冒険者ギルドパビリオ支部所属特務遂行係支援補助員の弓術士

九日三誌


 ここは剣と魔法が存在し、魔物が蔓延る迷宮ダンジョンが生まれる不思議な世界『クラウディア』


 国王が治める国の一つに『オリペティア』がある。

 ここには、身ひとつで迷宮ダンジョンへ潜り、そこに巣食う魔物やボスを倒したり、時には街人から依頼を受け報酬を得たりする事を生業とした者達がいた。


 彼等を人は、畏怖や尊敬、ロマンや夢まで引っくるめて『冒険者』と呼んでいる。






 オリペティアの王都『オリテナ』の隣に、『パビリオ』という比較的大きな都市がある。

 王都が近い為流通も良く、物価も安定しており人口も多い。

 オリテナに続く重要都市の一つである為、この街には全てのギルドの支部が置かれ、それらの横の繋がりが上手く機能している都市であると言えるだろう。


 そんなギルドのうち、冒険者達の集う場所が『冒険者ギルド』だ。

 パビリオの中心に程近い一等地に建物を構えるこのギルドには、他の都市の冒険者ギルドには無いある噂があった。


『新人冒険者の死亡率が極端に低いギルド』だと。


 そして今日もまた、冒険者になるべく年若い青年達がパビリオの街を目指していた。






「おーい! 街が見えたぞ!!」


 外から掛けられた待ちに待った台詞に、乗り合い馬車のホロの中でうとうとしていたログナがばっと顔を上げた。

 同じくホロに寄り掛かって目を閉じていたクラインも顔を上げ、目が合うと二人で外へ顔を出す。


「うわぁ……」

「でけぇ……」


 堅牢な石の壁のその奥には、初めて見る背の高い建物が幾つも見える。

 茜色に染まりつつある空の淵を背景に、幾つもの尖塔がオレンジと青の中に生えるその情景に、二人はそれ以上の言葉を発する事も、口を閉じる事も忘れて見入っていた。

 そんな二人の様子を、馬車の周りを囲み乗馬で並走していた男の一人が可笑しそうに笑う。


「そんな間抜け面してっと、田舎モンだとバレて直ぐカモにされんぞ」

「……そんな事言われても、なぁ?」

「こんなデカい街……見るのも初めてだ……」


 二人は幼馴染で、ここから馬車で十日程離れたカタール村から出て来たばかりだ。

 もう一人、こんなにガタガタ揺れる荷台でも熟睡出来る程肝の座った男、キースと三人で冒険者になる為、生まれ育った村を離れてここまでやって来た。

 近隣の村を行き来していたくらいだった三人にとっては、乗り合い馬車での旅も、大きな都市を訪れる事も、こんな風に冒険者に護衛されての大移動も初めての経験だった。


 五年程前、あることがきっかけで冒険者になろうと決意し、コツコツとお金を貯めて旅の軍資金にした。それでも三人合わせて銀大貨五枚分を集めるのがやっとだった。

 小さな村の限られた仕事でお金を貯めるのは本当に大変だったけど、それだけの強い決意を持ってここまでやって来たのだ。

 冒険者になれば、自分の強さ次第でいくらでも稼ぐ事が出来る。明日の生活の心配なんて必要なくなる。

 名の通った冒険者なら一目置かれるし、自分のものに手を出される心配も無い。

 何より自由だ。

 どこへ行くにも、何をするにも、誰の目を気にする事なく、自分の意思だけで何でも出来る。

 現にこの馬車に乗る事になって出会った護衛の冒険者パーティは、ここの国を拠点にする前は北の方の国で活動していたらしい。

 この護衛任務が成功すればランクアップの申請が出来るのだと、楽しそうに話してくれた。

 たった二日程の付き合いだったが、みんな気の良い人達ばかりだ。何より彼らの瞳はキラキラしている。

 自分たちよりずっと年上の大の大人の男達が、瞳をキラキラさせて自分たちの冒険譚を嬉々として語るのだ。

 そんなもの、もうワクワクするしかない。

 そしてそんな大人達の少年のような冒険譚を、自分達よりひと回り以上歳の離れた、今まさに後輩になろうとしている青年達が、自分達以上に瞳を輝かせ、前のめりになって聞いてくるのだ。

