転生した悪役貴族の〝推し活〟~前世で好きだった悪役令嬢のために最強になった件。彼女のためにあらゆる破滅フラグをへし折ります~

反面教師@5シリーズ書籍化予定!

第1話 悪役転生

 最近、夢を見る。


 夢の内容は見知らぬ世界に関するものだった。


 そこは俺が知る世界より遥かに文明が発達しており、紙を使わずとも遠くの人間と文字でやり取りができる。水を簡単にお湯に変えられる。一生の内では遊び尽くせないほどの娯楽に満ちている。


 何より不思議だったのは、夢にも関わらず俺がその世界を知っていたこと。


 地球と呼ばれる世界で、見慣れた景色は東京都。コンクリートで造られた建物が無造作に並び、空を突く勢いで伸びるビル群の下には、様々な服装に身を包んだ老若男女がアリのように列を成して歩いている。


 周囲を駆け抜けていく馬より速い鉄の塊を視界に収めながら、俺は何度も呆然とその世界を眺めていた。


 チカチカと点滅を繰り返す信号機。羽ばたく鳥に人の声。そして最後には……いつも決まって目覚める合図がやって来る。


 その日も同じ光景が飛び込んできた。耳をつんざく程のクラクションに、スローモーションで迫るトラック。轟音を響かせ、辛うじて急ブレーキの音が聞こえてくるが——。




「……朝、か」


 ぱちりと瞼を開けると、先ほどまでの光景が嘘のように消え去っていた。これまた見覚えのある天井が映り、むくりと上半身を起こす。


 俺が眠っていたのはベッドの上だ。一人用にしてはやけに大きい豪奢なベッド。


 掛け布団を退かし、そこから降りるとグッと背筋を伸ばして眠気を吹き飛ばす。


 とたとたと足音を鳴らしながら部屋の窓辺に近付き、そこから見える景色を眺めながら小さく呟いた。


「まさかこんなタイミングでを思い出すとはね」


 それは先ほどまで見ていた夢の内容に起因する。


 今までなんとなく覚えがある程度の認識だったが、今日見た夢の内容はいつもよりリアルでいつも以上の情報を得られた。


 毎度のように夢の内容をハッキリと記憶していたことも不思議だったが、その理由がようやく判明した。


 あれは夢じゃない。俺が今の人生を歩むより遥か昔、こことは違う世界で生きた前世の記憶だ。


 要するに、夢に出ていた情報は全て俺が歩んだ記録。最後のトラックはそのまま自分の死を意味していた。


「そうか、俺は死んだのか。あんなにあっさりと……」


 認めてしまえば素直に納得できる話ではあった。だが、夢を前世の記憶として処理できた今は複雑な気持ちを抱いている。


 死んだことが悲しい?


 否。


 五歳の誕生日の日に思い出したのが辛い?


 否。


 思い出せて嬉しい?


 否。


 どう表現していいのか分からないが、とにかく現状の情報を整理すると——俺は前世の記憶を思い出した挙句、ここが生前プレイしていた


 何を言ってるのか理解できないと思うが、安心してほしい。俺もこう見えてめちゃくちゃ動揺してる。


 というのも、そのゲームというのが恋愛シミュレーションゲーム『光のステラ』。


 プレイヤーは底辺貴族の令嬢として生まれたヒロインを操作し、様々な困難を乗り越えて攻略対象キャラクターたちと幸せになる……いわゆる『乙女ゲー』というやつだ。


 男の俺がなぜ乙女ゲーをプレイしていたのか、きっと謎に思う人もいるだろう。先に言っておくと俺は別に前世で女性だったわけじゃない。今も昔も男だ。


 では男にも関わらず乙女ゲーをプレイしていた理由。単純だ。血の繋がった姉に「オススメだからやれ」と無理やりプレイさせられた。布教の一環だろう。


 男に乙女ゲーやらせて何を布教するのかサッパリ理解できないが、ファンタジー要素の強い光のステラは普通に神ゲーだった。一度プレイするとその沼から抜け出すことはできない。


