2—2

 カウンター前に用意された椅子にはログナとキースが座っている。クラインは断りを入れた上で、キースの隣に立っている。

 ログナの正面にいる職員は、白髪の美女その人だ。ログナは何も言っていないのに、キースが彼女を指名したのだ。

 ニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるのにイラッとしながら、ログナは登録したい旨を女性職員に伝えた。


「本日担当させていただきます、アマンダです。よろしくお願い致します」

「は、はい。お願いします」


 緊張の面持ちで姿勢を正すログナの横から、身を乗り出すようにカウンターへ突っ伏したキースが、アマンダを上目遣いで見上げた。


「お姉さんめちゃめちゃ若く見えるけど、歳いくつ?」

「登録にあたっていくつか説明事項がございます。質問があればその都度してください」

「え? あ、はい!」

「彼氏いる?」

「まずこちらの用紙に必要事項を記入してください。字が書けない場合は代筆致します」

「オレは書けるので……」

「オレは名前と出身の村くらいは……」

「どんな人がタイプ?」


「「キース!! ちょっと黙れ!!」」


 キースの質問攻めを見事なまでにスルーし、仕事を全うしようとする姿にプロ根性を感じる。そんなアマンダに一切臆することのないキースもキースだ。相手にされないのを意にも介さず、ある意味質問攻めにしていた。

 しかし、いい加減鬱陶しくなった二人から遂にストップが掛かる。渋々用紙とペンを受け取ると、クライン同様名前と村を書いた。このペンも用紙も田舎で手に入れようと思うとかなりの値になる。流石都会のギルドはレベルが違う。


 年齢を書こうとしたところでクラインが口を開いた。


「登録に年齢制限ってないのか?」

「ありません。後で説明しますが、一定の基準をクリア出来ればほぼどなたでも冒険者として活動出来ます」

「ガキでも?」

「はい」

「犯罪者でも?」

「はい。ただしこの場合は規定があります」

「彼氏——いでっ!!」


 調子に乗ったところでクラインからの鉄拳を喰らったキースが悶絶した。

 年齢を書き終え、次の項目へ移る。職業や扱う武器を記入する欄だ。


「職業……」

「仕事って言ってもなぁ……」

「当てはまるものが無ければ結構です。ただ、使用する武器は記入しておくと、のちにパーティを組んだり仲間を募る際に便利です」

「じゃぁオレは双剣っと」

「オレは槍だな」


 キースとクラインが書いてもらっている中、ログナの表情が曇っていく。よく使うのは剣だが、得意と言って良いかは微妙なところだ。

 弓の方が扱いには長けていたが、村では弓を扱うのは女性ばかりだった。男で弓を引こうものなら死ぬまで馬鹿にされただろう。

 そんなトラウマもあってか、ここで弓と書くのは気が引けた。この女性ひとの前で女々しいと思われたくないという、男の矜持もあった。


「後で変更する事も可能ですが」

「あ、そうなんですね……」


 それならと『剣』と記入する。

 村の事情なんて知るはずもないこの人が何とも思わないであろう事は分かっていたが、それでも張れる見栄なら張りたい。

 その後は順調に書き進めていき、最後の項目になった。


「魔力の有無?」

「魔力あるヤツが冒険者になろうなんて思わねぇだろ」


 クラインが何でそんな事聞くんだ? と言わんばかりの顔をしている。キースも同様だ。

 自分に魔力がある事を知っている者なら、目指す先は魔術師だろう。数ある職業の中でも、地位・栄誉・報酬とトップレベルに高い。それは特殊さも去ることながら、魔力を魔術に変換して使える人材が希少である事も起因している。わざわざ冒険者などと、登録さえすれば誰でもなれるような職業を選ぶとは思えない。それが二人の知る一般常識だった。

