第74話 ピンポイント・アタック

九州地方から攻め入った中国、北海道から攻め入ったロシア。


そして、漁夫の利を狙うような形で軍隊を差し向けてきたアメリカ。


第三次世界大戦は、2022年8月6日……。


奇しくも、二回目の大戦の時に原爆が落ちた日に始まった。


……そして、日本でのそれは、その日のうちに終わった。


後年、この戦争は『一日戦争』と呼ばれ、日本の冒険者の圧倒的な武力を世界中に知らしめた……。




何故、一日で全てが終わったのか?


簡単である。


素手で戦艦を殴り飛ばし、要塞よりも堅牢で、戦闘機を超える速度で動き、爆撃機をはるかに超える攻撃能力を持つ冒険者が。


あらゆる兵器兵員を蹴散らしながら敵国の国会議事堂に直接乗り込み、国家指導者に降伏を直接迫ったからだ。


その時の様子を見ていこう。




2022/8/6 13:12


『……以上をもって、日本国への宣戦布告とする!』


ロシア大統領、プチロフが宣言した。


『なお、日本国には既に、我が軍の精強なる海軍が向かっている。電撃的な攻撃により、北海道の日本人民を狂乱の日本政府から救出し、その後北海道を橋頭堡として……』


『だ、大統領閣下ぁ!』


『今はテレビの前で演説している最中なのだぞ?下らない報告なら……!』


『対日制圧艦隊、全滅です!!!』


『……は?何、を……、何を言っている?!!!』


その瞬間、クレムリンの壁が爆ぜる。


『う、おおおっ?!!』


元特殊部隊出身のプチロフ大統領は、咄嗟に転がり、デスクの下に隠れた。


報告に来た部下は、壁の爆発に巻き込まれて重傷だ。


『な、なんだ……、何が起きている?!』


昔とった杵柄か、懐に忍ばせているハンドガンを構えながら立ち上がるプチロフ。


そして、そんなプチロフが見たものは……。


赤い、人型の、龍だった。


「全く……、降伏なんざさせずに、大陸ごと消しちまえば良いのにな……。時城のジジイも案外甘いと言うか……、いや、これも政治とやらなのかね?なあ、どう思う、あんた?」


日本語、しかし、脳に響く声は何故か意味が理解できる。


テレパシー、のように。


『ズメウ……?!』


ズメウとは、ルーマニアの民話に伝わる龍人だ。


醜く恐ろしい、人喰いの化け物だ。


赤い龍人は、日本の鎧武者の姿をし、刀を持っていたので、日本由来の存在であると理解できる。


赤い燐光を発する刀の、刃の軌跡が、まだ明るい昼間なのに、嫌に目に残る。


「さて、挨拶は要らんな?こちらからの要請は一つ。ロシアの無条件降伏だ」


『な、何を』


「時城のジジイに感謝した方が良いぞ、あんた?あのジジイ、この期に及んで外交やらなんやらと言って、俺達に民間人の虐殺を禁じてるからな。俺も、ここに来るまでに戦艦を潰したくらいで、民間人は殺してないんだ」


全く、御影流なのにな、などと言いながら、手慰みに刀を弄る龍人。


プチロフは気づいた。


『我が国の、艦隊を……、全滅させた、のか?』


「ん……、ああ、全滅ではないな」


『では』


「全滅とは、現代の軍事では兵員の三割の損害を受けたことを指す。俺がやったのは皆殺し、つまりは殲滅したと言えば伝わるか?」


『そんな馬鹿な!』


信じられる話ではない。


対日制圧艦隊が日本海の北海道付近に到着したと連絡があったのがつい十分前。


それが、二分で全滅して、その後、六千キロメートル以上離れたこのモスクワに来た?


物理的にあり得ない。


どんな兵器をもってしても二分で艦隊を殲滅することはできないし、どんな乗り物を持ってしても数秒で六千キロは移動できない。


だが、冒険者だ。


世界一の冒険者なのだ。


軽く爪を振るえば戦車が輪切りになり、魔法を使えば大陸を更地にする。その気になれば空間をも切断し、論理上破壊されないものを概念的に破壊する奥義すらを持つ魔人。


そして、魔力を放射する『超速飛行』は、空気抵抗も大気摩擦も全てを無視して、秒速数百キロで空を駆け抜ける。


それが、世界一の冒険者の力だ。


「ふむ、そうだろうな。ところであんた、日本についてどれくらい知ってる?」


『何の話だ』


「日本では昔、殺した武士の司令官の首を切り取って、武勇を示したんだよ。これを首級と呼んだんだが……」


プチロフ大統領の目の前に、何かが転がり落ちる。


「俺もやってみた」


『あ……?あああ、ああ……!!!!』


対日制圧艦隊の司令官、海軍の将官達の……、首だ。


「大統領だったか?俺もこんなナリをしちゃいるが人間でな、一応、女子供を進んで斬りたくはないんだよ。頼むよ、大統領。無駄に殺しをさせんでくれ」


一応、下手に出た赤い龍人。


態度は、見るからに、「そうしろと指示されたからやっています」と言わんばかり。


つまるところ傲慢、心の底ではとっとと皆殺しにしたいと思っている、そういう悪意が滲み出ていた。


『ふ、ふざけるな!ここで私を殺しても無駄だ!貴様らのような蛮族国家には従わんぞ!』


怒りを込めて叫ぶプチロフ。


当然だが、こんな蛮行をする国家には従えない。


と言うよりも、日本に降伏すれば、これから日本に自分達がしようとしていたことをされると思い込んでいるからだ。


他者を蹂躙してきた国は、自分達が弱みを見せると蹂躙されると、陵辱されると思っている。


当然だ、自分達ならそうするから。


「ん……、あー……。やっぱり、こういう交渉みたいなのは俺には向いてねえっつったんだがなあ……」


雰囲気が、変わる。


チリチリと、肌が、粟立つ、いや、灼ける。


プチロフの若き日の、特殊部隊として戦っていたあの頃の比ではない、濃厚な死の気配。


まるで、死神の鎌が首にかけられているかのような、怖気を感じる。


「別に、お前らに興味なんぞねぇんだよ。侵略とか戦争とか、そういうお遊びにもな」


『あ、あ……!』


「難しいことは言ってねえ。ただ、関わって来んなって言ってんだ。お前らの国の労働力にも国土にも資源にも一切興味がないんだよこっちは」


『な、あ』


「賠償金とやらも要らん、国土も要求しない、面倒な条約も結ばねえ。こっちの要求は一つだ……、戦争ごっこは他所でやれ」




……こうしてロシアは、日本に対して無条件降伏した。


しかし、賠償金も、国土の割譲も、不利な条約の締結も何もなく。


ただ、相互不干渉の約束のみを取り付けられて、この戦争は終わりを迎えた……。

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