第2話 悪役令嬢
前世で平凡な日本生まれのサラリーマンだった俺は、その記憶を思い出した。そして、思い出すと同時に一つの事実を知る。
乙女ゲー『光のステラ』に登場するラスボス的存在、悪役貴族のスレイン・ヴィア・クローヴィスに転生していることを。
スレインは人間性以外は完璧なキャラクターだ。唯一の欠点である人間性は、残りの長所を全て注ぎ込んでも相殺できないくらいクソだが、中身が平凡なサラリーマン兼ゲームファンなら話は異なる。
今の俺はスレインであってスレインではない。自ら望んで悪役らしく振舞う必要はないのだ。
とはいえ、前世で推しだったツィリシア・ミル・イレーニア侯爵令嬢を救うためには、ある程度悪役らしくするとしよう。変にシナリオに変化が生まれても困る。
あくまでプチ悪役っぽく、それでいてツィリシアをハッピーエンドに導く。
それが今の俺の最終目標だ。個人的には癪だが、彼女が望むなら攻略対象キャラの一人、王太子と結ばせてあげたい。
そのためには何事も力だ。
この世界には『魔法』と呼ばれるファンタジー世界特有の異能がある。乙女ゲー……恋愛シミュレーションゲームのくせに戦闘要素が結構多い。だから、悪役だとしても戦闘能力を磨くのは大事だ。
理由その1。万が一にでもツィリシアがバッドエンドに向かった場合、パワーがあれば物理的に守れる。
理由その2。自分の破滅エンドをパワーで回避できるかもしれない。
理由その3。強い人間はモテるのが異世界の常識だ。ぶっちゃけツィリシアにカッコいいとか言われたい。
王太子がツィリシアの興味を引いたのも、容姿や出会いを除けば実力の高さだ。少しくらい良い思いをしても許されるだろう? だって俺は悪役だもの。
「そうと決まれば、一日も一分も一秒も無駄にはできないな」
つい先ほどまで自室の壁に頭突きをお見舞いし、逆にカウンターで意識を刈り取られていたが、メイドの甲斐甲斐しいお世話のおかげで治った。
包帯は巻いてあるし、意識もハッキリしてる。ぎゃーぎゃー騒いでた両親とメイドもひたすら「大丈夫」と言い続けてからはどこかへ消えたし、俺は早速特訓を始めることにした。
まずは魔法を学ぶ。そもそもこの世界の設定は恋愛がメインということもあって若干ふわふわしている。子供がいつ頃から魔法が使えるのかとかそういう情報がない。
なので、前世の記憶を思い出す五年間、スレインとして生きた記憶を漁り、おそらく五歳児でも理論上は魔法が使えるだろうと仮定し、部屋に置いてあった魔法に関する本を片っ端から読み出した。
なんで五歳児の部屋に魔法に関する本があるんだろうな。俺も見つけた時は首を傾げた。
けどまあ状況的にはありがたい。次々にページを捲って知識を吸収していく。
ラッキーだったのはスレインのスペックの高さだ。すいすい情報を取りこみ、記憶力も高い。おかげで時短になる。
「ふむふむ、なるほどなるほど。魔法は基本的に適性の属性を育てるのがいいっぽいな。適性ないのはどれだけ頑張っても成長が見込めないと」
思えばゲームのキャラクターたちも一つの属性くらいしか使ってなかった気がする。これが理由か。
「スレインの適性属性は希少属性と言われる『闇』だったよな? 陰湿なデバフとか使ってきたけど、実際にはどんな魔法なんだ?」
魔法属性に関する本も読む。
それによると、闇属性は吸収や崩壊、対象に直接作用する弱体化などが使えるらしい。もう一つの希少属性である光よりも強力な魔法が多いとかなんとか。
見たかぎりはチートっぽいな。事実、スレインは原作でラスボス的ポジションにいた。クソ強かった。
ならば幼少期から死ぬ気で訓練を積めば、あのチート級の強さを誇る原作スレインより強くなれるのでは?