 もちろん二人に魔力はなく、当然のように『無し』と書いてもらう。


「冒険者の中にも魔術士ウィザードはいらっしゃいますよ」

「え? そうなの?」

「はい。どの職業を選ぶかは、その人の自由です。冒険者の中には様々な事情を抱えた方もいらっしゃいますので、一概には言えません」


 確かに、人には人の事情がある。かく言う三人も、そんな事情を抱えた人間なのだから。


「話が逸れましたね。失礼致しました。……書けましたか?」


 アマンダがログナに視線を向けた。目が合ってドキッと心臓が跳ねる。


「あくまで参考に伺うだけです。魔力があってもなくても、登録に支障はありません」

「あ、はい」


 ログナも『無し』と記入し、用紙をアマンダに渡す。それを受け取った彼女が、用紙を確認し、ログナを見つめてくる。

 真っ青な瞳を向けられて「え?」と思ったが、結局何も言わずに視線を手元に移された為、何だろうとは思ったが特に口を開くことも無く姿勢を正して待つ。


「ではカードの準備をしてまいりますので、少々お待ちください」


 そう言ってカウンターの奥へと向かって行く彼女の背が見えなくなったところで、キースがログナに耳打ちしてくる。


「良い女じゃん」

「そう言うのじゃ無いってば」


 言い訳のようにムキになるログナに、キースが益々絡んでくる。クラインはクラインで、聞いてはいるが口は出さない。口にも顔にも出さないが、面白がってはいる。


「またまたぁ。あっつい眼差し向けてたじゃんか」

「そうじゃなくて、その……何となく気になったっていうか、違和感があって」


 そう、違和感だ。

 路地で道を教えてくれたあの白猫に感じたような違和感が、アマンダにもあった。ような気がした。

 はっきりと確信が持てる訳ではない。その正体も分からない。あの不思議な声が聞こえなかった二人には全く分からないそのモヤモヤを、どう説明すれば良いのか分からず、ログナは結局アマンダが戻ってくるまで、キースからイラっとする視線をもらっていた。


 何かしらの器具を持って戻ってきたアマンダは、再びログナの正面に座った。

 手のひら大のクリスタルが取り付けられた不思議な器具を、三人は物珍しげにジロジロと眺める。

 初めて見るそれがギルドカードを作る為の魔道具だった。本人の血液を使い、本人にしか使用出来ないカードを発行する。それが己が冒険者である事を証明する身分証となるのだ。


「ギルドより発行されたカードが、今後皆さんの身分証となります。それがあれば、国や街を自由に行き来する事ができ、入管税が全て免除となりますので大切に保管してください」

「はい」

「作るのに金かかんの? オレ達貧乏なんだけど」


 本人にしか使用出来ないカードを魔道具で作るだなんていかにもな話だ、とキースがアマンダに尋ねた。一体どれだけ……と分かりにくく若干怯えていたクラインを知ってか知らずか、アマンダは首を横に振った。


「いえ。登録自体は無料です」

「税金が免除されるような大層なもんなのに?」


 それに驚いたらしいクラインがすかさず質問している。


「はい。お作りする分には無料です。ですが、冒険者となられた方にはいつくか義務がございます。それを果たして頂かなければカードは失効してしまいます」

「義務……」

「なになにー? 何して欲しいって?」


 茶化そうとしたキースを二人で睨みつけ、アマンダに先を促す。


「一つ目にギルドが提示する依頼を受け、ギルドに貢献して頂きます。二つ目に毎年更新料を納めて頂きます。これは現在のランクによって金額は変動します。三つ目に、緊急の際等ギルドが招集をかけた際には、そちらに応じて頂きます」

「……それだけ?」

「はい。依頼を受けるというのは皆さんの収入にも直結しますので、どんどんこなしてください。ただし、依頼にもランクがあり受注出来るのは現在のランクの一つ上までとなります。ランクが上がれば当然依頼の難易度も上がる為、成功報酬も上がっていきます」


 アマンダが手元から一枚の紙を取り出し、三人の前に出して見せる。Fと書かれたそこには討伐依頼とある。


「初期登録時はFランクからのスタートとなります。皆さんが現在受ける事が出来るのは、Fと一つ上のEランクの依頼という事になります。こちらはギルドが斡旋する依頼の一例です」


 討伐対象の魔物の名称や達成する為の条件などが書き記してあった。細かい部分が異なっていたが、村で受けていた仕事の依頼とそう大差ないように思う。これなら直ぐにでも仕事にありつけそうである。


「更新料というのは、現在のランクを維持する為の経費とお考えください。こちらをお支払い頂けない場合、または重大な規律違反があった場合はカード剥奪となり、五年間の発行停止処分、場合によっては永久に発行停止となりますのでご注意ください」

「無くしてしまった場合は……?」

「再発行に一律金貨一枚をお支払い頂きます」

「金貨!?」

「たっけぇ……」

「カードは魔法処理されていて、偽造・不正利用・破壊・燃焼などを防止する機能が備わっており、再発行の場合は最終ランクが引き継げます。尚且つ初期登録時に費用が掛からないことを鑑みても破格の値段です」


 銀貨以上ですら滅多に見ることのない三人にとっては大金だったが、アマンダの話を聞けば納得出来た。

 裏を返せば冒険者となり依頼を請け負えば、払えない額ではないということだ。


「三つ目のギルドからの招集に応じるという項目ですが、滅多にありません。最後に招集が掛かったのも、今から十年程前です」

「そうなのか」

「……」

「何か質問でも?」

「あ、いえ……大丈夫です」


 また見つめていたのか? とばかりのキースの眼差しを受け、ログナは居住まいを正した。話のコシを折られる前にとアマンダに先を促す。

 彼女は魔道具を起動し、手元に空のカードを置くと、待つ間にと再び三人へ視線を戻した。


「では、ランクについてお話ししましょう」


 冒険者にはそれぞれランクがあり、FからSまで定まっている。登録時は例外を除き、通常はFランクからのスタートとなる。

 C・B・Aランクは更に細分化され、C(シングル)・CC(ダブル)・CCC(トリプル)と三段階に分けられており、尚且つA以上はパーティであることが必須となる。

 それらの頂点であるSランクともなれば、一度なってしまえば富、栄誉、名声全てが与えられ、国にも認められる。中には貴族の爵位まで与えられた冒険者もいた位だ。ただし更新料や試験以外に貴族院からの依頼を受けなければならないという決まりがある。

