第41話 ダンジョン学

高校二年生の秋。


九月の頭。


俺、赤堀藤吾は、ダンジョン学の授業を受けていた……。


ダンジョン学の授業は、決まった時間に、赤堀ダンジョン研究所が学生向けの授業を映像付きで行う。


オンラインでの授業で、質問などはメールを送ることになる。


もちろん、毎日ではなく、映像付きの授業は週に二、三回。


残りは、対モンスター戦を見据えた空手や剣道などの授業になる。


……まあ、元々剣道は選択科目であったからな。それが強制科目になり、その上で実践的な技術も教わるって話になるだけだ。意外と現場の負担は多くないみたいだな。


『現在、最も手に入りやすいダンジョン素材として、スライムコアが挙げられます。このスライムコアは、スライム種に分類されるモンスターの核です。打撃や、コアを避けての斬撃刺突などで倒すと、確実にドロップします』


白衣の研究員が、教室のプロジェクターでそう話す。


手には、スライムコアがある。


『これは、このように……、水を浄化する性質があります』


そう言って、牛乳を水槽いっぱいに入れた研究員は、そこにスライムコアを放り込む。


すると、10秒ほどで、牛乳の水分以外の成分がスライムコアに吸収され、スライムコアは溶けてなくなる。そして、水槽の牛乳は真水になった。


『このように、スライムコアを溶かして純化した水は、ポーションの原材料になることが分かっています』


そう言って、水槽の隣にポーションを置く研究員。


『と、言っても、人間に再現できるポーションの効果は、今のところどんなにコストをかけても一階層域程度ですし、更に言えば、《外科用》《内科用》《精神科用》《感染症用》などと、効果を限定しなくてはなりません』


研究員は、いくつかのラベルが貼られたポーションを並べる。


『みなさんが気になっているであろう買取価格ですが……、これは、一つで千円ほどですね。ですが、ポーションのベース液になることや、水の浄化に使えることなどから、需要がなくなることはほぼないでしょう。みなさんも、アルバイト気分でスライム潰しをすることをおすすめします』


スライム潰し、ねえ……。


「そんなに大量に湧ひてひることは、早々無きことだがね」


「スライム潰しのアルバイトは、今やスライムの争奪戦になっていますから……」


「ま、必死に動いて時給二、三千円ってトコやないか?」


「スライム潰しで時給二、三千円ならぁ、もうちょい先の階層で戦った方が、争奪戦もマシだし、時給も高いよね〜」


キチレンジャーと俺は、この辺りの話を今更聞いてもどうしようもないので、ダンジョン学の授業は適当に聞き流している。


俺達はもう、完全に休憩モードで、菓子類を食いながらビデオを流し見していた。


しかし、俺達のそんな茶々入れも、貴重なデータとして記録していく生徒達……。


「どのよふに考えへても、現在の、人口の約二割が冒険者と言ふ環境で、スライム潰しを生業にするのは良くなひね」


青峯が、魔法瓶(本当に魔法を使った水筒)からブラックコーヒーを注いで一言。


「別に良くねぇか?」


俺は、ダンジョンポイントで買い集めた魔力駆動式キャンプセットで、熱燗を作りながら言う。


ついでにイカも炙る。


俺達は最早、校則や法律をある程度違反しても、誰にも掣肘されない存在になっていた。学校側も、ダンジョン攻略や研究所の仕事なら、公欠扱いにすると言っていたし、そもそも、何があろうと単位は出すとのこと。


政治家や資本家が事件を起こしても揉み消せるように、俺達も一種の上級国民となっているのだ。


「いやそらね、あないにクソ忙しいコンビニやらで真面目に働いて時給千円やもん、でも、スライム叩きは時給二、三千円やで?馬鹿らしくてやってられんわ。けど、そんなんみんな知っとるんや」


ビールを傍に、出前のマルゲリータピザをパクつく緑門。


「つまり?」


俺は、イカゲソで七味マヨを掬い取る。


「ですから、つまり、私達のように若くて体力もある若者は、もっと深い階層に挑戦すべきなんですよ。スライム潰しは、減額された生活保護の代わりのような、福祉レベルのバイトなのです。働けない人に譲るべきかと」