 そんなもの、語るしかないじゃないか。


 そんな先輩冒険者の話を聞くうちに、登録するならパビリオの街が良いと教えてもらったのだ。

 大きい街なら何でもありそうだからという理由で王都を目指していたログナ達だったが、そんな噂があるならと、行き先を変更してパビリオのギルドを目指す事となった。


 長い入管審査の列に並び、ようやくというところで、ログナ達三人に待ったが掛かる。


「入管税……?」

「街に入るのに金がかかるのか?」

「何でだよ? オレやログナはまだだけど、クラインは成人の歳超えてんだ。保護者がいればいいんじゃねぇのか」


 三人は同じ歳だが、誕生日を迎えていないログナとキースは十七。唯一十八に達していたのはクラインだけだ。

 この国では十八を超えると成人とみなされる。少年だけでは街の行き来は制限されるが、成人した大人が同行している場合はその限りでは無い。

 今まで往来のあった村ではそれがまかり通っていたが、ここパビリオでは違うようだ。

 商人でも冒険者でもなく、身元をはっきりと証明出来るものが無い三人には、入管税が掛かると言われてしまったのだ。

 ただでさえ長時間の馬車旅によって痛い出費を余儀なくされていた三人には、正直辛い出費だったが、ここまで来て引き返すと言う選択肢などある筈もない。

 閉門時間も迫っていた為、仕方なく一人銅大貨三枚、計九枚を支払い、ようやくパビリオの街へと足を踏み入れたのだった。




「お前らこれからどうすんだ?」


 乗り合い馬車乗り場にて、任務完了の証書にサインを貰い終えた護衛の冒険者の一人が、ログナ達の元へとやって来た。何かと彼らに気を回してくれた大剣を携えた男だ。今回護衛の依頼についていたパーティのリーダーだった。

 丁度それを話し合っていた三人は、当然とばかりに彼を振り返って瞳をキラキラと輝かせている。


「そりゃギルドっしょ!」

「手持ちも厳しくなって来たしな」

「早く冒険者登録したいですし」


 待てを知らない調教前の大型犬のような彼らに、「そう言うと思ったよ」と冒険者は豪快に笑った。


「今から言っても時間外で開いてねぇよ。行くなら明日にしとけ」


 その考えが全くなかった彼らはあからさまに気落ちしている。「ギルドは逃げねぇよ」と笑いながら、男は今後の動き方についてアドバイスをしてくれた。


「まず宿確保しとけ。しばらくはこの街が拠点になるだろうから、長期滞在出来るとこがいい。ギルドに行くなら朝一は止めとけ。野郎共でごった返すからおちおちしてらんねぇ。昼前くらいがいいだろうよ」

「あぁ、分かった」

「後はそうだな……大通りくらいは見ておけ。道具屋と武器屋、後は素材やなんかを扱ってる店がどこにあるかくらいは知っておいた方がいいだろうな。ま、ギルドでも聞きゃ教えてくれるがな」

「わーったよ」

「この通りを真っ直ぐ行ったところに『カエル亭』って安宿がある。金がねぇうちに寝泊まりすんなら良い宿だ。行ってみな」

「色々とありがとうございます」

「可愛い後輩に先輩風吹かせたくなっただけだ、気にすんな。同じ商売だ、お互い生きてりゃまた顔合わせる事もあんだろ。せいぜい頑張りな」


 そう言って男は豪快に笑うと、仲間達と共に人混みへと消えて行った。


「とりあえず教えて貰った宿を探そうか?」

「そうだな」

「腹減ったし、屋台でなんか食いながら探そ!」


 陽はすっかり落ち、空は藍色へと染まりつつある。

 村にいた頃なら、そろそろ村人達が各々の家へと帰り、静かに夕食を囲む時間だ。それが終われば、内職に精を出し、あるいは狩り道具の手入れをし、蝋燭が勿体無いからと早々に寝る支度を始めるのだ。


 ところがどうだろうか。

 パビリオの大通りは、空が何色に染まろうとも人が絶える事は無く、更に活気に溢れている。何なら道端に出ている屋台は、何とも言えない良い匂いを漂わせながら、道ゆく人々の足を止め、店主の威勢の良い声があちこちから聞こえてくる。

