冒険者ギルドパビリオ支部所属特務遂行係支援補助員の弓術士
九日三誌
1—1
ここは剣と魔法が存在し、魔物が蔓延る
国王が治める国の一つに『オリペティア』がある。
ここには、身ひとつで
彼等を人は、畏怖や尊敬、ロマンや夢まで引っくるめて『冒険者』と呼んでいる。
オリペティアの王都『オリテナ』の隣に、『パビリオ』という比較的大きな都市がある。
王都が近い為流通も良く、物価も安定しており人口も多い。
オリテナに続く重要都市の一つである為、この街には全てのギルドの支部が置かれ、それらの横の繋がりが上手く機能している都市であると言えるだろう。
そんなギルドのうち、冒険者達の集う場所が『冒険者ギルド』だ。
パビリオの中心に程近い一等地に建物を構えるこのギルドには、他の都市の冒険者ギルドには無いある噂があった。
『新人冒険者の死亡率が極端に低いギルド』だと。
そして今日もまた、冒険者になるべく年若い青年達がパビリオの街を目指していた。
「おーい! 街が見えたぞ!!」
外から掛けられた待ちに待った台詞に、乗り合い馬車のホロの中でうとうとしていたログナがばっと顔を上げた。
同じくホロに寄り掛かって目を閉じていたクラインも顔を上げ、目が合うと二人で外へ顔を出す。
「うわぁ……」
「でけぇ……」
堅牢な石の壁のその奥には、初めて見る背の高い建物が幾つも見える。
茜色に染まりつつある空の淵を背景に、幾つもの尖塔がオレンジと青の中に生えるその情景に、二人はそれ以上の言葉を発する事も、口を閉じる事も忘れて見入っていた。
そんな二人の様子を、馬車の周りを囲み乗馬で並走していた男の一人が可笑しそうに笑う。
「そんな間抜け面してっと、田舎モンだとバレて直ぐカモにされんぞ」
「……そんな事言われても、なぁ?」
「こんなデカい街……見るのも初めてだ……」
二人は幼馴染で、ここから馬車で十日程離れたカタール村から出て来たばかりだ。
もう一人、こんなにガタガタ揺れる荷台でも熟睡出来る程肝の座った男、キースと三人で冒険者になる為、生まれ育った村を離れてここまでやって来た。
近隣の村を行き来していたくらいだった三人にとっては、乗り合い馬車での旅も、大きな都市を訪れる事も、こんな風に冒険者に護衛されての大移動も初めての経験だった。
五年程前、あることがきっかけで冒険者になろうと決意し、コツコツとお金を貯めて旅の軍資金にした。それでも三人合わせて銀大貨五枚分を集めるのがやっとだった。
小さな村の限られた仕事でお金を貯めるのは本当に大変だったけど、それだけの強い決意を持ってここまでやって来たのだ。
冒険者になれば、自分の強さ次第でいくらでも稼ぐ事が出来る。明日の生活の心配なんて必要なくなる。
名の通った冒険者なら一目置かれるし、自分のものに手を出される心配も無い。
何より自由だ。
どこへ行くにも、何をするにも、誰の目を気にする事なく、自分の意思だけで何でも出来る。
現にこの馬車に乗る事になって出会った護衛の冒険者パーティは、ここの国を拠点にする前は北の方の国で活動していたらしい。
この護衛任務が成功すればランクアップの申請が出来るのだと、楽しそうに話してくれた。
たった二日程の付き合いだったが、みんな気の良い人達ばかりだ。何より彼らの瞳はキラキラしている。
自分たちよりずっと年上の大の大人の男達が、瞳をキラキラさせて自分たちの冒険譚を嬉々として語るのだ。
そんなもの、もうワクワクするしかない。
そしてそんな大人達の少年のような冒険譚を、自分達よりひと回り以上歳の離れた、今まさに後輩になろうとしている青年達が、自分達以上に瞳を輝かせ、前のめりになって聞いてくるのだ。
そんなもの、語るしかないじゃないか。
そんな先輩冒険者の話を聞くうちに、登録するならパビリオの街が良いと教えてもらったのだ。
大きい街なら何でもありそうだからという理由で王都を目指していたログナ達だったが、そんな噂があるならと、行き先を変更してパビリオのギルドを目指す事となった。
長い入管審査の列に並び、ようやくというところで、ログナ達三人に待ったが掛かる。
「入管税……?」
「街に入るのに金がかかるのか?」
「何でだよ? オレやログナはまだだけど、クラインは成人の歳超えてんだ。保護者がいればいいんじゃねぇのか」
