第5話 予期せぬことは連続で

 スレイン・ヴィア・クローヴィス。




 彼は不思議な男性だった。


 私がこれまで見てきたどの人とも違う。

 同い年には見えない知性を感じさせる瞳に、常人を遥かに超えた魔法の才能を併せ持つ。


 最初はただ「カッコいい人だなぁ」くらいの感想だったのに、気付けば目で追っていた。


 兄であるニュート様を下したその実力も、どこか自信を感じさせる表情も、全てが記憶に焼きついた。


 この感情はなんだろう。

 どう表現すればいいのか、私には分からない。


 ただ、かつて第一王子アシュトン殿下と顔を合わせた時にも似た感情を覚えた。


 違いがあるとしたら、アシュトン殿下との顔合わせの時よりも遥かに強い何かを——。




▼△▼




「ツィリシア嬢?」


「え?」


 俺に呼ばれてビクンと彼女の肩が跳ねた。


「ボーッとしていましたが大丈夫ですか?」


「あ……申し訳ありません。少々考え事をしていました」


「ならいいんですが……無理をしないでくださいね」


 目の前でツィリシアが倒れたら確実に俺も卒倒する自信がある。

 そうなったら軽い事件だ。


「心配していただきありがとうございます。ご覧の通り元気ですよ。スレイン様が魔法を教えてくれれば、さらに元気になるかもしれませんね。——なんて」


「分かりました。俺でよければぜひ」


「え?」


「え?」


 自分が失言をしたことに気付いたのは、彼女の反応を見た三秒後だった。


 ——いっけね⁉ ツィリシアが喜んでくれるならとファン心が出てしまった。


 どうにかして先ほどの失言をなかったことにしたいが、一度口から出た言葉を揉み消す手段を俺は持たない。


 それに、単純に本心でもあった。

 魔法を教えるということは、よりツィリシアの近くにいれるということ。

 彼女を守りやすくなる。


「ほ、本当によろしいのですか? 自分でも失礼な頼みごとをしているという自覚はあったんですが……」


「……か、構いません、とも。他でもないツィリシア嬢の頼みとあらば」


「! ありがとうございます、スレイン様!」


 ああ……ツィリシアの奴、太陽みたいな眩しい笑みを見せてくれちゃって……。


 その顔を見るためなら、俺は例え魔王になってもいいと思えてきた。

 やることは魔法を教える教師の真似事にすぎないが。


「すぐにでもお父様とお母様に伝えてきますね! 詳しい話は後ほどしましょう!」


「あ、ツィリシア嬢!」


 俺が止める間もなく彼女はソファから立ち上がると、そのまま部屋の扉を開けて出ていってしまった。


 実に行動の速いことで……。


「やっちまったかな?」


 静かになった部屋の中、天井を仰いでぽつりと零す。


 だが、不思議と嫌な気持ちはまったくなかった。

 これもツィリシアを救うために必要な行動だったと思うことにする。


 何より、ツィリシアが喜んでくれてよかった。

 彼女を育てることはハッピーエンドにも繋がるし、存外、利点しかない。


 しばらく彼女に何を教えるのか考えてから、俺もまたソファから立ち上がる。


 まだパーティーは終わってないし、トイレに行ってから戻るとしよう。




▼△▼




「……ん?」


 トイレを済ませてパーティー会場に戻る。


 すると、何やら大きな声が聞こえてきた。

 さらに近づいていくと、その声はより鮮明になる。




「いいではありませんか、ツィリシア様。伯爵子息の俺と婚約すれば地盤を固めることができますよ! 俺としても、ツィリシア様のことは昔からお美しいと思っていましたし!」


「い、いえ! そういうお話はちょっと……」


 あはは、とツィリシアは笑っているが、その笑みが引き攣っているように見える。


 どうやら俺がトイレに行っている間、ツィリシアに悪い虫が付いてしまったらしい。


 まあ彼女は絶世の美女だからな。

 悪役令嬢でありながらまさに深窓の令嬢。

 好きになる気持ちは痛いほど分かる。俺もそうだ。


 しかし、残念ながら伯爵子息くんの想いは叶わない。


 ツィリシアと婚約するのは第一王子アシュトン殿下だ。

 シナリオという名の運命でそう決まっている。


 今のところアシュトン殿下をどうやって矯正してやろうかと画策中だが……。


「なぜですか! ツィリシア様がアシュトン殿下と仲良くしていることは知っていますが、婚約者を正式には決めていないはず! そろそろだとしても、俺にだってチャンスが……」


「——それくらいにしたらどうだ」


「す、スレイン様?」


 ツィリシアの様子を見て、俺が彼らの話に割って入る。


 伯爵子息くんの勇気には敬意を表するが、それとこれとは話が別だ。


 俺の目が黒いうちはツィリシアに半端な男など近付けさせるものか。

 俺だって結婚したいのに‼


 内心で燃え滾るほどの嫉妬心を宿しながら、目を細めて伯爵子息を睨む。


 突然の乱入に伯爵子息くんは顔を青くした。

 「なんでスレイン様が⁉」という言葉を吞み込んでいるのは、表情を見れば分かる。


 俺としては大袈裟な事態にはしたくない。

 それに、今はパーティーの最中だ。なに、寛大な心で許してやろう。


 しかし伯爵子息くんは簡単には退かなかった。




「これは俺とツィリシア様の話です! どうか見逃してください、スレイン様!」




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【あとがき】

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