 三人はそんな人混みと喧騒に圧倒されながらも、好奇心旺盛で物怖じしないキースのお陰でようやく夕食にありつき、腹を満たした。

 せっかく大きな街に来たのだからと、通りに出ている様々な屋台を見て回る。食事系の店が軒並み多かったが、中にはポーションらしき液体の入った小瓶を置いている店や、土産物なのか木彫りの魔物の像が並ぶ店、比較的安価な魔物素材で作られた耳飾りや首飾りなどの装飾品を扱う店など、珍しいものもたくさんある。

 多岐に渡る露店の数々に、特にキースが感動と興奮と好奇心を抑え切れずに、立ち止まっては覗いてを繰り返している。心の底からこの状況を楽しんでいる幼馴染に、ログナもクラインも苦笑いしつつ、己の知的好奇心を満たしながら後をついて行くのだった。

 そうしてたっぷり屋台を堪能し、ようやく先輩冒険者に教えて貰った宿へと向かった。




 大通りに面した看板を見つけ、案内に沿って一本中道へと入ると、目当ての安宿がある。

 入り口の上に大きくシンプルに『カエル亭』と書かれた木の看板を掲げた、見るからに安そうな宿だ。

 年季の入った扉を押し開けて入ると、丸テーブルと椅子が置かれた店舗の奥に小さなカウンターが見える。酒場も兼ねているのか、店内にはそこそこ人も入っており、なかなかの賑わいだ。

 もっと寂れて古臭いのを想像していた三人は、イメージしていたのとは違う様相に驚いた。


「いらっしゃい。何名様?」


 カウンターの奥からジョッキをいくつも持って出てきた壮年の女性が、快活な笑顔でログナ達に声を掛けてくる。


「あ、いや、オレ達は……」

「ん? あぁ、宿のほうかい?」

「はい。三人で泊まりたいのですが、空きはありますか?」

「おっけー。これ出して来ちゃうから、カウンターの前でちょっと待っててくれるかい?」


 人好きのする笑顔でそう言うと、女将らしき女性はテーブルの隙間を縫うようにジョッキを配って回っている。その様子をカウンター前に移動しながら眺めて待つ。

 ジョッキを配りながら新たな注文を取っていく様子を眺めながら、「よく覚えられるよなぁ」と零すキースにクラインが同意した。

 二人とも物覚えは苦手な方だ。ログナは二人に比べると良い方だろうが、注文を取れと言われたら覚えていられるのなんてせいぜい五つか六つがいいところだろう。それに加えてどこのテーブルが何で、ジョッキを配って、空いた食器を下げてとなると、とてもじゃないが覚えていられる気がしない。

 だからか、目の前で客を捌きながら笑顔まで絶やさない女性を眺めながら、プロだなぁと思う。


 新たな注文をカウンター奥に叫び終わったところで、女将がカウンターへ入ってくる。


「待たせて悪かったね。で、連泊希望かい?」


 帳簿のようなものを開きながら尋ねてくる彼女にキースが応えた。


「連泊したら安くなる?」


 質問に質問で返すと言う、望ましいとは言えない受け応えにも、女将は笑顔を崩す事なく対応してくれる。


「うーん、そうさねぇ。日数によるかねぇ。坊や達、冒険者希望かい?」

「あぁ、さっき着いたところだ」

「んじゃ登録はまだだね。うちに来たって事は、金銭的にもあんまり余裕ないんだろ?」

「よくお分かりで」


「最初は皆んなそんなもんさ」と快活に笑う女将が具体的な金額を提示してくる。


「素泊まりなら一人ひと月銀貨三枚。朝晩食事付きなら銀貨四枚と銅大貨五枚だね。三人一部屋でいいなら、食事付きで一人銀貨四枚に負けてあげるけど、どうだい?」

「銀貨四枚……三人で十二枚か……」


 財布係のクラインが腕を組んでいる。村なら銅貨一枚で三本は食べられる串が、ここでは一本だった事を考えても、物価の高い都市でこの値段で屋根とベッド付きで睡眠が取れると言うのは破格なのだろう。