三人は同じ歳だが、誕生日を迎えていないログナとキースは十七。唯一十八に達していたのはクラインだけだ。
この国では十八を超えると成人とみなされる。少年だけでは街の行き来は制限されるが、成人した大人が同行している場合はその限りでは無い。
今まで往来のあった村ではそれが
商人でも冒険者でもなく、身元をはっきりと証明出来るものが無い三人には、入管税が掛かると言われてしまったのだ。
ただでさえ長時間の馬車旅によって痛い出費を余儀なくされていた三人には、正直辛い出費だったが、ここまで来て引き返すと言う選択肢などある筈もない。
閉門時間も迫っていた為、仕方なく一人銅大貨三枚、計九枚を支払い、ようやくパビリオの街へと足を踏み入れたのだった。
「お前らこれからどうすんだ?」
乗り合い馬車乗り場にて、任務完了の証書にサインを貰い終えた護衛の冒険者の一人が、ログナ達の元へとやって来た。何かと彼らに気を回してくれた大剣を携えた男だ。今回護衛の依頼についていたパーティのリーダーだった。
丁度それを話し合っていた三人は、当然とばかりに彼を振り返って瞳をキラキラと輝かせている。
「そりゃギルドっしょ!」
「手持ちも厳しくなって来たしな」
「早く冒険者登録したいですし」
待てを知らない調教前の大型犬のような彼らに、「そう言うと思ったよ」と冒険者は豪快に笑った。
「今から言っても時間外で開いてねぇよ。行くなら明日にしとけ」
その考えが全くなかった彼らはあからさまに気落ちしている。「ギルドは逃げねぇよ」と笑いながら、男は今後の動き方についてアドバイスをしてくれた。
「まず宿確保しとけ。しばらくはこの街が拠点になるだろうから、長期滞在出来るとこがいい。ギルドに行くなら朝一は止めとけ。野郎共でごった返すからおちおちしてらんねぇ。昼前くらいがいいだろうよ」
「あぁ、分かった」
「後はそうだな……大通りくらいは見ておけ。道具屋と武器屋、後は素材やなんかを扱ってる店がどこにあるかくらいは知っておいた方がいいだろうな。ま、ギルドでも聞きゃ教えてくれるがな」
「わーったよ」
「この通りを真っ直ぐ行ったところに『カエル亭』って安宿がある。金がねぇうちに寝泊まりすんなら良い宿だ。行ってみな」
「色々とありがとうございます」
「可愛い後輩に先輩風吹かせたくなっただけだ、気にすんな。同じ商売だ、お互い生きてりゃまた顔合わせる事もあんだろ。せいぜい頑張りな」
そう言って男は豪快に笑うと、仲間達と共に人混みへと消えて行った。
「とりあえず教えて貰った宿を探そうか?」
「そうだな」
「腹減ったし、屋台でなんか食いながら探そ!」
陽はすっかり落ち、空は藍色へと染まりつつある。
村にいた頃なら、そろそろ村人達が各々の家へと帰り、静かに夕食を囲む時間だ。それが終われば、内職に精を出し、あるいは狩り道具の手入れをし、蝋燭が勿体無いからと早々に寝る支度を始めるのだ。
ところがどうだろうか。
パビリオの大通りは、空が何色に染まろうとも人が絶える事は無く、更に活気に溢れている。何なら道端に出ている屋台は、何とも言えない良い匂いを漂わせながら、道ゆく人々の足を止め、店主の威勢の良い声があちこちから聞こえてくる。
三人はそんな人混みと喧騒に圧倒されながらも、好奇心旺盛で物怖じしないキースのお陰でようやく夕食にありつき、腹を満たした。
せっかく大きな街に来たのだからと、通りに出ている様々な屋台を見て回る。食事系の店が軒並み多かったが、中にはポーションらしき液体の入った小瓶を置いている店や、土産物なのか木彫りの魔物の像が並ぶ店、比較的安価な魔物素材で作られた耳飾りや首飾りなどの装飾品を扱う店など、珍しいものもたくさんある。
多岐に渡る露店の数々に、特にキースが感動と興奮と好奇心を抑え切れずに、立ち止まっては覗いてを繰り返している。心の底からこの状況を楽しんでいる幼馴染に、ログナもクラインも苦笑いしつつ、己の知的好奇心を満たしながら後をついて行くのだった。
そうしてたっぷり屋台を堪能し、ようやく先輩冒険者に教えて貰った宿へと向かった。
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