 まあ、俺は別にヒロインや攻略対象キャラ——野郎共に惚れていたわけじゃないがな。


 俺が惚れたのは光のステラに登場する悪役令嬢ツィリシア・ミル・イレーニア侯爵令嬢だ。


 彼女は侯爵家の令嬢として恵まれた環境に身を置き、両親からそれはもう砂糖ドバドバに甘やかされた。


 外見は深窓の令嬢と言えるほど清楚なのに、そのせいでかなりのワガママ令嬢になるくらいには。


 だが、彼女の想いは真摯だった。本気で王太子に惚れ、本気で王太子のために行動し、結果的に全てが空回って破滅する。


 そんなどこまでも純粋愚直な彼女に俺は自然と惚れてしまった。


 しかし、一番動揺した点は推しと同じ世界に転生したことでもない。一番の理由は……。




「俺が、悪役貴族に転生したってこと……だよな」




 ぽつりと呟き、自分の姿を部屋に置いてあった鏡に映す。


 まだ五歳児だから顔付きは子供らしいが、幼少期からでも感じるイケメンオーラ。異世界では特徴的な黒い髪。血のように赤い瞳。もうあと十年すると立派な悪役っぽい外見になるだろう。この姿に俺は見覚えがあった。


 ——スレイン・ヴィア・クローヴィス。


 光のステラに登場するお邪魔キャラの一人。中でも全シナリオにてヒロインたちの前に立ち塞がるラスボス。


 人間性以外は全て持ち合わせた脅威の天才。


 別にヒロインを選ばなくても、攻略対象キャラに嫉妬しなくてもイケメンで金持ち、なんでもできるというのに闇堕ちする馬鹿だ。


 そんな馬鹿に俺は転生してしまった。


「はは……我ながら乾いた声しか出てこないな」


 おそらくこのままスレインらしく生きれば俺は確実に破滅する。スレインの最後はどのルートも共通して死。十代で死ぬとか酷すぎる。


 前世でも二十代半ばで死んでしまった俺は、待ち受ける悲運を素直に受け入れることはできない。


 当然ながら抗うことを決意する。反面、一つの希望を異世界転生に見出した。


「最悪だ。けど……これはチャンスでもある」


 生前はただヒロインを操るだけのプレイヤーにすぎなかったが、今は物語に介入できるキャラクターになった。


 つまり。


「俺が、彼女を——ツィリシアを助けることができるかもしれない。自分を救い、彼女を救って……」


 ……救ってどうする? その先に何がある?


 よくある展開なら結婚だ。俺は白馬の王子様としてツィリシアに惚れられ、彼女を最後まで守るためにその手を取る。


 が、


「うおおおおおおお⁉」


 ガンガンガン‼


 目の前にあった壁に全力で頭を打ちつけた。激痛が頭の中を駆け回るが、それすら無視して俺は自らの抱いた激情をぶつける。


「俺は何を言ってるんだ⁉ ファンが推しと結婚できるわけないだろ!」


 百歩譲って便利な護衛役だ。ああ結婚してぇ。


 ダメだ。頭がクラクラする。鏡に映った俺の顔は血塗れだし、ツィリシアとは結婚したいしどうすればいいのか分からない。


 よろよろと後ろに倒れた俺。そこへ、部屋の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは若いメイドである。


 俺を見た瞬間、血相を変えて叫んだ。


「す、スレイン様ぁ⁉ いったい何をしたんですか⁉」


 あ、さっきの頭突きか。これは見た目こそ派手に見えるが頭部の傷なんてそんなもんだ。慌てるほどのことじゃない。


「平気だよ。ちょっと頭を切って結婚したいだけだ」


「スレイン様⁉ 意味が分かりません」


「とにかく、俺は婚約のための計画を立てる。しばらく外で大人しくしていろ」


 その言葉を最後に、俺は倒れた。メイドの絶叫が聞こえてくるが、どんどん意識は遠ざかっていき……。




 ああ……ツィリシア。俺が、必ず君を守ってやる……。




———————————

【あとがき】

反面教師の新作です!

推しのためなら何でもやる、そんな主人公の無双コメディ⁉


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