的に村や人里で悪さを働く個体なのかもしれない。


「素材が売れれば儲けもんだし、少し狩ってくか?」


 そう言って交戦的な笑みを浮かべるキースに、そういえばとクラインが呟いた。


「ギルドで素材の店聞くの忘れてたな」

「そんなの素材持ってって聞けばいいだろ」

「帰りに時間があれば、ね。今は薬草が先。急がないと今日中に採れなくなるだろ」


 陽が高くなって時間も経っている。陽だまり草はその名の通り陽が出ている間でなければ採集が出来ない。

 依頼自体に期限は無かったとは言え、初依頼はやはりパッと格好良くこなしたい。採集だけれども。

 と言う訳で、残念そうなキースを諭し、三人は森を更に奥へと進んだのだった。



「イシコの実か、カクレスジリスの痕跡を探そう」


 目的地周辺で三手に分かれる。

 村周辺で採集した時は、『イシコ』という樹の根元に群生していた。カクレスジリスはそのイシコの実が好物だ。

『カクレ』と言うだけあって、このリスは擬態を得意としている。普通に探してもまず見つからないが、自分の縄張りには種がいくつも転がっていたり、樹の皮に毛が残っていたり、枝に幾つも噛み傷があったりと、何かしらの痕跡が残っている事が多い。

 村での経験をフル活用して、三人はそれぞれ散らばって探す事にした。合図はいつものように口笛で知らせる事にした。



 ログナは一際大きな樹の側で周りをぐるりと見渡した。

 森に入ってからは、あの変な視線を感じてはいない。やはり気のせいだったかと、安堵しながら目の前の樹を登った。

 太い枝に立ち幹に手を添えてバランスを取ると、再びぐるりと周りを見渡す。青々と茂る木の葉に遮られた視界は決して良好とは言えなかったが、高い場所から見たおかげで少し行った先に断層があり、小高い丘のようになっている場所を見つけた。


「あの辺良さそうだな」


 日向が沢山ありそうだと当たりをつけ、ログナは身軽に樹を降りると、早速その場所へ向かって駆け出した。

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