第42話 ダンジョン時代黎明期の受付嬢

日光ダンジョンの上に建てられたダンジョン管理所。


広々とした日光(田舎)の有り余った土地を贅沢に使った、東京駅並みの大きな建物だ。


残念ながら、かの赤煉瓦の東京駅と比べればデザイン面はシンプルだが、逆にそこが質実剛健というか、飾り気のない素朴さが「冒険者らしい」という人も少なくない。


冒険者達の間では、もっぱら、冒険者ギルドと呼ばれる。


別に組合ではない国営組織なので、ギルドではないはずなのだが、ゲームやマンガなどからの影響でそんな通称になったみたいだ。


ダンジョン管理所は、新たに設立された国営組織である『ダンジョン省』という省庁の隷下にある『冒険者管理庁』という組織の運営する役場のようなもので、官僚上がりのメンバーで運営されているらしい。


因みに、ダンジョン省には、『冒険者管理庁』『ダンジョン素材庁』の二つが設置されている。


省庁が一つ新設されれば、ポストが一つ増えることになる。そうなると、今まで若さを理由に冷や飯食いだったような連中が、挙ってこのポストを争奪し、結果として、そこそこに優秀な若いのがこの席に座った……、と俺の親父が言っていた。


ダンジョン省のトップには、与党政治家の石垣繁和という男が就き、まあまあうまく回っているようだ。


さて、そんなダンジョン管理所だが……。


初期の頃は、職員も少なく、仕事に慣れておらず、長い待ち時間や素材の精算の間違えなどが結構な頻度で起きていた。


しかし、例の『ダンジョンショック』から、管理体制は一新。


受付職員は、役所上がりの中年おばさんではなく、官僚上がりの若く美しい若者がゾロリと並び、最新鋭の精算機と巨大な設備、受付が三十台もあり、職員の数も数百人用意されている。


更に、内部には日本銀行の支部もあり、そこから瞬時に大金のやり取りが可能となっているのも大きな利点だ。


周辺の土地は様々な企業が買い上げて、バブル期並みの開発を始めている。


うちは元々この辺りの地主なので、土地は企業に貸し付けて、ダンジョンの近くにある土地に新しく屋敷を建てた。


金が貯まり過ぎているので、社会に放出する為に、国内最高の大工を雇って、突貫工事で屋敷を建てさせている。


……それでも、工費は総資産の1%にも満たないらしい。


話を戻そう。


つまりは、新体制のダンジョン管理所……、冒険者ギルドは、冒険者達のストレスフリー化処置を徹底していることが理解できるはずだ。


ごく最初期は、冒険者は単なる山師扱いだったのだが、ダンジョンショック後はエリート職と認定されたのは記憶に新しいな。


俺が、そんなギルドの中に入ると、冒険者達は道を空ける。


俺が最強の冒険者であることは、この日光ダンジョンの関係者なら誰でも知っているからだ。


畏怖と憧れの視線を受けながら、受付に話しかける。


「こんにちは!赤堀さん!」


俺に挨拶したのは、最近、俺『専属』の受付職員になった、横山千鶴さんだ。


栗毛のロングヘアを編み込んだ、若く美しい女性で、この日光ダンジョン管理所でも一番の美人と評判だ。


顔の造形的には、どこかのパーツが際立って美しい!とかではなく、全てのパーツがどれも美しく、体型も、顔のパーツの配置も、どれもが適切な、平均点の高いタイプの美人だ。


だからこそ、美人過ぎて近寄りがたい……、などということがなく、多くの人に広く愛されるタイプ。


本人の愛嬌ある性格も相まって、このダンジョン管理所のアイドルのような扱いを受けている。


……まあ大体、ハニートラップとまではいかないが、政府側が俺のご機嫌取りをしようとしているのは感じるな。


「こんちわ、横山さん」


「もうっ、千鶴で結構ですよ?」


いやー、露骨なハニートラップ。


「じゃあ千鶴さん」


「はいっ!……制服ってことは、学校帰りですか?」


「ん、ああ。学校帰りだし、軽く流す程度に潜る予定です。研究所の方から、九十二階層のグレーターデーモンを狩ってこいって言われましてね」


「へえー、そうなんですか。何に使うんでしょうね?」


おっ、情報収集か?


良いだろう、なんでも喋っちゃうぞ、と。


「なんでも、グレーターデーモンの心臓は、原子炉並みのエネルギーを永久に発し続けるらしいんで、それを使って炉心がどうこう……、とか言ってましたよ」


「へ、へえー、そうなんですかー。でも、そんなモンスターなら、さぞ強いんでしょうねえ」


「そうでもないですよ?確かに、地上に放流したら一晩で日本は滅ぶでしょうけど……」


「え?滅ぶ?!」


「一個一億円で買い取るそうですから、とりあえず十個くらい持っていきます。他の部位も高値で引き取ってもらえますし、楽しみです」


「は、ははははは、そうですか……」


聞いておいてドン引きすんなよ……。


「日本の富豪ランキングで二十位ですもんね……。総資産三千億円超えてますもんね……」


「え?そうなんですか?」


俺、そんなに金持ってたのか?


