1—3
朝、村では太陽と共に起き出し行動していた彼らにとっては遅すぎる朝食を取り、ゆっくり朝の支度をすると宿を出る。
昨日アドバイスしてくれた先輩冒険者の言うとおり、昼前頃を目掛けてギルドに行く事にし、通り道で武器屋や道具屋をチェックする事にした。
太陽はすっかり昇り、空は晴天。冒険者デビューにはもってこいの天気だ。
幸先が良いなと、機嫌よく歩き出すキースに続き、ログナとクラインもキョロキョロと周りを見ながら通りを歩く。傍から見ると田舎丸出しだったのだが、そんな事とはつゆ知らず。
歩きながら見つけた目ぼしい店に寄り道していく。
最初に入ったのは武器を扱う店だった。
カウンターにいて剣の手入れをしていたのは、ガタイは良いもののこぢんまりした翁だ。三人よりも小さな体に筋肉ムキムキの腕や胸、顔の輪郭を隠すように生い茂った髭が何だかアンバランスだと思った。
無愛想に告げられた「いらっしゃい」に、何となく頭を下げたログナが、カウンター横に無造作に置かれた弓に目を向ける。普段使っているのはロングソードだが、何故だかいやに美しい流線美を描く
キースもクラインも自分が普段使っている武器に見入っている。そのほとんどが派手さは無くシンプルな作りだったが、素人の自分達から見てもこの店に置かれているものが良い物だろうと思った。
結局手持ちに余裕がない為に見るだけとなったが、流石は都会だ。良い店を見つけた。
武器屋の側には防具を扱う店や、冒険者活動に欠かせない道具を扱う店もあったが、今は買える余裕が無いのに見たら欲しくなってしまうからと、入店は渋々諦めた。
素材を扱う店は数が多すぎて何処が良いのかが分からず、これに関してはギルドに行って良い店を聞こうと言う話になった。
「そろそろギルドに行ってみようか」
大分歩いたしゆっくり時間も使った。陽も高くなった事だし、良い時間になっただろうと、三人は今居た店から大通りへと出た。
しかし、慣れない土地のせいか、この人混みのせいなのか。どちらからやって来て、どっちへ行くのだったか、方向が分からなくなってしまった。ただ大通りを中心に向かって行けばいいと聞いていただけだ。目印になるような建物も記憶していた訳では無かった。
さて困ったなと、人混みに流されないよう通りの端に寄って辺りをぐるりと見回してみる。
「あの冒険者っぽい人達に聞いてみようか」
そう言いながらログナが指し示したのは、通りの反対側にいる自分達よりも少し年上に見える男達だ。四人組のパーティだろうか。少々派手でガラが悪そうではあったが、冒険者なんて大抵見た目は粗悪そうだ。装備を身に纏っている事、各々が武器を携帯している事から、そう当たりをつけ彼らへと声を掛けた。
「すみません。冒険者ギルドを探しているのですが、どちらに行けばいいでしょうか」
「あ?」
一番通路側にいた一人の男がログナを振り返る。二十代か三十代くらいだろうか。ガラの悪い鋭い目付きでログナを睨め付け、「あぁ、迷子か?」と下卑た笑みを浮かべてくる。後ろにいた彼の仲間らしき三人もニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
その物言いに思うところはあったが、未成年で身分証すら持たないログナに反論出来るものなどなく、道を聞くだけだからと心の中で言い聞かせながら返答を待った。
「ギルドならあっちだぜ、坊や」
雑に示された先を確認し、目印になりそうな尖塔を認めると、礼を告げ踵を返す。と、呼び止められて再度振り返った。
距離を詰めて来たガラの悪い男が、内緒話をするように顔を寄せて来る。
「すぐそこの路地に入ると近道だぜ。人も少ないし一本道だから迷わねぇ」
「……どうも」
そんな声を落として言うことかと思ったが、わざわざ教えてくれたのだからと、少々不審には思ったが礼を告げて二人の元へ戻った。
近道なら覚えておくに越した事は無いと進んだは良いものの、どういう訳だか迷っている。
一本道だと言っていたのに分かれ道がいくつも存在した。尖塔を目印に進んではみたものの、路地はすでに不気味に薄暗く、さっきまでの喧騒も全く聞こえてこない。
「騙された!!」
「……みたいだな」
苛立ちを露わにするキースに、クラインが静かに同意する。
「ごめん。聞く人間、間違えたな」
ログナは責任を感じているのか、すっかり気落ちしている。まさかこんな形で出鼻を挫かれるなんて思ってもみなかった。
村ではこんな風に貶められる事が無かったのだ。旅立って出会った冒険者も宿の女将も良い人達だったせいか油断した。
改めて都会は恐ろしい所だと痛感する。
「ログナのせいじゃねぇだろ! あんの野郎共、今度あったらただじゃおかねぇ!!」
「やめろ。少なくともオレ達よりはランクも経験も上だ。関わるだけ無駄だろ」
