第7話 味方につける
俺の八歳の誕生日を祝うパーティーが終わった。
兄ニュートに妨害されかけ、ツィリシアに変な伯爵子息くんがまとわり付いたりなど面倒事は多かったが、総じて楽しいパーティーだった。
何よりも嬉しいのは、ツィリシアと仲良くなれたこと。
棚ぼた話ではあるが、彼女に魔法を教える——という口実のもと、二人きりでイチャイチャできる時間が作れる。
ちゃんと魔法の練習方法などは教えるが、少しくらい役得なことをしても許されるだろう。
そんなこんなで数日、ツィリシアから声をかけられることなく数日が経った。
俺は自室の机の上に顎を置き、項垂れている。
「ハァ~~~~……。いったい、いつになったら声がかかるんだ?」
俺はこんなにも心待ちにしているのに、いまだにツィリシアからの呼び出しはない。
向こうも忙しいとは思うが、たま~にでいいから絡んでほしい。
彼女の顔を見れれば嫌な気持ちも吹き飛ぶ。
「——スレイン様、いらっしゃいますか」
「ん? なんだ」
コンコン、と部屋の扉が控えめな力でノックされた。
聞こえてきた声はメイドのものだ。
返事を返すと扉が開かれる。
「失礼します。旦那様がスレイン様を客室に呼んでくるようにと」
「お父様が? 分かった、すぐに行く」
俺の言葉を聞いてメイドの女性は退室していった。
今の返答を父に伝えるために。
客室ってことは誰か来てるのか。
しっかりと服を着替えて俺は部屋を出た。
▼△▼
客室の扉をノックする。
「スレインかい?」
「はい、お父様。お呼びでしょうか」
「入りなさい。お客さんが来ている」
「失礼します」
誰かは知らないが部屋の扉を開ける。
中に入ると、俺は一瞬にして驚愕を浮かべた。
部屋の中にいたのは、——俺が知っている人物だ。
「こうして顔を合わせるのはお久しぶりですね、クローヴィス公子様」
「ひ……さしぶりですね、オライオン伯爵」
客室にいたのは、オライオン・レイン・フロスト伯爵。
由緒正しき名家フロスト伯爵家の現当主だ。
この男、実は原作に登場するヒロインの父親でもある。
まさかの繋がりに動揺を上手く隠せなかった。
幸いにも、相手は気付いた様子はない。
ひとまず父の隣に座り、話を伺う。
「急に呼び出してすみません。公子様にも訊ねたいことがありまして」
「訊ねたいこと、ですか」
「体が固まり、やがて緩やかに死んでいく——という病をご存じですか?」
「それは……!」
後に《石化》と呼ばれるようになる凶悪な病気のことだ。
そういえば原作の設定に、フロスト家の次女がその病に罹って命を落とした……みたいな記載があったような。
もしかしてそれか?
原作が始まった頃にはヒロインの妹は故人だった。
時系列的にはおかしくない。
「反応を見るかぎり知っているようですね。病例は少ないですが、さすがクローヴィス公子様です」
「いえ、詳しくは何も」
「そうですか……」
俺の返事を聞いて伯爵は目尻を下げた。視線も床に向く。
ショックを受けているようだ。無理もない。
石化状態は体の隅々まで行き渡る。
そこには当然、臓器なども含まれ、この病に侵された者は、最後には心臓が止まって死亡する。
治療薬が登場するのは五年以上は先の話。
ヒロインのルートを攻略中にその話が出てくる。
普通に探そうとしても確実に次女は死ぬだろう。
それが運命というものだ。
しかし、俺は石化を解除する方法を……治療薬のレシピを知っている。
なぜなら、ゲームで見たからだ。
けどヒロインの妹を助ける義理はない。
見捨てる必要も本来はないが、そのヒロインがなかなかの曲者で後々ツィリシアにとっての強敵になる。
ツィリシアのためには見捨てるのが吉——いや待った。
逆だ。
本来のシナリオ通りに進んでもヒロインはツィリシアの敵になる可能性が非常に高い。
俺が彼女を殺してでもツィリシアを守ってみせるが、どうせなら味方を作るのがもっとも賢い選択なのでは?
フロスト伯爵家の長女は役に立つ。
妹を俺が助ければ確実に恩を売れるはずだ。
そうなればフロスト伯爵家の後ろ盾が得られる。
見捨てるより遥かに都合がいい展開だ。
内心で自らの狡猾? さにほくそ笑む。答えは決まったな。
にやりと実際に笑ってフロスト伯爵に告げた。
「ただ、俺は石化を治すための薬の作り方を知っています」
「な、なんだって⁉ それは本当ですか⁉」
「どういうことだ、スレイン。いつの間にそんな情報を……」
「偶然どこかの書物で目にしただけですよ。どこで目にしたかは覚えてません。しかし、レシピは覚えています」
「教えてください! どうか、私にそのレシピを!」
がばっとフロスト伯爵が頭を下げた。まさに必死だな。
まあそりゃそうか。娘の命がかかってるわけだし。
「もちろん構いませんよ。フロスト伯爵のご息女が病を患ってしまったのでしょう?」
「な、なんでそれを……」
「話の内容から察しはつきます。フロスト伯爵とお父様は旧知の仲だ。息子である俺が力を貸すのは当然ですよ」
俺はメイドに頼んで紙とペンを持ってきてもらう。
その後、レシピの内容を詳しく記載して伯爵に渡した。
伯爵は涙を流しながら何度も頭を下げ、急いで馬車で自宅へと戻っていった。
あとは吉報を待つだけだな。
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【あとがき】
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