第4話 お願い

 ニュートとの決闘に勝利を収めた。


 野次馬たちからの歓声がしばらく鳴りやまない。それを心地よいBGM代わりに聞いていると、不意にこちらへ歩み寄る陰が視界の端に映った。


「——見事な試合だったぞ、スレイン」


「! お父様……見ていたんですか」


 俺の前に現れたのは、クローヴィス公爵家の現当主レグルスだ。


 整えられた髭を軽く撫でながら、満足げに笑みを作る。視線が足元に転がったニュートへ向いていた。


「ニュートには期待していたんだがな……お前に比べれば所詮は傍系の血か」


 原作だと父はニュートを後継者に指名していたはずだ。


 スレインが闇堕ちして姿を眩ましたからこその判断だろうが、それにしたって見限るのが早すぎる。


 さすが元祖悪役。ラスボスの父親なだけあるな。


「今後とも励むがいい。お前にはより期待している。それと……パーティーを存分に楽しめ。お前のための催しだ」


「ありがとうございます、お父様」


 ぺこりと頭を下げる。


 父は満足そうにその場から立ち去っていった。


「お疲れ様です、スレイン様」


「ツィリシア嬢。お恥ずかしい姿を見せましたね」


 父との話が終わると、早足でツィリシアが俺のそばに近付いた。


 相変わらずいい匂いがする。


「そんなことありません! 私と同じ八歳だというのにすでに魔法が使えるなんて凄いです! カッコよかったですよ、スレイン様」


「ッ」


 俺の全身に雷が奔った。


 これが喜びという感情。まるで生まれたてのようにぷるぷると体が震える。


 まずいと思った俺は、邸宅の壁に近付いて両手を突いた。ふぅ、と大きく息を吐き出し——ガツンッ‼


 思い切り頭を壁に打ちつける。


「す、スレイン様⁉」


「はは、申し訳ありません。ちょっと頭が痒かったもので」


「かけばいいのでは⁉」


「我が家では頭突きをするのが恒例でして」


「は、はぁ……そうなんですか」


「違います、イレーニア侯爵令嬢様」


 俺の背後に立ったメイドが、呆れた表情で口を挟む。


 即座に俺の頭の傷を確認していた。


「スレイン様、何度も言いますが頭を打ちつけるのはお止めください。深刻なダメージを負ったらどうするんですか」


「平気だ、俺の頭は頑丈だから」


「そういう問題ではありません。当主様からも注意するよう厳命されていますので」


「はいはい」


 血が出ていないことを確認すると、メイドはすっと距離を取って離れた。


 再び俺はツィリシアと向き合う。


「ツィリシア嬢、他の人たちは中に戻っている様子。我々もパーティーを楽しみましょうか」


「はい」


 太陽のような笑みを作ってツィリシアが素直に頷く。


 お互いに肩を並べて屋敷の中へ戻った。




▼△▼




「はぁ……疲れたな」


 パーティーが再開されて三時間。俺はひっそりと客室の一角でソファに背中を預けていた。


「どいつもこいつも群がってきて、ろくに休めない。俺はツィリシア以外に興味ねぇっての……」


 思い出すのは少し前の記憶。


 パーティー会場に戻ってからというものの、俺とニュートの試合を見た多くの貴族や子息、令嬢たちが我先にと話しかけてきた。


 おかげでなかなかツィリシアと話す時間も取れず、結果的に疲れてパーティーを抜け出した。


「まあ、ちょうどいい線引きではあったかな?」


 俺はあくまで悪役貴族。ツィリシアの幸せを願っていても、彼女と結婚できるわけもない。その役目は王太子のものだ。


 最初はあのクソ野郎にツィリシアはやらん! と息巻いていたが、王太子の欠点さえ矯正できればもしかするとツィリシアは幸せになれるかもしれない。そう思うようにもなってきた。


 まだ納得はしていないが、ツィリシアの気持ちを無理やり捻じ曲げるわけにもいかない。それに、彼女の家と王族が結び付くのも悪いことじゃない。


 何より、優先されるべきはツィリシアの気持ちだ。この世界でも彼女が王太子に惚れたと言うなら、俺は全力でサポートするしかないだろう。


 それでも王太子が原作通りのクソ野郎になった場合は、無理やりにでも引き裂いてやるがな。


 内心で改めて決意を固めていると、唐突に部屋の扉がノックされた。


「はい」


「ツィリシアです。スレイン様がここにいると聞いて来ました。入ってもいいでしょうか?」


「つ、ツィリシア嬢⁉ どうぞ……」


 なぜ彼女がここに?


 まさか俺を追いかけてきて⁉ ……なんて勘違いは痛々しいからやめておこう。


 なんとかキリっとした表情を保つ。


 扉を開けてツィリシアが部屋に入ってきた。


「急にすみません、スレイン様。お話があってスレイン様を探していました」


「話?」


「先ほどのニュート様との一戦を見て、ぜひスレイン様に頼みたいことが……」


「なんでしょうか。ツィリシア嬢の頼みでしたら、なるべく叶えて差し上げたいのですが」


 これは本心だ。俺は彼女のためなら国だって征服したくなる。


 正直、「お願い(はーと)」と言われたらもう俺はただの下僕だ。ツィリシア様に全てを献上しますとも。


「ありがとうございます! お金でも宝石でも、スレイン様が望む物を必ず用意します。ですから……どうか、——私に魔法を教えていただけませんか?」


「ま、魔法?」


 ドキッとした。心臓が強く跳ねた。嫌な汗が出てくる。


 俺がこんなにも動揺しているのには理由がある。それは、——設定の変化。


 本来、彼女が魔法を教えてくれと頼むのは俺じゃない。彼女が恋焦がれた唯一の男性……王太子に、魔法を教えてくれと頼むはずだ。




 これはどういう変化だろう……。


 俺は思わず生唾を飲み込んだ。即答できずに固まる。

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