第3話 愛の力
ニュート・ヴィア・クローヴィス。
クローヴィス公爵家の傍系に当たる人物で、年齢はたしか今年で十歳。俺より年上だな。
「ニュート兄さん。なんの用」
露骨に「話したくなかった」という雰囲気を出しながら返事をする。ニュートは俺が自分のことを嫌っていると分かっているのか、笑みを変えずに答えた。
「おいおい、そんな怖い顔で睨むなよ。血の繋がった兄だぞ?」
「用件は」
「……チッ。冗談の通じない奴だな。何度も言うが、俺もツィリシア嬢と話がしたいんだ。いいだろ?」
「よくない。全然よくない」
「なんでお前が決めるんだ」
「俺だからだ」
堂々と胸を張って答える。
言っとくが俺はツィリシアに関してはこの世界の誰よりも詳しい自信がある。前世でゲームをプレイしていたからな。もはや父親と言っても過言じゃない(過言である)。
「意味分からねぇ……お前、そんなこと言うタイプだったか?」
「最近変わったんだ。というか、用件がそれだけならさっさとどっか行け。俺はツィリシア嬢と忙しいんだ」
ニュートと話をしたことで少しは落ち着いてきた。今なら彼女と楽しく談笑できるかもしれない。だから消えろ。
「冷たい奴だぜ。せっかくパーティーに出席してやったっていうのに」
「頼んでない」
何が出席してやっただ。ニュートの性格もまた俺が一番よく知っている。
コイツはクズ野郎だ。傍系のくせに本家を乗っ取ろうとしてやがる。自分の才能を信じて疑っていないのだ。ゆえに直系の俺にも生意気な口が利ける。
「まあそう言うなよ。久しぶりに顔を合わせたんだ、恒例の手合わせでもしないか?」
「手合わせ?」
「クローヴィス公爵家は代々優秀な魔法使いを輩出してきた。お前も魔法が使えるんだろ? 稀代の天才とか呼ばれてるってお父様が言ってたぜ」
「稀代の天才ねぇ」
俺は一度も自分でそんな風に名乗ったことはない。両親が勝手に吹聴したのだろう。
噂になる分には問題ないと思っていたが、稀代の天才という部分がニュートの癪に障ったのか、こちらを見つめるニュートの瞳にはメラメラと嫉妬の炎が宿っていた。
なるほど。これが本題か。
わざわざパーティーに来といて喧嘩を売るとは暇な奴だな。別にコイツに力や才能を証明してやる義理はない。例えニュートに弱く見られようと、当主の座にさして興味がない俺からすれば……いや待て。
そこまで考えてちらりと隣へ視線を送る。俺の視線の先には、会話を聞いていたツィリシアの姿がある。
——まずい。非常にまずい。
俺は別にニュートに負けようが馬鹿にされようが興味はなかったが、ツィリシアに弱者のレッテルを貼られるのは嫌だ。何より、ツィリシアの前でカッコ悪い姿など見せられるか!