屋敷を建てさせた時の工費も聞いてないレベルなんで知らなかった……。


「なーんで自分の口座の預金額を知らないんですか????」


「あー、そういうのは嫁が管理してるんで」


俺は、隣に立つ杜和の肩を抱く。


そう、放課後なので、杜和もいるのだ。


「お父さんとお母さんに先輩の通帳を見せたら、泡吹いてぶっ倒れたっすよ!」


と杜和。


「でしょうねえ!!!私だってぶっ倒れますよ!!!」


千鶴さんが叫ぶ。


そして。


「あっ!そうでした!赤堀さんには、こちらをお渡ししようという話になっておりまして……」


と、千鶴さんは言葉を続けた。


んー?


黒に青白い縁取りがあるクレジットカードを渡される。


「こちら、JCC社のクレジットカードの、上級冒険者専用のモデル、『ミスリルブラックカード』です」


あー……?


「こんなの、頼んだっけか……?」


「ああ、その……、先日、JCC社の方にクレジットカードのお申込みをなさったじゃないですか」


「それはしたな」


一番安いコースのクレジットカードを申し込んだな。


「そうしたら、JCC社の方からオファーがありまして……」


「えー、困るなあ、そんな勝手に……」


「で、ですけど、赤堀さんは年会費を永年無料で良いと仰ってましたよ!それに、冒険者向けに色々な特典も……」


「まあ、なんでも良いですよ。文句があれば殴り込むだけですし」


「ぜっっったいにやめてくださいね?!!!洒落にならないですからね?!!!」


「多分今なら、刀を一回振ればスカイツリーを縦に両断できますね。本気で魔法使えば、沖縄くらいなら地図から消せると思います」


「冗談、ですよね……?」


「嘘ですよ嘘。ははは、バレちゃったかー」


「で、ですよねぇ!沖縄を地図から消せるなんて」


「本当は北海道くらいまで消せます」


「ヤダーーーッ!!!!!ほんっとにやめてくださいよーッ!!!!」


いやできるもんはしゃーないだろ。


「まあ、なんでも良いでしょう。とりあえず、カードは貰っておきます。じゃあ、ダンジョンに……」


俺がクレジットカードを財布にしまい、ダンジョンの入場のために冒険者カードを取り出そうとした、その時。


「すみませーん!あなたが赤堀さんですか?」


ビジネスマン風の男に話しかけられた。


「わたくし、平田銀行の村井と申しますぅ!実は、赤堀さんに投資のお話を……」


ふむ?


「投資?俺の金でギャンブルがしたいってことか?」


「いや……、投資はギャンブルなんかじゃありませんよ〜!ほぼ確実に利益が出ますし、何も損なんてしませんよ!」


「へー、いくらくらい稼げるんだ?俺はこれから一時間につき十億稼いでくるけど」


「そ、それは……。で、でもその、投資金宅は、何もしなくても勝手に儲かるんですよ?!お得じゃないですか!」


「得なのか?もしかしたら失敗するかもしれないことの判断を他人に委ねることが?」


「で、ですからぁ……!」


「そこまでです。警備員!」


千鶴さんがそう叫ぶと、ずらりと警備員が現れて、銀行員風の男を叩き出した。


「全く……、冒険者に対する強引な交渉は禁止されているのに……」


へー、そうなんだ。


「なんだ、やっちゃ駄目なのか?」


俺は、千鶴さんにそう訊ねてみた。


「駄目とは言いませんが……、おすすめはしません。もしどうしてもやりたいのなら、良く調べてからやることをおすすめします」


ほーん。


「千鶴さんはなんかおすすめとかある?金の使い道で」


「え?あー……、そうですね。私は立場上、国債をおすすめしたいんですが……」


国債ね。


「へー、じゃあ買うわ」


「まあ!ありがとうございます!いつ購入なさりますか?この窓口からでも可能ですが……」


「え?この窓口でできるんですか?」


「可能ですよ。ここは日銀の支部も兼ねていますから」


ふーん。


「じゃあとりあえず、千億円分ちょうだい」


「……は?」


「千億円分。こんな持ってても使わないし」


「あ、ありがとうございます……????」




噂で聞いた話だが、千鶴さんはこの後、がっつり昇給してボーナスを数千万円貰ったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る