 がしかし、今の彼らにはなかなかに厳しい金額である事もまた事実。


「うちはパビリオの中なら安い方だから、もっと安いとこ探す方が難しいと思うよ?」

「一週間毎に更新というのは出来ませんか? 冒険者登録して、依頼をこなせるようになったら滞在期間を延ばしていくというのはダメでしょうか?」

「それでもいいよ。最初は何かと物入りだろうしね」


 ログナのダメ元の提案にも、女将は驚く程すんなり頷いてくれた。こういったやりとりも、もしかすると多いのかもしれない。

 ログナとキースから同時に視線を貰ったクラインが静かに頷くのを見て、女将が帳簿に三人の名前を記入し、契約が成立した。

 取り敢えずこの先一週間分の宿を確保出来た三人は、一安心とばかりに胸を撫で下ろす。簡単に宿の説明を受け、鍵を預かり、教えられた部屋へと向かう。

 この宿は一階が食堂兼酒場になっていて、宿の部屋は二階にある。階段を上がって右手が個室、左手が大部屋だ。

 一番奥の部屋の扉を開けると、そう広くない室内には簡素な三段ベッドがドンと置かれている。他には小さな丸テーブル、三脚の簡易椅子が置かれ、荷物をしまえるクローゼットがついていた。トイレとシャワー室は別にあり共同になっている。


 部屋に入り少ない荷物を片付けるや否や、ベッドの争奪戦が始まった。

 狙い目は一番上だ。一番下と真ん中は高さが制限されている為窮屈だが、一番上は違う。三段ベッドだからそこまでと思うかもしれないが、下の二段よりは高さに若干余裕がある。順当にいけば一番身体の大きなクラインなのだろうが、そんな事に気を使う間柄では全くない。

 ここは公平にジャンケンで決める事になった。勝った者が一番上、最後に負け残った者が真ん中という事に決まった。

 この時点でログナは嫌な予感がしていた。ジャンケンは確かに公平なのだが、そういう時に勝てた試しが無いからだ。

 クラインはここぞという時に強いが、キースも何だかんだ良いところを持っていく奴だ。変な勘は当たるのになぁと溜め息を吐き出しつつ、ログナは「ジャーンケーン……」の掛け声と共に右手を差し出した。



「明日登録したら直ぐ依頼受けに行こうぜ!」


 上からのご機嫌なキースの声に、「そうだな」と下からクラインが応えた。


「残りが銀大貨一枚位だから、もし装備が傷んだりしたらあっという間に一文無しだ」


 冒険者を目指す彼らが使うのは、村で狩りをしていた頃に愛用していた得物だ。手に馴染むそれらが使いやすいからと手入れをしながら使い続けているが、今後いつまで使い続けられるかは分からない。壊れた場合は修理が必要だし、もしかしたら買い替えなければならない事態もあるかもしれない。その時にいくら必要になるかが分からない為、今ある銀貨はなるべく手をつけないでいたい。

 継続的に宿を確保する為にも、仕事は直ぐにでも始める必要があった。


「どんな依頼があるのか、楽しみだね」


 不安はもちろんある。が、それ以上に期待とワクワクが大きかった。

 三人で始めるこの冒険に何が待ち受けるのか、どんな迷宮にどんなボスが待っているのか、どんな宝が眠っているのか……想像するだけで楽しみだ。

 もっと興奮で眠れないかと思ったのに、長旅の疲れからか、久しぶりのベッドが快適だったのか、三人はあっという間に睡魔に襲われ、朝までしっかり爆睡したのだった。




 朝、村では太陽と共に起き出し行動していた彼らにとっては遅すぎる朝食を取り、ゆっくり朝の支度をすると宿を出る。

 昨日アドバイスしてくれた先輩冒険者の言うとおり、昼前頃を目掛けてギルドに行く事にし、通り道で武器屋や道具屋をチェックする事にした。

 太陽はすっかり昇り、空は晴天。冒険者デビューにはもってこいの天気だ。

 幸先が良いなと、機嫌よく歩き出すキースに続き、ログナとクラインもキョロキョロと周りを見ながら通りを歩く。傍から見ると田舎丸出しだったのだが、そんな事とはつゆ知らず。

 歩きながら見つけた目ぼしい店に寄り道していく。


 最初に入ったのは武器を扱う店だった。

 カウンターにいて剣の手入れをしていたのは、ガタイは良いもののこぢんまりした翁だ。三人よりも小さな体に筋肉ムキムキの腕や胸、顔の輪郭を隠すように生い茂った髭が何だかアンバランスだと思った。

 無愛想に告げられた「いらっしゃい」に、何となく頭を下げたログナが、カウンター横に無造作に置かれた弓に目を向ける。普段使っているのはロングソードだが、何故だかいやに美しい流線美を描く弓幹ゆがらに惹きつけられてしまった。