思い立ったが吉日。パタン、と本を閉じて魔力を操るという基礎練習から取り掛かる。
俺の推し活——に向けた修行の日々が始まった。
▼△▼
ツィリシア・ミル・イレーニアを守るため、自分の破滅フラグを回避するための特訓を開始して早三年。
当時五歳だった俺はもう八歳になった。
その三年間、文字通り血反吐を吐きながら頑張った。
おかげで俺は、すでに現役魔法使いに並ぶほどの魔力総量を誇り、闇属性の魔法を自在に操れるようになっている。
まあ、自在と言えどもさすがに現役の魔法使いに正面からぶつかって勝てるかどうかは不明だが、少なくとも同年代の子供たちよりは遥かに強くなったという自負がある。
修行しながらも周りの成長速度を測ることも怠っていなかった。
このまま歩みを止めないかぎり、俺の成長は止まらない。ツィリシアを物理的にあらゆる脅威から救うこともできるはずだ。だってラスボスだもん。
そんなこんなで八歳の誕生日。
我がクローヴィス公爵邸に何人もの親戚や両親の知り合いたちが集まっていた。
わざわざ俺の誕生日を大々的に祝ってくれるのは、すでに両親がある程度俺の才能を把握しているからだ。
稀代の天才とか他の人にも言ってるらしい。親馬鹿すぎて逆に恥ずかしいが、目立つのは悪いことじゃない。ツィリシアが俺の存在に気付いてくれるかもしれない。
……そう思っていたら、誕生日パーティーに彼女が来た。
「こんにちは、クローヴィス公子様。本日は公子様の誕生日パーティーにお招きいただき、まことにありがとうございます」
ぺこりと恭しく頭を下げたのは、絹のように美しくも滑らかな白い髪を腰まで伸ばした絶世の美少女ツィリシア。
どうやら両親が呼んだらしい。俺と同い年の八歳とは思えぬ美貌だ。子供らしさの中に侯爵令嬢としての気品が組み合わさり、端的に言って脳がバグる。
ああ可愛いな。いい匂いがする。清楚の妖精かな? 笑顔がよく似合う。髪を食べたい。綺麗な唇だ。顔が整いすぎててワロタ。直視できねぇ。
——などと内心で彼女への想いが爆発するが、スレインの鋼の精神がどうにか肉体を冷静な状態でキープする。
にこりと笑みを返し、内なる俺を隠して貴族子息らしい挨拶を返した。
「これはこれは、ツィリシア嬢。本日も雪の妖精の如き美しさですね。思わず見惚れてしまいました」
「ふふ、クローヴィス公子様にそう言っていただけるなんて嬉しいですわ」
「どうか俺のことはスレインと。同い年なのにあまり堅苦しくてはいけません」
「い、いいのでしょうか? 馴れ馴れしくは……」
「もちろんですよ。個人的にツィリシア嬢とは仲良くしたいですからね」
「まあ、スレイン様……」
ぽっ、と頬を赤らめるツィリシア。
子供らしく惚れやすい年頃なのかな? 俺の記憶が正しければ、すでに一度は王太子の野郎と顔を合わせてるはず。その上でこの反応は……いけるっ!
なんて冗談っぽく自らの緊張を解してみたが、全然心臓がうるさくて笑えねぇ。
どうしたものかと笑みを固めたまま困っていると、そこへもう一人の来訪者が近付いてきた。
偶然にも、そいつの顔も覚えがある。
あのふてぶてしい豚みたいな顔は、俺の異母兄弟の一人、厳密には兄の一人だった。
つかつかと靴音を鳴らしながら近付いてきた豚野郎は、尊大な態度で口を開いた。
「よう、スレイン。我が弟よ。ツィリシア嬢と楽しく談笑しているのか? よかったら俺も混ぜてくれよ」
ニヤニヤと口元に刻まれた醜悪な笑みが、俺の堪忍袋を切ろうとする。
テメェ、この野郎。確かに困ってはいたがお前はお呼びじゃねぇよ。俺のツィリシアに話しかけんな(俺のではない)。
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