筋肉にすむ妖精と高橋

「やっぱりすごすぎるでやんすよ」

「そうか?」

 声をかけたのはビンテリヤンスこと鈴木、鞄を探っているのは妄想垂れ流し人間こと山田、重箱を並べているのがマッチョこと高橋。

 三人は今日も机を並べて昼食を摂っているのだが、今日も今日とて高橋の弁当は豪華である。


 早弁時のラインナップもさることながら、昼食用の弁当は使っている素材が違う。今日はなんと伊勢海老が丸々一匹入っている。

「豪華でやんす……」

「いつも通りだと思うが」

「こんなの見たことないでやんすよ!いつものやつもすごいでやんすけど!えっ実は今までも気がついてなかったけど超高級食材を?」

「ふむ……いつもお抱えのシェフが作っている。素材に関しては知らないが、今日は両親の結婚記念日だったと言っていた。まあ私は早弁のときのようなものが一番好きだから、こういうのはあまり好きじゃないが、学校でも昼食くらいはお父様とお母様が体に良いものを食べるようにと言うから仕方なく」

「し、仕方なく」羨ましそうな顔で見る鈴木を見て、山田は鼻を鳴らした。

「フン、昼食以外も大量に食べてるっていう不思議すぎる次元でしかできない話だな」

 高橋は伊勢海老を慣れた手付きで解体すると、昼食がチョコレートとマックスなコーヒーのみという甘党の極みのような山田の前に差し出した。

「俺は施しは受けねえ!」

 山田がマックスコーヒーに砂糖を加えて更に甘くしている様子を見て、鈴木は呆れた顔で自分の弁当を開いた。母の趣味で作られた可愛らしいくまさんのキャラ弁で、中身はオムライスだという。

「受けとくべきだと思うでやんすけど」

「鈴木はいるか?」高橋は全く気にせず鈴木に話題を振った。

「交換するでやんす。何がいいでやんすか?」

「では、このおはなウインナーを」

「それでいいんでやんすか」

「ウインナーはいいぞ。それに市販のものは家のと違う味がして好きなんだ」

「シェフが聞いたら卒倒しそうな答えでやんすな……」

 交換を終え、それぞれの食事に取り掛かる。

「お、美味しいでやんす、なにこれこんなの食べたこと無いっていうか伊勢海老ってこんな美味しくなるもんなの?えっ昔食べた美味しかったアレはなんだったん」

「ふむ。やっぱりこれだ。このチープな味だ」

 鈴木と高橋がお互いに喜ぶ様子を見ながら、山田はマックスなコーヒーに舌鼓を打った。

「実はお前、伊勢海老嫌いなんだろ?」

「……違うぞ」

「今の間は100%嫌いだけど言えないやつの言い方だね」

「……」

「ハッ、自分のことは棚に上げて、人にばかり栄養バランスを頼むなんて馬鹿だね!」

「食べられないわけじゃないんだ、ちょっと苦手なだけで」

「好き嫌いで食べないやつはダメなんだぞ?栄養バランス崩れちゃうぞぉ?」

「完全ブーメランでやんすけど」

「だが私は一応山田の健康面を心配している。毎日甘いものしか食べていないだろう。普通に心配だから、いらない伊勢海老を食べるんだ」

「俺はかーちゃんがめっちゃ朝ごはん出すから食えないの。ほんとさー甘くないし量多いしで。だから昼はこれで十分なんだよ」

「一体どんな量を出されているでやんすか」

「どんな量ってそりゃあ」

 山田は今日の朝のことを思い出した。山盛りのご飯、山盛りのサラダ、山盛りの目玉焼き。山田は朝から多すぎる量の食べ物に吐き気を感じながらもどうにかかきこむ振りをした。進んだのは今から婚活と意気込む女性が食べるほどの小さなご飯3口程度だ。