 キースもクラインも自分が普段使っている武器に見入っている。そのほとんどが派手さは無くシンプルな作りだったが、素人の自分達から見てもこの店に置かれているものが良い物だろうと思った。

 結局手持ちに余裕がない為に見るだけとなったが、流石は都会だ。良い店を見つけた。

 武器屋の側には防具を扱う店や、冒険者活動に欠かせない道具を扱う店もあったが、今は買える余裕が無いのに見たら欲しくなってしまうからと、入店は渋々諦めた。

 素材を扱う店は数が多すぎて何処が良いのかが分からず、これに関してはギルドに行って良い店を聞こうと言う話になった。


「そろそろギルドに行ってみようか」


 大分歩いたしゆっくり時間も使った。陽も高くなった事だし、良い時間になっただろうと、三人は今居た店から大通りへと出た。

 しかし、慣れない土地のせいか、この人混みのせいなのか。どちらからやって来て、どっちへ行くのだったか、方向が分からなくなってしまった。ただ大通りを中心に向かって行けばいいと聞いていただけだ。目印になるような建物も記憶していた訳では無かった。

 さて困ったなと、人混みに流されないよう通りの端に寄って辺りをぐるりと見回してみる。


「あの冒険者っぽい人達に聞いてみようか」


 そう言いながらログナが指し示したのは、通りの反対側にいる自分達よりも少し年上に見える男達だ。四人組のパーティだろうか。少々派手でガラが悪そうではあったが、冒険者なんて大抵見た目は粗悪そうだ。装備を身に纏っている事、各々が武器を携帯している事から、そう当たりをつけ彼らへと声を掛けた。


「すみません。冒険者ギルドを探しているのですが、どちらに行けばいいでしょうか」

「あ?」


 一番通路側にいた一人の男がログナを振り返る。二十代か三十代くらいだろうか。ガラの悪い鋭い目付きでログナを睨め付け、「あぁ、迷子か?」と下卑た笑みを浮かべてくる。後ろにいた彼の仲間らしき三人もニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 その物言いに思うところはあったが、未成年で身分証すら持たないログナに反論出来るものなどなく、道を聞くだけだからと心の中で言い聞かせながら返答を待った。


「ギルドならあっちだぜ、坊や」


 雑に示された先を確認し、目印になりそうな尖塔を認めると、礼を告げ踵を返す。と、呼び止められて再度振り返った。

 距離を詰めて来たガラの悪い男が、内緒話をするように顔を寄せて来る。


「すぐそこの路地に入ると近道だぜ。人も少ないし一本道だから迷わねぇ」

「……どうも」


 そんな声を落として言うことかと思ったが、わざわざ教えてくれたのだからと、少々不審には思ったが礼を告げて二人の元へ戻った。



 近道なら覚えておくに越した事は無いと進んだは良いものの、どういう訳だか迷っている。

 一本道だと言っていたのに分かれ道がいくつも存在した。尖塔を目印に進んではみたものの、路地はすでに不気味に薄暗く、さっきまでの喧騒も全く聞こえてこない。


「騙された!!」

「……みたいだな」


 苛立ちを露わにするキースに、クラインが静かに同意する。


「ごめん。聞く人間、間違えたな」


 ログナは責任を感じているのか、すっかり気落ちしている。まさかこんな形で出鼻を挫かれるなんて思ってもみなかった。

 村ではこんな風に貶められる事が無かったのだ。旅立って出会った冒険者も宿の女将も良い人達だったせいか油断した。

 改めて都会は恐ろしい所だと痛感する。


「ログナのせいじゃねぇだろ! あんの野郎共、今度あったらただじゃおかねぇ!!」

「やめろ。少なくともオレ達よりはランクも経験も上だ。関わるだけ無駄だろ」


 いつものように怒り心頭で感情を前面に出すキースを、クラインが冷静に嗜める。常と変わらない二人の様子に、ログナはクスリと笑みを零し、さてどうしたものかと先を見据えた。