いつものように怒り心頭で感情を前面に出すキースを、クラインが冷静に嗜める。常と変わらない二人の様子に、ログナはクスリと笑みを零し、さてどうしたものかと先を見据えた。
それにしても、なんだか気味の悪い場所だ。大きな都市の裏道はこんなにも異質な雰囲気なのかと、ログナの背筋がヒヤリと冷える。
なんとなくだが、この先へ進まない方がいいような気がした。
「どうする? もう少し進んでみるか?」
キースが先を見据えながら問うて来る。クラインがログナを振り返った。
「どう思う?」
「……いや、止めておいた方が良い気がする……」
曖昧な返答だったが、それにクラインはすんなり頷いた。キースも反論は唱えない。
「じゃぁ戻る道探そうぜ」
「……良いのか? 時間ロスしちゃうけど……」
「こういう時のログナの勘は当たるからな。遠回りでも確実な方で行こう」
確信がある訳では無い。本当に、言ってしまえばただの勘だ。それをなんの根拠も無く、当然のように信じてくれる二人の存在が、そんな信頼関係が、ログナには救いで同時に心強く誇らしかった。
「とは言っても、戻れるかどうかも怪しいけどなぁ」
来た道を振り返ったキースが盛大に溜め息を吐きながら零す。
誰かに道を聞こうにも、人の気配が無い。こんな場所でかち合う人間の言う事を、信用して良いのかと言う問題も生じてくる。
初日から何という幸先の悪さだろうか。さてどうしたものかとログナが来た道を見据えた時だった。
———…… ———……
小さく細い澄んだ音が聞こえた。
どこから響いたのか分からず、きょろきょろと辺りを見回すログナを、急にどうしたのかと二人が不思議そうに見ている。
「どした?」
「今何か聞こえなかった?」
「いや。オレには何も」
「オレも」
二人の耳には届かない何か。がしかし、ログナは確かに聞いた。
———…… ミー———……
今度ははっきりと。頭に直接響くような音……声、だろうか。鳴き声のようにもとれる。
やはり二人には聞こえていないようだった。
来た道の方から聞こえた気がして、ログナはそちらへ足を向けた。
「おい、ログナ!」
「道が分かるのか?」
「いや、でもなんか……呼ばれた気がして……」
目の前の分かれ道を右へと曲がった。
「「「!!」」」
薄暗い道の真ん中、三人からは少し離れた場所に、真っ白な猫がこちらを向いてお座りしていた。精悍な顔つきの白猫は、暗い中に浮かび上がるように見え、長い尻尾を一度だけゆらりと動かすと、黄金色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「猫……だよな?」
「だと思うけど、でかくないか?」
「……」
確かにたまに見かける野良よりも大分大きい。こんなに大きな都市に居るのだから、『猫』なのだろうが、『猫型』なら関わりたくない。
キースとクラインは普通の人間が抱くような感想を持ったが、ログナは違った。
その猫に対して違和感を持った。人と会った時とは違う、野生動物と遭遇した時とも違う、何と表現して良いのかも分からない違和感。
この猫が持つオーラのような物なのか、それが普通では無いように感じられた。ただ、それが危険な物とも思えない。
ログナが二人に何と説明したら良いものかと考えを巡らせていると、不意に猫が腰を上げた。武器を手にするまでもいかないが、反射的に身構える。
すると、白猫はくるりと向きを変え、三人にお尻を向けると先へ向かって歩き出した。恐らくログナ達が通って来たであろう道だ。
ログナは二人を振り返った。
クラインは無言で頷き、キースはもうすでに好奇心で瞳をキラキラさせている。二人にはログナの言いたい事が分かったようだった。
三人は一定の距離を保ったまま、その白猫の後を追ったのだった。
先の角を曲がった猫を追い、駆け足で角へ向かった。猫の姿は消えていたが、少し先が明るく開けており、行き来する人の姿もチラチラ見えている。
人通りの多い大通りに出られて、三人はようやく戻って来れたのだと胸を撫で下ろした。
「はぁ、どうなる事かと思ったぜ」
「……当分近道はよそう」
「そうだね」
先程目印にしようと覚えた尖塔が近くなっていたようだったが、念のため側にあったカフェの店員にギルドの場所を確認する。
目印の尖塔を目指して行けば大丈夫と教わり、三人は人の多さに改めて驚きながら中央広場を目指した。
そして遂に目指していた冒険者ギルドへと辿り着いたのだった。
少し離れた屋根の上には真っ白な猫の姿があった。
三人がギルドを見つけたのを見届けるかのように、お座りの格好で広場を見下ろしている。
三人が目的地の建物に向かって行くのを見ると、静かにその場を立ち、軽やかに屋根から屋根へと飛び移り、やがてその姿を消した。
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