黄場は、シュークリームをいちごミルクで流し込んでいる。


「それにぃ、スライム潰しなんて、すぐに稼げなくなるっしょ!ジュヨーはなくならないけど、買取価格が安くならないなんて、あの白衣のヒト言ってなかったし!」


桃瀬もそれに追従。手には……、なんとかバックス?とかいう店の、何かこう……、クリームがすごい感じの、ふ、ふらぺちーの?みたいなやつがある。


まあつまり、キチレンジャーの言葉をまとめると……。


「先細りする一方のスライム潰しは、最低限のバイトと見て、レベルを上げてより深い階層に潜った方が効率的、ってことか」


ということになる。


「せやせや、結局のところ、楽はできひんっちゅうことやな。楽な仕事なんざ存在せえへんのや!」


緑門は、そう言ってビールを煽った。ああ、あれだ、今流行りの泡ができるやつ……。


因みに、俺が飲んでいる日本酒は、栃木にある『鳳凰雷電』という酒を作る酒蔵が、ポーションベース液で酒を作ることを始めたらしく、その試供品を貰ってきたものだ。


めちゃくちゃ美味い。


今まで飲んできたどんな酒よりも澄んでいて、雑味が全くない。上等な白ワインのような味わいだ。


というより、白ワインでこの味を出すなら、一本三十万円では済まないだろう。


未完成のテスト品でこの味なのだから、完成すれば……。


……楽しみに待っておこう。




……にしても、学校のヒエラルキーも大きく変わったな。


学校というのはどこも変わらないもので、「クラスのみんなが友達!」みたいなところはごく少数だろう。


大抵の学校は、陰キャと陽キャやらがくっきり分かれてたり、明らかにいじめられてる奴がいたりするもんだ。


虐めも不登校者もいない、みんな平等にお友達な学校がある!という人は是非名乗り出てほしい。共産党というところに紹介してやるから。


まあ、というより、人間が人間関係を形成している以上、ヒエラルキーはできて当然なんだよ。


虐めまでいかなくても、こいつは鈍臭いいじられキャラでーとか、声がデカい旗振り役でー、みたいな話はありふれている。


俺達キチレンジャーだって、肉体派で態度がデカい俺が一番声がデカいしな。そういう人格と能力による差異はしゃーない。


……で、だ。


本来、俺達キチレンジャーは、校内のヒエラルキーでは番外に位置している。


キチレンジャーの名の通り、「あいつらはキチガイだから」「変わり者だから」と、あらゆる層から敬遠されており……。


つまりは、運動部やら不良っぽいのやらの上位層は、俺達を、「学内カーストに組み込めない異物」と見ていたし、オタクやいじめられっ子達の下位層は「なんか怖い奴ら」と見ているという状態だ。


事実その通りで、俺に舐めた態度で絡んできた奴らは病院送りにしたし、それを見ていたオタク達はビビって話しかけてこなくなった。


カースト外の俺達は、学内では浮いていたのだが……。


今回のダンジョン騒ぎで、学内どころか国内でもトップクラスに稼いでいる俺達は、一気にスクールカーストの頂点に立たされたのだ。


逆に、今までは調子に乗っていたのに、ダンジョンに潜って戦ってみたら、ちょっと血が出ただけで泣き叫ぶ奴だったと判明して、カースト上位から下位へ転落する奴もいたし、その逆も然りだった。


実際のところ、失業率10%超え、GDPランキングが下がるほどの大大大不況の最中である日本において、「金を稼げる」ということは大きなモテ要素になっていて……。


このクラスの連中も、露骨に学食が高く不味くなったとか、弁当箱に入ってるもののグレードが低くなったとか気づいているはずだし、駅前の店々がどんどん経営難で閉店していき、自分の親が失職したりしているのも見ているはず。


そういうのを見てきた若者達の価値観が、「金銭を稼げるかどうか」という基準に寄っていくのは仕方のないことだ。


まあそんな感じで、俺達はアホほどモテている。


俺の元カノ共が、あっちから振ってきたのに、よりを戻してくれと懇願してきたのは記憶に新しい。


もちろん、既に良い女を捕まえたし、妾はダンジョンから攫ってくる予定なので、全部突っぱねたが。


他にも、知らない友人がたくさんできたり、知らない親戚が押しかけてきたりなど、俺達は、宝くじの高額当選者のような有様になっていた。


俺達キチレンジャーは、その辺の対処力が高いのでどうにでもなっていたが、最近は、ダンジョンで小金持ちになった冒険者が、変な身内やらハゲタカのような金融業者に捕まって酷い目に遭うことが多いらしい。


「では、授業を終わります」


おっと……、終わったな。


俺達は、授業終了と同時に擦り寄ってくる『自称』友達の連中をあしらいながら、軽くダンジョンに潜りに行く……。

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