第72話 軍事演習を見た者
六月六日。
梅雨も近いというのに、雲はそう多くなく、雨も降らないその日。
かねてから予定されていた、日本冒険者隊の軍事演習が始まった……。
アルチョム、という男がいる。
ロシア人で、軍部でそこそこの地位にある男だ。
この男は今、海の上にいた。
バカンスか?バカンスならどれほどいいだろうか……、残念ながら仕事である。
このご時世、バカンスなどできるのは大金持ちだけだ。
「クソ、やはりブルジョワジーは悪だな」
アルチョムはそう吐き捨てながらも、ロシア軍の軍艦のブリッジから、遠眼鏡を覗き込んでいた。
何故、アルチョムが、こんな極東の海にまでやってきたのか?
それは、偉大なるプチロフ大統領閣下から直々に下された命令だからである。
そもそも、そうでなければわざわざ黄色い猿になど近づきたくもないとアルチョムは思っていた。
差別的な思考だが、最近ではこれが普通だ。
アルチョムは、日本が経済界で縁切り宣言をしたせいで世界中が混乱に陥り……、結果的に給料減の憂き目にあった男である。
現在進行形で全世界に迷惑をかけている日本は、世界中から嫌われているし、アルチョムも自分に実害が出ているので日本を嫌っていた。
そんな奴らが、愚かしくも北方領土と尖閣諸島の二方面で、威圧的な軍事演習をやるというのだ。
大統領閣下が警戒を露わにするのも、アルチョムには理解できた。
しかし、アルチョムにはこういう考えも当然あった。
「自衛隊とやらが強いのは、確かに認めよう。奴らは我が国とも戦えるほどに精強だ。だが、我が国ロシアと、チャイナの双方を同時に挑発して戦える訳はない!」
そう、単純に、数字の話だ。
日本は強い。
だが、ロシアと中国の二つの大国を一度に相手できるほどではない。
九州方面から中国が、北海道方面からロシアが同時に攻め込めば、日本など簡単に滅ぼせるだろうと誰もが考えているし、事実そうである。
もちろん、現実でそれをやろうとすると、米軍からの横槍が確実に入り、そのまま三回目の世界大戦となってもおかしくはない。
なので、手出しはしなかったし、日本も外国を刺激するようなことはしなかった。
だが今、在日米軍の順次撤退が決定されている最中、何故か日本という国は、隣の二つの大国に喧嘩を売ってきたのだ。
それは、狂ったと思われても当然だった。
……まあどの道、ロシアも中国も、在日米軍がいなくなるなら、日本にちょっかいをかけるつもりであったが。
「何が、冒険者隊だ。ふざけるのもいい加減にしろよ……」
そう言ったアルチョムの視線の先には、標的艦なのだろう、老朽化した船舶がいくつも浮かんでいた。
しかし、どうしたことだろう。
「兵器はどこだ?」
その標的艦に攻撃するであろう兵器が、どこにも見当たらないのだ。
戦闘機や潜水艦なのかと思い、各種レーダーを部下に確認させるが……。
「海中ソナー、感知なし!」
「航空レーダーには、我が軍の偵察機のみしか映っておりません!」
そういう訳ではないらしい。
「馬鹿な、演習をするというのはハッタリだったのか……?」
結局、ロシア軍は、攻撃する新兵器を発見できないまま、演習の開始時刻が訪れる……。
「定刻だ。何も起きないようなら撤退を……ぉオッ?!!!」
アルチョムが指示を出そうとした、その瞬間。
標的艦が全力で攻撃を始めたではないか。
これは後で判明したことだが、古くなったミサイルの処分も兼ねているらしく、攻撃弾の中には爆発しない不発弾なども多数含まれていた。
それでも、大多数のミサイル、砲弾、機銃弾は正常に動作し、空中のある一点に火力を集中させているのが、現段階でも理解できた。
「日本人め、何を考えている?!!」
アルチョムがそう言ったや否や、くらいのタイミングで……。
半透明の巨大な盾が空中に浮かび上がる。
「………………は?」
「カ、カメラの拡大映像をモニターに表示します!」
気づいた艦内の兵士が、モニターに拡大映像を表示する。
そして、目にする。
盾の裏側の、六体の人型を。
「何だ……、あれは……?!!」
赤鱗金角の龍王、白亜の龍姫。
緑腕多角の鬼神、桜色腕の大角鬼母。
青黒翼の悪魔、黄角の淫魔。
「ジヤヴォールだ……!」
軍艦の中の誰かが呟いた。
あれは悪魔だ、と。
恐ろしき、悍ましき、魔なるもの。
悪鬼羅刹、魑魅魍魎。
怪力乱神の類であると、これを見ている外国人全てがそう判断した。
それらは、十隻を超える標的艦を、あっさりと破壊する。
凄まじき力、理外の力で。
見せつけられたのだ。
ありありと。
通常の兵器では逆立ちしても冒険者には敵わないぞ、と……。
「ふざけるな……、ふざけるなあっ!!!悪魔を使役したとでも言うのか、日本めえっ!!!」
アルチョムが叫ぶ。
本来なら、この後に日本はロシアと中国から二方面攻撃をされ、アメリカの妨害を受けて、国家が解体されるはずだったのだ。
アルチョムは、ロシア軍人として活躍して、解体された日本を使った新たな事業などが始まり、低迷した国際経済が立て直され、その改革の先鋒を務めたロシア軍人として栄誉を得るはずだった。
血迷った日本に制裁をし、日本の産む富を近隣国で分け合い、大儲けして……。
日本から奪った富でみんなが豊かに、かつてのソビエトの、共産党の理想そのもののように、万民が豊かになれるはず、だった、のに。
そうはならなかった。
日本は、経済的にも、武力的にも、触れ得ざる国へと変貌してしまっていたのだ……。
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