第5話 神

ドアの先は、全く何にもない、真っ白な部屋だった。


地平線の彼方まで真っ白で……、いや、地平線と空の境界がわからないくらいに白かった。


と言うより、今自分がどこに立っているかすらよく分からないくらいだ。


「なんだここ……?」


「ワフ……」


例えるなら、そう。


「デバッグルーム?」


俺がそう呟いた、その時。


「そうだね、その通りだよ」


春風のような、男の声が届いた。


優しく、安心できる声だ。


「ッ?!!!」


俺は思い切り振り向いて刀を構える。


読めなかった、気配が!


まるで、そのままそこにワープしてきたかのような……!


「おやおや……、そう警戒しないでほしいな」


春風の声の主を視界に捉える。


俺の瞳に映ったのは……、萌葱のような男だった。


身は細いが長身で、目尻が下がった優しげな顔をした好青年だ。


空色の瞳と、白い肌と青白い髪。


軽薄そうな顔だが、雰囲気はこう……、優しい親のような……。


「名前を」


「あ?」


「名前を教えてくれるかな?」


慈しむかのような微笑を浮かべ、男はそう言った。


「……赤堀藤吾だ」


一瞬考えたが、相手に敵意もないようなので、正直に答える。


「そちらの君は?」


男は、蹲み込んで早太郎に訊ねた。


「ワン!」


「そうか、早太郎君か。良い名前だね」


「なっ……?!」


こいつ、早太郎の言葉を理解しているのか?!


「テメェ、何もんだ?」


「ああ、申し遅れたね。私は……、ううん、なんと名乗れば良いか……。あちらの世界での名前はスヴェンなんだけれど、こちら風に言えば……『明空命(あけそらのみこと)』ってところかな?」


となると……。


「神か」


察するところ、このダンジョンを作った神だろう。


「ご明察だね。そう、私は神だよ」


明空命は指を弾いた。


すると、デバッグルームに、アンティークな感じの椅子と机が生えた。


そこを起点に、六畳間ほどの洋室の床ができた。


「とりあえず、座ってくれるかな?」


逆らっても意味はない。


現状、出口のないこのデバッグルームに閉じ込められているのだから、こいつとここで話す以外に選択肢はない。


更に言えば、この俺をもってしても、この神に勝てるかどうか……、そう、分からない。


自分より強いが弱いか、それすら分からないのだ。これは、尋常な存在ではあるまい。


そう思い、俺は大人しく座った。


「ええと……、一応聞くけれど、君は私の知っている俵藤太君とは別人なのかな?」


明空命は、懐かしいものを見るかのような瞳をこちらに向けて言った。


強いか弱いかは全く分からないのだが、その目には、老人のような哀愁と言うか、懐古というか、そんなものを感じる。


だが……、こっちからすりゃ、なんだそりゃ?って感じだ。


まあ、確かに……。


「俵藤太は俺の先祖らしいそうだが」


「ああ、やっぱり!彼とそっくりだよ!」


嬉しそうな明空命。


つまりは……。


「会ったことがあるのか、俵藤太と?」


「ああ、もちろんだとも。忘れもしない、あれはまだ、この世界の神々が健在だった頃の話……」


は?


「い、いや、ちょっと待て!この世界の神々が健在だったってなんだよ?!」


「ん……、ああ!そうだったね、この世界の人々は、それも知らなかったね」


紅茶を淹れて手渡してくる明空命。


気がつけば、紅茶のカップが目の前にあった。恐らくは、神の力だろう。


「とは言え、あまり長々話すと、聞くのが大変だよね。だから、簡潔に言うよ。この世界の神は、大きな戦争で倒れたんだ」


「戦争?」


「そうだよ。君達の暦で言うと、百年くらい前かな?その頃に、神界で大戦争が起きてね。その時に、ほぼ全ての神が力を使い果たして、回復のために眠りについたんだ」


「百年前……、第一次世界大戦くらいか?」


「うん、そうだね。世界大戦に伴って、神々も戦っていたんだ」


「何でだ?戦争の原因は?」


「君達、人間が戦争をしたからだよ」


……は?


「人間のやることだぞ?神は関係ないだろ」


「私達、神からすれば、人間は皆、自分の可愛い子供なんだよ。子供の願いは出来るだけ叶えてあげたいというのが、親心だろう?」


「それは……」


「あの時の人間達は皆、自分が世界の覇者になるために、版図を広げ続けていたそうだね。神々は、その意見を酌み取って、戦い合ったんだよ」


「そうなのか……」


「それで、みんな疲れて眠ってしまったんだ。そのせいで、この世界は今、ゆっくりと滅びの運命を辿っている」


「滅ぶのか?」


「いや、まあ、滅ばない文明なんてないよね?」


そりゃそうか。


「そう、それで、私の話をしようか」


紅茶のカップを傾ける明空命。


「私は、こことは違う世界の神なんだ。けれど若い頃に、私の世界の悪神に敗れてね。その時に、この世界の日本に逃げてきて、イザナギ様に匿ってもらったんだ」


「イザナギ様……、伊邪那岐大神か」


伊邪那岐大神……、となると、言わば日本神話の主神のような存在だろうかね。創造神のようなものだ。


「その時の日本は丁度、今で言う平安時代でね。俵藤太と言う戦士とは仲良くしていたよ」


「へえ……。あ、もしかして、あんたは龍神だったりするのか?」


「え?なんで知ってるんだい?」


「俵藤太の伝説に、山を七巻半するほどの巨大な蜈蚣に襲われて、困っている龍神を助けたって話があるんだ」


「ああ、うん。それは私のことだね。あの頃の日本は、まだまだ妖魔の類が多くてね……。異世界で敗れて力を失った私は、その辺の大きな蜈蚣にもやられる有様だったんだよ」


「へえ、弱かったのか、あの蜈蚣」


「いや?私の世界で言う魔王くらいの強さはあったけれど……、それは単に、私が魔王クラス程度にも勝てないほど弱体化していたって話だよ。本調子であればあの程度は訳もないんだけれどね」


ふーん。


なるほどねえ……。


「そしてその後、日本で回復した後に異世界に戻って、悪神を滅ぼし、代理の神を創造して、再びここに来たんだ」


「どうしてだ?」


「恩返しのためさ」


ふむ。


「イザナギ様は、氏素性も知れぬ死にかけの私を治療してくださり、力を取り戻すための霊脈も貸してくださり、その上で、戦の稽古もしてくださったんだ。私が今、こうして神として存在できるのは、イザナギ様のお陰なんだよ」


恩返し、か。


それはまあ、納得できる理由ではある、かね?


だが。


「それが何でダンジョンに繋がるんだ?」


そんなことせずとも、金銀財宝でもくれりゃあいいだろう。


「私の世界では、ダンジョンを作って、中に有用な資源を詰め込んで、人間に開放すると、人間は喜んでくれるからだね」


なるほど?


「つまり何だ?あんたは、伊邪那岐大神から受けた恩を返すため、日本の滅びを止める。そのために、ダンジョンを用意した、と?」


「そうだとも!」


うーん?


何だそりゃ……。

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