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大通りに面した看板を見つけ、案内に沿って一本中道へと入ると、目当ての安宿がある。
入り口の上に大きくシンプルに『カエル亭』と書かれた木の看板を掲げた、見るからに安そうな宿だ。
年季の入った扉を押し開けて入ると、丸テーブルと椅子が置かれた店舗の奥に小さなカウンターが見える。酒場も兼ねているのか、店内にはそこそこ人も入っており、なかなかの賑わいだ。
もっと寂れて古臭いのを想像していた三人は、イメージしていたのとは違う様相に驚いた。
「いらっしゃい。何名様?」
カウンターの奥からジョッキをいくつも持って出てきた壮年の女性が、快活な笑顔でログナ達に声を掛けてくる。
「あ、いや、オレ達は……」
「ん? あぁ、宿のほうかい?」
「はい。三人で泊まりたいのですが、空きはありますか?」
「おっけー。これ出して来ちゃうから、カウンターの前でちょっと待っててくれるかい?」
人好きのする笑顔でそう言うと、女将らしき女性はテーブルの隙間を縫うようにジョッキを配って回っている。その様子をカウンター前に移動しながら眺めて待つ。
ジョッキを配りながら新たな注文を取っていく様子を眺めながら、「よく覚えられるよなぁ」と零すキースにクラインが同意した。
二人とも物覚えは苦手な方だ。ログナは二人に比べると良い方だろうが、注文を取れと言われたら覚えていられるのなんてせいぜい五つか六つがいいところだろう。それに加えてどこのテーブルが何で、ジョッキを配って、空いた食器を下げてとなると、とてもじゃないが覚えていられる気がしない。
だからか、目の前で客を捌きながら笑顔まで絶やさない女性を眺めながら、プロだなぁと思う。
新たな注文をカウンター奥に叫び終わったところで、女将がカウンターへ入ってくる。
「待たせて悪かったね。で、連泊希望かい?」
帳簿のようなものを開きながら尋ねてくる彼女にキースが応えた。
「連泊したら安くなる?」
質問に質問で返すと言う、望ましいとは言えない受け応えにも、女将は笑顔を崩す事なく対応してくれる。
「うーん、そうさねぇ。日数によるかねぇ。坊や達、冒険者希望かい?」
「あぁ、さっき着いたところだ」
「んじゃ登録はまだだね。うちに来たって事は、金銭的にもあんまり余裕ないんだろ?」
「よくお分かりで」
「最初は皆んなそんなもんさ」と快活に笑う女将が具体的な金額を提示してくる。
「素泊まりなら一人ひと月銀貨三枚。朝晩食事付きなら銀貨四枚と銅大貨五枚だね。三人一部屋でいいなら、食事付きで一人銀貨四枚に負けてあげるけど、どうだい?」
「銀貨四枚……三人で十二枚か……」
財布係のクラインが腕を組んでいる。村なら銅貨一枚で三本は食べられる串が、ここでは一本だった事を考えても、物価の高い都市でこの値段で屋根とベッド付きで睡眠が取れると言うのは破格なのだろう。
がしかし、今の彼らにはなかなかに厳しい金額である事もまた事実。
「うちはパビリオの中なら安い方だから、もっと安いとこ探す方が難しいと思うよ?」
「一週間毎に更新というのは出来ませんか? 冒険者登録して、依頼をこなせるようになったら滞在期間を延ばしていくというのはダメでしょうか?」
「それでもいいよ。最初は何かと物入りだろうしね」
ログナのダメ元の提案にも、女将は驚く程すんなり頷いてくれた。こういったやりとりも、もしかすると多いのかもしれない。
ログナとキースから同時に視線を貰ったクラインが静かに頷くのを見て、女将が帳簿に三人の名前を記入し、契約が成立した。
取り敢えずこの先一週間分の宿を確保出来た三人は、一安心とばかりに胸を撫で下ろす。簡単に宿の説明を受け、鍵を預かり、教えられた部屋へと向かう。
この宿は一階が食堂兼酒場になっていて、宿の部屋は二階にある。階段を上がって右手が個室、左手が大部屋だ。
一番奥の部屋の扉を開けると、そう広くない室内には簡素な三段ベッドがドンと置かれている。他には小さな丸テーブル、三脚の簡易椅子が置かれ、荷物をしまえるクローゼットがついていた。トイレとシャワー室は別にあり共同になっている。
部屋に入り少ない荷物を片付けるや否や、ベッドの争奪戦が始まった。
狙い目は一番上だ。一番下と真ん中は高さが制限されている為窮屈だが、一番上は違う。三段ベッドだからそこまでと思うかもしれないが、下の二段よりは高さに若干余裕がある。順当にいけば一番身体の大きなクラインなのだろうが、そんな事に気を使う間柄では全くない。
ここは公平にジャンケンで決める事になった。勝った者が一番上、最後に負け残った者が真ん中という事に決まった。
この時点でログナは嫌な予感がしていた。ジャンケンは確かに公平なのだが、そういう時に勝てた試しが無いからだ。
クラインはここぞという時に強いが、キースも何だかんだ良いところを持っていく奴だ。変な勘は当たるのになぁと溜め息を吐き出しつつ、ログナは「ジャーンケーン……」の掛け声と共に右手を差し出した。
「明日登録したら直ぐ依頼受けに行こうぜ!」
上からのご機嫌なキースの声に、「そうだな」と下からクラインが応えた。
「残りが銀大貨一枚位だから、もし装備が傷んだりしたらあっという間に一文無しだ」
冒険者を目指す彼らが使うのは、村で狩りをしていた頃に愛用していた得物だ。手に馴染むそれらが使いやすいからと手入れをしながら使い続けているが、今後いつまで使い続けられるかは分からない。壊れた場合は修理が必要だし、もしかしたら買い替えなければならない事態もあるかもしれない。その時にいくら必要になるかが分からない為、今ある銀貨はなるべく手をつけないでいたい。
継続的に宿を確保する為にも、仕事は直ぐにでも始める必要があった。
「どんな依頼があるのか、楽しみだね」
不安はもちろんある。が、それ以上に期待とワクワクが大きかった。
三人で始めるこの冒険に何が待ち受けるのか、どんな迷宮にどんなボスが待っているのか、どんな宝が眠っているのか……想像するだけで楽しみだ。
もっと興奮で眠れないかと思ったのに、長旅の疲れからか、久しぶりのベッドが快適だったのか、三人はあっという間に睡魔に襲われ、朝までしっかり爆睡したのだった。
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