本当ですか山田君

円盤

想像力の化身、山田

「なあ」

 1限と2限の間。他の生徒はまだぼうっとした顔をしている中、チャイムが鳴ると同時に隣の席に座る男子生徒に話しかける少年がいた。彼の名前は山田。髪が若干茶色がかってはねている。身長は低めであり、ぶかぶかとした制服が印象的である。

「なんでやんす?」

 特徴的な瓶底眼鏡が応える。彼の名前は鈴木。ガリガリの体型に、異様に目が小さく見えるほどの厚い凹レンズが特徴的だ。髪は真っ黒で、一本の乱れもなく七三分けとなっている。

「どうしてお前いつもそんな眼鏡してんの?」

「ファッションでやんす」

「ファッション!?」

「あっしの憧れは瓶底系インテリ、略して瓶テリでやんすからな!」

「テリヤキ!」

 二人の会話に割り込んで来たのは元気そうなマッチョだ。彼の名は高橋。身長185cmの、鍛え上げられた高校生でもなかなか見ないガタイの良さが特徴的である。その両手には大きな重箱が抱えられており、風呂敷には筋肉の部位を表す言葉が印刷されている。

「照り焼きは美味いぞ、俺は大好きだ」

「いや今その話じゃ無いから」

「ビンテリでやんす、ここ大事でやんす」

 周囲のクラスメートが次の授業の準備をする中、マッチョは持ってきた弁当を開けた。休み時間はたったの10分。モタモタしている暇はないと言わんばかりの無駄のない動きで重箱を机上に並べ食べ始めた。重箱は全部で3段で、1段目はおにぎり、2段めは鶏ささみをアレンジした様々な料理。そして3段目には一般的な男子中学生が喜びそうなメニュー、からあげやハンバーグ、卵焼き。隙間にはブロッコリーとミニトマトがぎっしりと詰まっていた。

 食べ盛りだからと山盛りのご飯を朝から出されることが増えていた山田は、朝食の量を思い出して吐き気を感じながらマッチョに話しかけた。

「まだ一限目だよ?」

「自分で作ってるから大丈夫だ、いざとなったら家庭科室で追加を作る」

「大丈夫じゃなくね?」

「頓珍漢すぎる答えでやんす」

「大丈夫だ」

 話しながらだというのに、もう弁当の中身は3分の1になっていた。

「早」

「今消えなかった?え?気の所為?」

 よく観察しようと目を凝らしてみるが、食べている瞬間が見えない。

 どんどん減っていく弁当の中身になぜか焦りを覚えながら凝視していると、隣の鈴木が声を上げた。

「今!今食べたでやんす!」

 鈴木が眼鏡のテンプルに手を当てて嬉しそうに振り返る。

「見えたの」

「ビンテリ特有の眼鏡による動体視力の強化でやんすから!」

「すげえ全然わからんけどすごいビンテリ!」

「もっと褒め称えても良いでやんすよ」

「眼鏡はすごいと思うぜ」

「これはビンテリの能力でやんす!あっしはずっと目指しているでやんす!」

「ビンテリって目指すものなん?」

「勿論でやんすけど?」

「そうだな、目指すものだ」

 高橋が爆速で中身のなくなった弁当を片付けた。早弁犯行時間はったったの3分である。

「高橋お前授業中でも見つからないで食えそう」

「一度やろうとしたがだめだった。六波羅先生は私が何を食べたかまで当ててきた。恐ろしい慧眼だ」

「六波羅先生は後ろにも目が付いてるでやんすからなあ。あれ絶対ロボットだって」

「流石にそれは言い過ぎじゃないか?俺あの先生の授業今日が初めてで噂しか知らないけど」

「鈴木の言う通りだ、山田。私もそう思う。六波羅先生は私のうどんすすり法飲食にも気がつく恐ろしい動体視力に正確すぎるチョーク投げ。鈴木の眼鏡にも匹敵する力を持つに違いない」