「こら正雄!育ち盛りなんだからもっと食べなさい」

「むりだってこんなの!ご飯とサラダは目を瞑っても流石にこの目玉焼きはありえん!!」

「つべこべ言わず食べなさい……って間食したんじゃないでしょうね!あんたの兄さんはこれくらいペロッと平らげてたわよ」

 大学生になってしまった兄の顔を思い出しながら、昨日食べたアメリカ産の激烈に甘いチョコレートを思い出した。

「ほら見たことか!まーたチョコばっかり食べて!朝も食べたんじゃないでしょうね!」

「朝からチョコは食わないよ!あーあ、せめてはちみつミルクが出るならやる気も出るっていうのに」

「あんたのは、はちみつの入れ過ぎでドロドロになった牛乳じゃない。はぁ……どうしてこんな味覚音痴になっちゃったのかしら」

「知らないね!きっと俺の頭が人より働いてすごい天才だから糖分が必要なのだ」

「無いわね」

「なんで!」

「今あんたはちみつ牛乳で頭いっぱいじゃない」

 回想映像はそこで途切れた。

「なんで分かるんだよ!あのババー」

「わかりやすいからでやんしょうなあ」

「ああ。山田はとてもわかり易い」

「なんだよそれ!俺だって秘密の1つや2つ」

「今日の午後の間食はシュークリームだ」

 巨大なシュークリームが飛び出し、そこに飛び込む山田の姿が映し出された。

「シュークリームはさいこうでやんすからなー、特にでっかいのに飛び込んでみたいでやんす」

「なんで?なんで分かったの」

「分かりやすいからだな」

「えええ」

 鈴木は高橋に耳打ちをした。

「あれ、あの映像、本当に気がついてないでやんすかね……」

「気がついているけれど他人からは見えないと思っている、に一票だな」

「伝えるべきでやんすかねこれ」

「他人の異能力に口を出すべからず、だ。意識してしまった時に何が起こるか分からないからな。必要なら先生が言うだろう」

「まだ見たこと無いでやんすけど、もし山田氏に好きな女の子とかできたら」

「1発でバレるな。本人に」

「可哀想すぎるでやんすよぉ……」

 2人が哀れみの目を向ける様子を見て、山田は不満そうに頬を膨らませた。

「なんだよ2人して。俺の昼食がそんなにもひもじいものに見えるって言いたいのか?」

「そうだな」

「そうでやんすな」

 勘違いに乗っかると、山田は拗ねてしまった。

「うっうっ、いっぱい食べれるからってお前らはっ!てかヤンスおまえはずるいよな普通に食べてるのにそのガリガリ」

「なんであっしの話になるでやんすか!そりゃそんな偏った高カロリー食品生活じゃそうなるのは当たり前でやんす!!」

「男なのに二の腕ぷにっぷにだからなぁ俺は!」

「そんなことないでやんすよ」

「慰めはいらねえっ!」

「めんどくせえでやんす」

「はいマッチョもですぅーそんだけ食ってなんで体型維持できるんですかァ、力士にならないのが不思議で仕方ないですぅー」

 いじけてマッチョな二の腕をつつき始めた山田を見て、高橋は少し迷ったあと口を開けた。

「それにはちゃんと理由がある」

「えっ」

「そうでやんしょうなぁ」

「どゆこと代謝いいの?」

「筋肉が多いからな。だがそれだけじゃない」

「それだけじゃないとは?」

「まず私は朝イチの朝弁、午前中の早弁、昼の普通弁、そして午後のおやつ弁、夕方の夕弁が必要だ」

「よく食うな」

「私もそう思う」

「何で本人がそう思ってるんだよ」

 高橋は徐に腕を曲げ、ちからこぶを作って見せるポーズをした。制服の上からでもわかる筋肉は今日も美しく輝いている。


「このキラキラが見えるだろう」

「キラキラぁ?」

「筋肉の輝きによるキラキラ、これは俺の筋肉力を表しているのだ」

「筋肉力ぅ?」

「筋肉力は、妖精さんとの契約に使う。このキラキラがどれだけ多くあるかで、相手に与える癒し量が変わるんだ」

「筋肉って回復アイテムだっけ」

「初めて聞いたでやんす」

「いいか、考えて見てくれ」

 高橋は机から急にフリップを取り出した。

「もしも筋肉にキラキラがなかったら。作・絵マッチョ高橋」

 劇画タッチの筋肉質な男性が、ダブルセップス・バックのポーズを取った様子が描かれている。かなり描くのに時間がかかりそうなイラストを取り入れた紙芝居のようだ。

「準備良すぎない?」と山田。

 振り向くと、鈴木が横に首を振った。

「今描いたみたいでやんす」と鈴木。

「よく分かったな、今描いた」と高橋。

「わっつ?」

「だから、今高速でこの紙芝居を作ったってことでやんすよ」

「うそやん?」

 緻密な筋肉質な男性の絵である。美大生でも20分はかかるだろう。

「嘘じゃないぞ」

「確かに見たでやんすからなあ」

 ええええ、と言う山田を尻目に、高橋はフリップを抱え直して2人に見せた。

「筋肉にはキラキラが必要です」

「はじまった」

「見てください、このイラストを。筋肉のある人間と筋肉のない人間はこんなに差があります」

 一枚めくると、一本の線の上に細部まで描き込まれた筋骨隆々とした人間と、糸屑が描かれていた。

 もう一度言おう。棒人間ではない。糸くずだ。

「ここまではないと思うでやんすけど?」

「これでは愛する人を抱きしめることもできません。この糸ク……じゃない筋肉のない人は、悔しくて鍛えることにしました」高橋は聞こえていないのか真顔で続けた。

「ねえ今糸屑って言いかけたよね?」

 一枚めくると、糸くずに筋肉がついたのか、人の形に変わった。最初は気が付かなかったが、糸くず達の足元にあった線はどうやら背景だったらしい。何日も頑張ったことを表現するためだろうか、太陽と月、幼稚園児が描いたような昼と夜の空が描かれていた。