 それにしても、なんだか気味の悪い場所だ。大きな都市の裏道はこんなにも異質な雰囲気なのかと、ログナの背筋がヒヤリと冷える。

 なんとなくだが、この先へ進まない方がいいような気がした。


「どうする? もう少し進んでみるか?」


 キースが先を見据えながら問うて来る。クラインがログナを振り返った。


「どう思う?」

「……いや、止めておいた方が良い気がする……」


 曖昧な返答だったが、それにクラインはすんなり頷いた。キースも反論は唱えない。


「じゃぁ戻る道探そうぜ」

「……良いのか? 時間ロスしちゃうけど……」

「こういう時のログナの勘は当たるからな。遠回りでも確実な方で行こう」


 確信がある訳では無い。本当に、言ってしまえばただの勘だ。それをなんの根拠も無く、当然のように信じてくれる二人の存在が、そんな信頼関係が、ログナには救いで同時に心強く誇らしかった。


「とは言っても、戻れるかどうかも怪しいけどなぁ」


 来た道を振り返ったキースが盛大に溜め息を吐きながら零す。

 誰かに道を聞こうにも、人の気配が無い。こんな場所でかち合う人間の言う事を、信用して良いのかと言う問題も生じてくる。

 初日から何という幸先の悪さだろうか。さてどうしたものかとログナが来た道を見据えた時だった。


 ———…… ———……


 小さく細い澄んだ音が聞こえた。

 どこから響いたのか分からず、きょろきょろと辺りを見回すログナを、急にどうしたのかと二人が不思議そうに見ている。


「どした?」

「今何か聞こえなかった?」

「いや。オレには何も」

「オレも」


 二人の耳には届かない何か。がしかし、ログナは確かに聞いた。


 ———…… ミー———……


 今度ははっきりと。頭に直接響くような音……声、だろうか。鳴き声のようにもとれる。

 やはり二人には聞こえていないようだった。

 来た道の方から聞こえた気がして、ログナはそちらへ足を向けた。


「おい、ログナ!」

「道が分かるのか?」

「いや、でもなんか……呼ばれた気がして……」


 目の前の分かれ道を右へと曲がった。


「「「!!」」」


 薄暗い道の真ん中、三人からは少し離れた場所に、真っ白な猫がこちらを向いてお座りしていた。精悍な顔つきの白猫は、暗い中に浮かび上がるように見え、長い尻尾を一度だけゆらりと動かすと、黄金色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。


「猫……だよな?」

「だと思うけど、でかくないか?」

「……」


 確かにたまに見かける野良よりも大分大きい。こんなに大きな都市に居るのだから、『猫』なのだろうが、『猫型』なら関わりたくない。

 キースとクラインは普通の人間が抱くような感想を持ったが、ログナは違った。

 その猫に対して違和感を持った。人と会った時とは違う、野生動物と遭遇した時とも違う、何と表現して良いのかも分からない違和感。

 この猫が持つオーラのような物なのか、それが普通では無いように感じられた。ただ、それが危険な物とも思えない。

 ログナが二人に何と説明したら良いものかと考えを巡らせていると、不意に猫が腰を上げた。武器を手にするまでもいかないが、反射的に身構える。

 すると、白猫はくるりと向きを変え、三人にお尻を向けると先へ向かって歩き出した。恐らくログナ達が通って来たであろう道だ。

 ログナは二人を振り返った。

 クラインは無言で頷き、キースはもうすでに好奇心で瞳をキラキラさせている。二人にはログナの言いたい事が分かったようだった。

 三人は一定の距離を保ったまま、その白猫の後を追ったのだった。


 先の角を曲がった猫を追い、駆け足で角へ向かった。猫の姿は消えていたが、少し先が明るく開けており、行き来する人の姿もチラチラ見えている。

 人通りの多い大通りに出られて、三人はようやく戻って来れたのだと胸を撫で下ろした。


「はぁ、どうなる事かと思ったぜ」

「……当分近道はよそう」

「そうだね」


 先程目印にしようと覚えた尖塔が近くなっていたようだったが、念のため側にあったカフェの店員にギルドの場所を確認する。

 目印の尖塔を目指して行けば大丈夫と教わり、三人は人の多さに改めて驚きながら中央広場を目指した。

 そして遂に目指していた冒険者ギルドへと辿り着いたのだった。



 少し離れた屋根の上には真っ白な猫の姿があった。

 三人がギルドを見つけたのを見届けるかのように、お座りの格好で広場を見下ろしている。

 三人が目的地の建物に向かって行くのを見ると、静かにその場を立ち、軽やかに屋根から屋根へと飛び移り、やがてその姿を消した。

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2024年7月10日 10:00
2024年7月20日 10:00
2024年7月30日 10:00

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