最初は断ろうと思ったが、すぐに訂正する。俺はにやりと笑って言った。
「いいよ、兄さんのプライドをへし折ってあげる。伸びた鼻も折れれば少しは謙虚になるだろ?」
「す、スレイン……!」
ビキビキ、と俺の挑発に顔を赤くするニュート。
ストレスへの耐性がないな。怒れば怒るほど戦いでは不利になるというのに。
「おい聞いたか? クローヴィス家の子供たちが魔法勝負をするらしいぞ」
「パーティーの最中だっていうのにな! 面白い!」
ざわざわと俺たちの会話を聞いていた外部の人間が、周りに決闘のことを吹聴していく。あっという間に話はパーティー会場全体に広がった。
俺の価値観ではパーティーの最中に暴れる人間など言語道断だが、この世界では割と好まれるらしい。どいつもこいつも興味津々って面で俺たちを見つめる。
たくさんの視線に晒されながら、俺とニュートは中庭のほうへと向かった。
▼△▼
ぞろぞろと十数名ほどの野次馬を引き連れて、俺とニュートは公爵邸の中庭に足を踏み入れた。
「ここなら充分にスペースがある。あまり派手にやりすぎると怒られるけど、まあ程々に頑張ろう」
「その生意気な口、すぐに叩けなくしてやるよ!」
早速、俺の目の前に立ったニュートは右手をかざして魔力を練り上げる。
魔法とは魔力を性質変化させたものだ。この世界には主に六つの属性があり、それを基本に魔法は行使される。
ニュートは自らの髪と同じ朱色の炎を右手の平に顕現させた。ボウボウと勢いがいい。
「へぇ……さすがにやるじゃん」
十歳にしては、な。
「ははっ! 今さら頭を下げても許してやらねぇぞ! 痛い目に遭えばお前のムカつく性格も直るだろ!」
そう言ってニュートは、掌に構築した炎の魔法を球体に変えて放り投げた。当然、その先には俺がいる。
狙いは正確。というより、棒立ちしてる相手に当たらないほうが難しい。
俺は迫る炎の球を見つめながら、ニュートの真似をして右手を前に突き出した。炎が右手に触れる——直前、ズズズ、と闇が現れる。
「なっ⁉」
俺の掌から発生した漆黒は、そのままニュートが放った魔法とぶつかって炎を呑み込んだ。
これこそがスレインの適性魔法『闇属性』。
闇はあらゆる属性を呑み込む吸収や、あらゆる物体を破壊する崩壊の力を持つ。
実にラスボスにピッタリな能力だな。見栄えも悪くない。
「おまっ、今、どうやって……魔法を、使ったのか?」
「見たまんまだよ。お前の魔法は俺の魔法に打ち負けた。残念だったな」
にやり、とニュートに笑いかける。ニュートの顔が真っ赤になった。
「スレイン様が魔法を使われたぞ……」
「まだ八歳だというのにもう魔法が使えるのか⁉」
「最年少じゃないか? しかも、天才と名高いニュート様の魔法を呑み込んだように見えたが……」
「そもそもアレは闇属性の魔法だろ? 希少属性じゃないか」
「うん百年ぶりの闇属性魔法の適性者! 素晴らしい! クローヴィス公爵家は安泰だな!」
俺の魔法を見た野次馬たちが次から次へと称賛と困惑の言葉を漏らしていく。それが余計にニュートのプライドを傷つけた。
「て、テメェ! 本当に魔法が使えるだと⁉」
「そう聞いたんじゃないのか?」
「うるせぇ! 俺をコケにしやがって……許さねぇぞ!」
ゴオッ!
更にニュートは魔力を練り上げて魔法を発動させた。さっきより威力が上がっている。
本気で俺を殺そうとしていた。手加減なんてそこにはない。
——だが、馬鹿だな。
魔法というのは魔力の消費量が増えれば増えるほど発動まで時間がかかる。その隙を狙うのが一般的な魔法使いの常識だ。
もちろん俺もその隙を突く。
魔力を性質変化させずに体内に巡らせる。これは無属性の身体強化。魔法を使う者なら真っ先に覚える基礎中の基礎だ。
これを使い、俺は地面を蹴ってニュートに肉薄した。
「しまっ⁉」
無防備な状態を狙われ焦るニュート。けれどもう防御は間に合わない。
魔法を解除して攻撃をガードするより先に、俺の拳がニュートの腹部を深く抉った。
「お、えっ……」
ニュートの呻き声が漏れ、あまりの痛みに膝を突く。
俺は苦しそうに涎を垂らしながら倒れるニュートを見下ろした。
「ガッカリだよ、兄さん」
「お、まえ……どう、やって……」
「どうやってそんなに強くなれたのか?」
愚問だな。答えは一つに決まっている。
不敵な笑みを作り、俺は小刻みに震えるニュートへ言った。
「愛の力さ」
その言葉を最後に、ニュートは叫ぶ暇すらなく意識を失った。
ぱたり、とニュートの全身が地面に伏し、それを見た野次馬たちが一斉に歓声と拍手を上げる。
その中には、俺の愛するツィリシアの姿もあった。
———————————
【あとがき】
愛のために倒される兄ッッッ!
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