フクロウ先生と無骨な助手

さめ72

ヒトとトリ



「ジョッシュくん、ハーピィという魔物をご存知でございますか」


 カーシー・コイネは翼で器用に片眼鏡をいじりながら、唐突に嘴を開いた。

 

 またか、と思う。

 

 知的好奇心が旺盛で教えたがりの傾向が強いフクロウの獣人らしく、カーシーは時たま、こういったテストじみた質問をしてくる時がある。

 

 大体、そういう時は話したい本題があるのだ、相手をする時それが一番面倒だ。


「そりゃあまぁ、存じてますがね」


 薬研やげんで薬草を碾きながら、振り向きもせず生返事を返す。

 何度やっても中々に骨が折れる作業で、腕の筋肉は張り、額に汗が浮かぶ。


 異世界から来て、身許のない自分を保護してくれた上こうして働き口まで与えてくれたカーシーに頭は上がらないが――どうせ異世界の知識に興味があっただけとは言えども――、こういう時に雑な扱いをしても許される程度には長い付き合いになる。

 


「ふふっ本当にそうですか? では、我々鳥人族とハーピィの違い、お分かりになりますか」


「そりゃあ――ヒトか魔物トリかってえ話でしょう」


 そうですねえ――、とカーシーは顎に翼を当て、どこから説明したものかとでも言うような雰囲気で暫し黙り込んだ。

 カーシーがこういった反応をする時は、大体答えとしては50点ぐらいという事だ。


 ――ハーピィ。

 この世界に来る前にその存在自体は知っていた――伝承としてではあるが。

 半人半鳥のその怪物は、この世界においては魔物として生態系の中に跋扈しているらしい。

 実物は見たことはないが、カーシーから借りた本でその存在は知っていた。


「実際、難しい問題なのですよ。人型の魔物である亜人を、何を以てして我々ヒト種と別とするかという問題は――」


 その論点はカーシーから借りた本『ドント恋! 重畳検証ちょうじょうけんしょう 著:メーイ・イーシャ』でも語られていた。

 

 著者メーイもそこに決定的な結論は出せなかったと言うのを前書きとして、飽くまで各地から集めた亜人関連のインシデントを集めそれを検証するというコンセプトの話であったが、ベストセラーだけあって中々読み物としても面白かった。


 そして著書でメーイ・イーシャが出した一つの考え方が――『亜人に恋をしてはならない』。


 確かに、収録されたあらゆるインシデントは、亜人の美しさや魔術に魅了された者に起因した事態が非常に多い。

 逆説的に言えば、『恋をしてはならない』存在こそ亜人ではないか、とも言える……のかもしれない。

 

 ややロマンチシズムに寄りすぎている気もしていて、その章には少し鼻白んでしまったが、確かに考え方の一つではあるだろう。

 著者とて自覚しているからこそ決定的な結論は出せなかったと前置いているのだから、そこに特に異論はない。


 まぁ、それでも自分に言わせれば難しく考えすぎだとも思う。

 魔物は魔物、ヒトはヒトで良いではないか。 

 短絡的な考えであることは自覚しているが、その上で自分のような小市民が頭を捻らせるような事でもあるまいとも思った。


「ジョッシュくんはドン恋ドント恋! 重畳検証は読破されていましたね、では――生物的な違いの話をいたしましょうか」


 はあ――、返事とため息が半々の声を返しながら、いた粉薬を薬包に包む。

 息で粉薬が飛んでしまわないように顔を布で覆っていても、話しながら作業をすると、それでもやや飛んでいってしまう。少し静かにしていて欲しい。


「一番わかり易い所で言うならば、ハーピィは卵生で、我々ヒト種は胎生という点でございますね。もちろん! 鳥人族でも、ですよ!」


「ははあ――ハーピィが卵生ってなぁ知らなかったですねえ。もっとも、胎生の件は存じてましたが」


 ごほんごほんとカーシーはやや恥ずかしげに誤魔化すように咳をした。

 羽毛に覆われて見えないが、もしかすると顔も少し赤くなっているのかも知れない。


「しかし卵生ねえ……ハーピィってなぁオスもいるんですか、それとも卵なら単為生殖もできるモンなんですかね」


 作業も一段落して雑談にも少し興が乗ってきた。

 少しだけ付き合ってやるのも良い。


 ジョッシュが話に乗ってきたことで目に見えてテンションが上がったカーシーは、大きい目を更に輝かせて熱弁する。


「そう! そこなんですよ、そこが不思議なのです。ハーピィの卵は見つかるのですが、ハーピィのオスは見つからないのです。当然、単為生殖という可能性はありますが、鳥から進化evolutionしたのならそれはおかしい……とまでは言いませんが、違和感があるでしょう。魔物だからで片付けてしまっても良いのかも知れませんが、今有力なのは雌雄同体説と――」