 収入を上げたいならランクアップする必要があるが、更新料と依頼達成率が八十%以上あれば現在のランクを維持する事が可能だ。更新料は勿論ランクによって変わってくる。

 昇格には試験があり、試験内容は現在所属しているギルドのギルドマスターが決める。よって試験内容は様々である。


「あなた方の当面の目標は、Eランクに上がる事です」

「E? いっこ上なだけじゃないの?」

「ここパビリオは、他のギルドよりも試験が厳しいと言われています」

「そうなんですか?」

「カード発行後一年以内にギルドマスターが指定する採集・討伐・迷宮ダンジョンをそれぞれクリアし、更新料として銀大貨一枚を納めて頂きます」


 銀大貨と言われてクラインの表情が動いた。それを五枚集めるのに三人は五年掛かったのだ。一人一枚、しかも一年で。どれだけ大変な事か、もう身を持って知っている。


「なんでそんなに厳しいんだ? そんな大金、新人にはキツ過ぎるだろう」

「生き残る為です」

「「「……」」」

「それにきちんと計画的に進めていけば、決して無理な金額ではありませんよ」

「そうなのか?」

「もし不安でしたら、当ギルドにはEランク以下の冒険者に対し、支援制度もございます。成功報酬の一割で支援員の派遣も行っておりますので、ご利用の際はお申し付けください」


 アマンダが起動しておいた魔道具を三人の前へと置いた。僅かに発光している事からも、どうやら準備が整ったようだ。


「ではカードの発行に移りますが、よろしいですか?」

「あの、最後に一つだけ」

「はい。何でしょうか」

「さっき言ってた規定違反って、どういった事ですか?」

「はい。ギルドの規定に反した場合に罰金対象になります。殺人を行った場合は即座に剥奪、再発行は出来ません。他にも他人のカードの略奪、悪用、転用転売、その他不正があった場合は即座に剥奪、五年間の再発行停止処分、もしくは再発行不可となります」


 アマンダは座っていた足元から一冊の冊子を取り出すと、カウンターの上に置いた。


「こちらはギルド規定集です。いつでも貸出いたしますが、ギルドの外への持ち出しは出来ません。他にも迷宮図鑑や魔物図鑑、植物図鑑なども同様です」


 キースが一応めくってみたが、中は字がびっしり書かれており、直ぐに閉じていた。ログナは少々気になったが、キースがさっさと返してしまった為、今日は諦める事にする。


「では改めまして、カードの発行に移らせて頂いてよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「三名でのパーティ登録になさいますか?」


 ログナがキースとクラインへ視線を向ける。二人に異論はなさそうだ。


「はい。それでお願いします」

「パーティ名はございますか?」

「パーティ名……」

「キースと愉快な仲間——」

「「絶対に嫌だ」」


 その後も『キースと下僕』、『キースと手下』、『キースを愛する会』など、キースの悪ふざけで終わった。

 結局決められないまま、決まったら後日という事で、アマンダに登録を進めて貰う。


「ではお一人ずつ、こちらの魔道具に血液を垂らしてください」


 普段から小さな怪我をするくらいなら慣れている彼らも、いざ自らを傷つけるとなると躊躇してしまうもので。

 見かねたアマンダが小さな針のついた道具を貸してくれて、ログナは恐る恐る人差し指の腹に針を押し当てた。

 チクっとした痛みの後に、赤い血の玉が出来ていく。それを魔道具に垂らすと、クリスタルが発光した。クリスタルの下にはアマンダが用意した空のカードが一枚置かれており、クリスタルが光ると同時に文字が刻まれていく。

 白い拳程の大きさのカードには、ギルドの紋章が背景に写し出され『パビリオ』というギルド名と『ログナ』の名前、『F』という文字が浮かび上がっていた。

 続いてクラインがカードを発行してもらい、なかなか決心のつかないキースの手をログナが抑え、クラインが針を押し付ける。ぶつぶつ言いながらも自分のカードを手にしたキースの機嫌が直ったところで、アマンダがその場から立ち上がった。


「改めまして、ご登録ありがとうございます。質問があればいつでも伺いますのでカウンターまでお越しください。皆様のご活躍をお祈り申し上げます」

「あっ、ありがとうございます」


 形式的な挨拶を済ませると、魔道具を持ってカウンターの奥へと行ってしまった。

 ブレない人だなぁとその様子を眺めていると、離れた場所から自分を呼ぶ声が聞こえ、ログナはそちらを振り返る。


「ログナ! さっさと来いよ!」


 キースとクラインが既に依頼の貼ってあるボードの前まで移動している。それに苦笑を零しながら、ログナも二人の元へと歩み寄るのだった。

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