第71話 今までとこれから

六月六日。


日本の暦で初夏と言える時期のこと。


世界は、ただでさえ混乱の最中にあると言うのに、更なる混乱に包まれた。


ダンジョンショックに次ぐ新たな激震、『冒険者ショック』である……。




まず大前提として、ダンジョンショックがあった。


極東の島国、日本。


ある日そこに、いきなり、ダンジョンができた。


ダンジョンからはモンスターと呼ばれる、人類に敵対的な存在がおり、ダンジョンの中では銃器などの兵器が有効的ではないということは、即座に全世界に知れ渡った……。


すると、どうなるか?


まともな人なら、まともな政治家なら、日本を避けるはずだ。


例えば、の話であるが……。


中国で、罹れば死に至る疫病が発生したとしよう。


するとどうなるだろうか?


外国は、中国行きの飛行機やら何やらを堰き止めて、外国人はアジア人をバイキンのように扱うだろう。


例えば、アジア人の経営する日本食レストランに「疫病を撒き散らしたアジア人は消えてしまえ!」などと落書きをしたりするはずだ。アジア人に非などなくとも。


また、例えば。


ロシアがいきなり外国に侵略戦争を仕掛けたとしよう。


するとどうなるだろうか?


全世界から経済的に制裁されるのは想像に難くないし……。


外国で穏やかに生活しているロシア生まれの現外国人は、その国の人々に、その人本人はもうロシアと何も関係がないのに叩かれるだろう。


つまり、だ。


国内に、疫病や戦争より恐ろしげな、意味不明なモンスターの巣ができたら?


神を名乗る謎の存在が、モンスターの巣を作ったと宣言していたら?


モンスターの巣を探索すると、魔法の道具が手に入ると、大真面目で国が喧伝していたら?


当たり前のことが起きるに決まっている。


当たり前に差別されて、当たり前に叩かれて、当たり前に嫌われるに……、決まっているのだ。


そうなった、例えばの話が、ifの話が現実となった。


日本は差別され、封鎖され、経済的に孤立した。


また、更に例えばの話をするが……。


例えば、日本以外の外国にダンジョンができていれば、日本もその外国を差別する国の一つとなっていただろう。


だが現実では、世界から浮き彫りになったかのように孤立しているのは、日本なのだ。


さあ、そうするとどうなる?


食料すら輸入しなければ覚束ないような国が、国際社会で孤立すればどうなる?


地獄だ、地獄の始まりだ。


考えるまでもない。


頭のおかしいレベルの不景気、失業率、自殺者に犯罪件数。


そうなる、そうなるに決まっている。


日本からは殆どの外国人が逃げ去った。


外国は、日本との領土問題の原因たる土地を手放した。


経済的にも封鎖した。


そんな崖っぷちの国にいきなり、ダンジョン産の物品で様々な発明が、今後数十何百年かけて造られるべき新素材諸々が、現在の物理法則に囚われない超越的な物質や生命が、いきなりできた。


若返りの薬、万病が治る万能薬、超高エネルギー燃料に未来素材……。


ついでに、鉄鋼や原油、天然ガスに宝石、レアメタルの産出……。


これが、ダンジョンショックである。


ダンジョンショック以降は、外国は手のひらを返して日本に支援を申し出た。


埋蔵資源が無くなる!と常に、何十年も前から警告されているのは誰もが知ることだ。


だが、何故資源がなくならないのか、考えたことはあるだろうか?


理由としては簡単で、「採算の取れる埋蔵資源があと何十年分しかない」という話だ。


昔の技術では採算が取れずに採掘できなかった資源も、研究が進んだ現代の技術なら、コストにペイできる。


だが、それは。


確かに、「資源が有限で、その底が見えていること」は絶対的なこととして変わらないこともまた、示している。


だから。


全く新しいフロンティア、資源の採掘場は、ありとあらゆる国が求めるものだった。


「危険なことは現地の日本人にやらせて、我々は採掘された資源を買い取ってやろう」というのが、外国全ての総意だった。


実際、外国「様」に資源を買い取っていただかないと、日本は日々の生活どころか文明の維持すらできない状況であったのだ。


しかし日本はこれを拒絶。


意地を張るなと諭されても、断固として拒絶した。


ダンジョンが原因で、今まさに滅びんとしている日本だが、ダンジョンがなければ今すぐ滅ぶことは確実。


終わりが、決定的な破綻が、破滅の足音がすぐそこまで来ている……。


そんな状況を、たった一人の青年がひっくり返した。


その青年は、当時、十七歳という若さにして、古き武術を極めた英俊で。


刀の一振りでモンスターの万軍を蹴散らし、灼熱の魔法で天をも焦がす魔剣士だ。


そしてその青年は、万を超えるほどの量のポーションを持ち帰り、どんな地獄のような戦場からも生還し、ついには龍すらも打ち倒し、超人にまで至る……。


その名を、赤堀藤吾……。


今後永遠に人類史に残る、伝説の剣士である。


さて、赤堀藤吾による大番狂わせにより延命された日本は、次々に変わっていく。


ブランチダンジョンを作り出し、資源を集め。


若返りし伝説の政治家が首相の座に座り。


国家総動員体制を発令し、あらゆる組織や企業が一丸となって日本という国家を走らせた……。


その結果日本は、いつ墜落してもおかしくないが、誰よりも速く飛ぶ戦闘機になっていた。


空中で手作業で燃料を注ぎ込み、空中でエンジンを改造しながら、フルスロットルで誰より速く空を駆け抜ける、流星のような国に。


正気ではない。


外国は日本を武力で叩いてでも正気に戻し、いつもの優しくて優柔不断で無力な、ATMのような国家に戻そうとしてくるのは……、これも当然、当たり前だった。


だが、日本はそんなもの全て、外国の干渉も何もかも全てを無視し、駆ける、駆け抜けた。


その結果、つい先日には、世界二位ほどの経済力に達したのだった。


無論、そんな馬鹿げた話を外国が信じる訳がない。


外国との縁を切って鎖国しておきながら、数値上の経済力が世界二位になったなど……、ハイパーインフレをしましたと言っているようなものだからだ。


外国はもはや処置なしと判断し、最終勧告とも取れるような決定的な脅しをしかけてくる。


これを飲まなければ、軍を動かすぞ、と。


そしてそれを、日本は拒絶した……。


さあ、これから戦争だ。


……と、その時に。


日本はいきなり、軍事演習を行うと、国内外に大々的に喧伝したのだ……。


しかも、位置が最悪だ。


北方領土に尖閣諸島という、隣の大国二つに喧嘩を売るような位置で行うとか。


更に、繰り出す部隊は、国連から散々に少年兵だの何だのと批難されている、『日本冒険者隊』……。


各国は、日本が完全に狂ったと頭を抱えたものだ。


それが、演習が始まってからは、別の意味で頭を抱えることになるとは、まだこの時点では誰も知る由がなかった……。

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