2—3
早速依頼ボードを物色し始めたキースとクラインが、良さそうな用紙に目星をつけていく。
「ホーンラットの討伐あるぜ」
「こっちは採集依頼だな。三枚セットになってるし、報酬も……良いんじゃないか?」
「どれどれ?」
キースが目を付けたのは下級の魔物であるホーンラットの討伐だった。額部分に大きな角が生えた大型のネズミのような魔物である。
雑食で主に虫や木の実を好むが、死んだ動物の死骸なども食べる為、森の掃除屋とも呼ばれている。割と温厚な性格だが、依頼が出ているということは、どこかの村で作物がやられたか、畑に被害が出たかしたのだろう。
三人も何度か狩りの手伝いで討伐に加わった事がある。角や毛皮が素材として売れた筈だ。
それを五匹以上討伐すれば達成とある。報酬は五匹ごとで銀貨三枚。ランクは『F』だ。
クラインが見つけたのは、三種類の薬草の採集依頼だった。
『陽だまり草』『日陰草』『日に焼け草』の三種だ。陽だまり草と日陰草は村の仕事で採集経験があったが、『日に焼け草』は初めて聞く薬草だ。達成条件は、陽だまり草と日陰草は各十本、日に焼け草は五本で一纏めの納品とある。報酬は一セット銀貨五枚、ランクは『E』だった。
「てか、報酬自体高くね? これなら銀大貨一枚なんて楽勝なんじゃん?」
「大きな街にはそれだけ需要があるって事なんだろうね」
村で仕事を請け負っていた時は、ここまでの報酬は無かった。薬草なんてせいぜい五本で銅貨一枚程度だったし、ホーンラットは素材込みで一匹銅貨五枚程だった。その時々で値段は上下したが、大体こんな相場だった。
「どうする? 報酬だけなら薬草の方が高いが、素材は自由にしていいとなるとホーンラットも良いと思うが」
「どっちも受けちゃえば?」
「そうだなぁ……どっちも魅力的だけど、どっちもは」
「今から行くならホーンラットは止めておけ。そいつの期限は今日中じゃからな。ギルドの終わる時間までに手続き出来なきゃ未達成扱いで罰金だぞ」
悩むログナ達の後ろから声を掛けて来たのは、上背のある翁だった。
髪はすっかり白くなっていたが、年齢がわからない程肌にも筋肉にも張りがあり、見るからに強者の風格だ。快活に笑う彼は、ログナ達の間からホーンラットの依頼用紙を引きちぎると、カウンターに向かって声を掛けた。
「アマンダー、これ再手続きしといてくれ」
翁の呼び掛けにアマンダが無表情でやってくる。翁の手から依頼用紙を受け取ったところで、キースが声を掛けた。
「期限て何?」
「こちらをご覧ください」
キースの方に向けた依頼用紙をログナとクラインも一緒に覗き込む。
用紙の下の方に小さく今日の日付が書かれていた。
「このように、依頼には期限があるものがございます。こちらの場合は、本日のギルド終了時刻までに依頼完了の手続きが必要となります」
「間に合わなかったらどうなるんだ?」
「達成出来なかった罰として、成功報酬の五割をお支払い頂きます」
「げ!」
「罰金があるのか……」
「はい。ギルドと依頼主との信用問題に関わりますので、達成出来なかった冒険者にはそれなりのペナルティーがございます。依頼を受ける際は達成出来そうかどうかご一考頂き、期限にもご注意ください」
「分かりました」
カウンターへ戻っていくアマンダを、何故かキースが追って行った。どこへ行くんだあいつは、と見ていたクラインとログナに、翁が豪快に話しかけてくる。
「明日んなったら同じ依頼がまた張り出される。受けんならまた明日来い新人」
期限までに受注されなかった依頼は、依頼主との確認後期限を延ばして再び出される事があると言う。この依頼はその対象なのか、この翁は明日またボードに張り出されると言い切った。
という事は、この人は……
「なぁアマンダ、あのおっさん誰? どういう関係?」
カウンターに戻り依頼の再手続きに掛かろうとしていたアマンダの正面を陣取って、キースが身を乗り出している。そんな彼の方を見たアマンダが口を開こうとした時、キースの頭をがっしりと掴む手があった。
「おい小僧。アマンダに目をつけるとは良い趣味しとるが止めておけ。……そいつは俺の女だ」
「は?」
「違います」
ニヤリと悪い笑みを落とす翁を食い気味でスッパ切るアマンダの向こう側で、カウンター内の職員達がまたやってると笑っている。
どうやらお馴染みのやりとりのようだ。
「俺はギルドマスターのレオールだ。テメェのランクを上げるかもしれない男の顔ぐらい覚えておけ小僧」
そう言ってキースの頭をガシガシと撫でると、豪快に笑いながら二階へ続く階段へと消えて行った。
その後ろ姿を、キースはずっと見つめていた。彼に頭を掴まれた瞬間、首どころか体も動かす事が出来なかったのだ。
強いだろうとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。恐怖とは違う、武者震いかはたまた興奮からか、何なのか分からないゾクゾクする感覚に、キースは静かに体を震わせる。
「どうしたんだ、キース」
「大丈夫か?」
「……やっぱ都会はスゲェ……」
再び語彙力の死んだ友人を、ログナとクラインは不可解なものでも見る目で見ていた。
その横では、二人から渡された冒険者初となる依頼の受注処理を淡々とこなすアマンダの姿があった。
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