 

 はあ――、今度ばかりはため息が10割だ。

 

 別にカーシーの講義を聴くのは嫌いというわけではないのだが、この先生はすぐにスイッチが入ってしまう。


「そんで、何が言いたいんです」


 こういう時はピシャリと言わないと止まらない。

 本題があるのは分かっているのだから、とっとと話せばよいのだ。

 長い付き合いでも変わらぬ悪い癖だ。


「……えーっとですね、ハーピィは子育てをしないのですよ」


「ふうん」


「そこが、彼女たち魔物トリ我々ヒトの違いなのだと思うのです。親子愛と言いましょうか、そういったものがですね、我々にはあるでしょう」

 

「はあ」


「だからですね、そのお……」


「子育ての件は心配しなくても良いって言いたいんですね」

 

「……はい……」


 ふくふくしていた羽毛がすっかり細まってしまった。

 見るからに見窄らしくなったカーシーに思わず笑いが漏れる。

 全く情けない父親だ、と少し大きくなった自分の腹を撫でる。


 確か、先生の研究がイーシャ総合病理研究学会誌に取り上げられ、評価された時のことだったか。


 ふたりともすっかり気を良くして酔っ払って、まぁそうなりゃ流れで褥を共にする事もあるわけで。

 

 もっとちゃんとしたムードある誘い方を考えていたのにい――などと頭を抱えていた先生には呆れたが、妊娠が明らかになった時のぶっ飛び方は今でも思い出す度に笑いそうになる。

 鳥人族がぶっ飛ぶと、比喩ではなく本当にぶっ飛ぶんでいくらしい。

 

 まさか一晩過ごしただけで、などとも言っていたか。

 どこの世界でも男が言うことは変わらないモンだと更に可笑しくなった。


「で、求婚プロポーズの返事を聞きてえってんだ」


「……はい……」


 カーシーからは結婚の申し入れを受けている。

 

 悪しからず思っていない事はお互い薄々感づいていた関係であるとはいえ、段階飛ばしで子を拵えておいてハッキリしない関係というのは、如何にも筋が悪い。

 責任を取るという訳ではないが――とは、言葉にしなかったが、まぁそういう事なのだろう。

  

「それで、そのお、いかがでしょうか……?」


すっかり細くなったカーシーが、縋るようにおずおずと聞いてくる。


 ふうむ、と顎に手をやり考える素振りをする。

 

 別にカーシーのことは嫌いではない――というか、端的に言えば普通に好きだ。

 でなければ、酔っていたとは言えこの私が好きでもない男と寝たりはしないし、とっくに殴り飛ばしている。

 

 カーシーも別に責任感だけで求婚している訳では無い事もよく知っている。長い付き合いだ、流石にそこまで鈍くはない。

 

 良い機会だから、二人の関係をちゃんと整理しようという事でもあるのだろう。

 それはよく分かる、よく分かるのだが――

 

 ――まだまだ50点ぐらいの求婚プロポーズである。

 

「トリあえず――今日のところは、ヒトまず保留ってコトで」


 そんなあ――!

 

 求婚プロポーズをダジャレでいなされ、悲嘆に暮れるカーシーをケラケラ笑いながら薬研を洗うために持ち上げる。

 慌ててカーシーが諌めるが、任せる方がよっぽど怖い。

 不安げに後ろからついて来るカーシーに鬱陶しさ半分だが、なぜだかうっかり求婚を受けそうになってしまう。

 

 なぜプロポーズを受けないのか――簡単な話だ。

 だって、愛の言葉残りの50点が足りないではないか。


 私も案外ロマンチストなんだなあ――などと。

 少し頬が熱くなった。


 おわり   

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