「オーバーワークを避けながら筋トレした結果、筋肉はみるみる増え元気はつらつ。でも大変なことに気がつきました」

 人間がジムでトレーニングマシンの上を走っている。やはり筋肉に直接的に関連するものだけは、写真もびっくりな写実性のもとに描かれている。

「筋肉にキラキラがないではありませんか」

「どうしてそこに行った!?」

「そうして悲しみに暮れました。俺は筋肉にキラキラがある、あの人のようにはなっていない。ただの筋肉のついた糸屑だと」

 確かにイラストは棒人間のままだ。

「もしかして俺たちのこと棒人間に見えてるの?ねえ」

 急に筋骨隆々としたフリフリ姿の男に虫の羽根が生え、そして笑顔で筋肉に頬ずりをしている絵に変わった。

「うえっ」

「筋肉にはキラキラの元へと集まる妖精がいます。彼らはエルフを守ってくれる存在です」

「え」

「え」

「彼らがいると何故か疲れず、そして筋肉はとても美しく輝きます。そしていちばん大切なのは、その輝きが人々を癒やし、森や水が清らかに」

「ちょちょちょちょ今度こそ待ってよ」

「なんだ」

「高橋お前、エルフだったの?」

「私はエルフじゃないぞ」

「えっでもエルフを守るとかなんとか」

「エルフなのは私の師匠だ」

「なんか新要素多くない?」

「新要素ってなんだ。私は元々糸屑だった。師匠に学び人となった。そして紆余曲折あってキラキラ、つまり妖精たちに好かれたんだ」

 紙芝居は急にマッチョな高橋の、顔以外は写実的なイラストが描かれたシーンに変わってしまった。

「妖精さんにエネルギーを分けてあげなくては、この筋肉はただの筋肉になってしまいます。だからこそ私は沢山ご飯を食べるのです」

「大事なところ全部適当でやんすよねこれ」

「適当じゃないぞ。長すぎるから短くしたんだ」

「少しくらい中身が知りたいでやんす!」

「……厳しい修行だった。山を超え、飛行機から落とされ、海を渡って米国まで行った」

 急に目の前に幼く細い体に、今の高橋の顔がついた少年が現れた。結構グロいが、山田は何も言わない。

「;キュあhfpぇ」

「何でやんすかこの音声」

 早回しで動画が流れていく様子に合わせて音が早回しになっているのだろう。動画は目で追えても耳がついていかない鈴木は、キュルキュルという音だけが聞こえる中、映像だけ見ることが出来る奇妙な状態になってしまった。

 時折苦しそうに手をつく高橋顔の細い人物が若干気持ちわるい。

「うっうっ」

「何がどうなって泣き出して……」

 鈴木が山田から目を離して画面を見ると、筋肉ダイナマイトバディの顔だけきれいなエルフっぽい男性が、手を差し伸べている。

 とにかく早回しなので何を言っているかわからない。多分何か良いことを言っているのだろう。

 雪山の頂上で急に朝日が差し、筋肉の光る高橋が一人立っていた。

「うっ、うっ、いい、いい話だった」

「なんで泣いてるでやんすか!?」

 振り返ると高橋も泣いている。

「ここに来るまでを想像したら……もう……」

「あの頃のことを見ているようだった。写真も見せていないのに、先生にそっくりで。小さい頃の私もそのままだった」

「想像力が!豊かすぎる!」

「どうした、鈴木。ヤンスを忘れているぞ」

「あっしのせいじゃないでやんす」

「うっうっ」

 泣きすぎたせいか山田がえずき始める。

「大丈夫だ、落ち着け。筋肉を見るんだ。元気が出てきただろう。」

 高橋が左手で背中を擦りながら、右腕の筋肉を見せた。山田の涙が止まり、呼吸が落ち着く。

「すごいよ、きんにく」

「そうだろう」

 がっしりと手を組む二人。またこの展開か、と鈴木はため息をついた。

「体作りがどれほど大切かわかっただろう?」

「ああ。」

「伊勢海老、食べるか?」高橋が笑顔で問う。

「いらね」山田が、笑顔で答えた。

 次の瞬間、山田の悲鳴が響いた。

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