「ビンテリメガネ並の眉唾じゃん。比喩?」

「何を言うでやんすか!これまであっしは必死になってビンテリを目指してきたんでやんす。あまりバカにするとおこるでやんすぞ!」

「そうだそうだ。鈴木のビンテリはすごい。もっと想像力を働かせるんだ」

「想像力を?はあ、わかったよ」

「えっ」

 想像力という言葉に大真面目に返した山田に対し、鈴木が困惑の声を漏らした。

「ちょ、ちょっと待つでやんす、あっしのネタでやんすから山田氏、落ち着いて」

 山田は静かに目を閉じた。自身の周囲に、強い風が吹き荒れている気がしてきた。

 真っ暗な視界の中、眼の前に見えたのは生まれたばかりの赤ん坊を寝かせるための小さなベッド。その横には瓶底眼鏡をつけた女性がベッドに寝転んでおり、備え付けられたナースコールのボタンや小さなキャビネットがそこを病室だと山田に教えてくれた。

「やっと、やっと私達の子が」

 瓶底眼鏡の女性が話す。

「ああ。男の子だそうだ。それに、ビンテリになるための条件を満たして生まれてきたのだ。この子はきっと世界一のビンテリになるに違いない」

 同じく瓶底眼鏡をつけた若い男性が優しい声音で返した。鈴木の父母らしき人間が笑顔で見つめるその先には、生まれたばかりの赤ん坊。その顔には似つかない程の大きな眼鏡がかけられていた。

 ゆっくりと離れていくと、また急に景色が変わった。

 見たところ、幼稚園の制服だろう。黄色い帽子に大きな眼鏡。分厚いビンテリ大全と書かれた辞書をその手に持ち、鈴木と思わしき子供が歩いていた。

「お前はビンテリを目指すために生まれてきた」

「ほら!眼鏡をもっと尊重するのよ!」

 ものすごい速さで成長していく鈴木。周囲の人間達からの賛美と嫉妬。

「瓶ぞこ偏差値が上がることで、僕は成長してきたでやんす」

「ヤンスすら習得してしまうなんて、やはり才能だわ」

「ああ。だからこそ厳しく接しなければ」

 優しい姿から一変、恐ろしい形相の両親の姿が現れる。

「お前は瓶底偏差値の重要性がわかっていない!」

 落ち込む鈴木がそれでも家族の写真を胸に勉強に励む姿に、山田は一筋の涙をこぼした。

 猛吹雪が山田を襲った気がした。

 ゆっくりと目を開けるとあたり一面真っ白な雪山に、制服姿の鈴木と地に伏した高橋がいるではないか。

「私にビンテリは、もう無理だ……」

 マッチョ高橋は眼鏡のテンプルが自身の強すぎる力でねじ曲がってしまったことで、今の瓶底を手放さねばならなくなってしまったらしい。

「そんなこと言うなんて悲しいでやんす!」

「やん、す、か。さすがビンテリの申し子。俺も習得したかった、な……」

 マッチョが倒れた。そうして息を引き取ったマッチョの眼鏡が、雪山に雪崩を起こしすべてを流していく。

 今度こそ何も見えなくなり、山田は現実世界で目を開いた。

 量の目からは涙がとめどなく流れている。

「おまえら……グスッ、瓶底にそんな、ドラマがっ……」

「……はいでやんす?」

 山田はぐっと拳を握りしめ、マッチョの方を向いた。

「ビンテリ、奥が深いッ…!」

「そうだろう」

「ああ。すまなかったよ鈴木……いやビンテリ木」

「語呂が最悪でやんす」

「これからは俺もお前のこと、ビンテリの申し子って呼ぶからさ。応援してるよ」

 とてもいい笑顔で手マッチョと肩を組むと、すうっと息を吸い込んだ。

「「ビーンテリ!ビーンテリ!」」

「なんで揃ってるんでやんすかァ!!」

「「ビンテリーそれーはー命を燃やす人々のーコショウー」」

「何その歌!!」

「「コショウは辛いー」」

「息合いすぎでやんすけど!」

「「おれたちはマブダチ、辛いのは大人の味」」

「ピリピリ」

「カラリ」

「急なソロパートにも対応してるぅ」

 二人は向き合い手を合わせると大きく息を吸い、体を屈めると一気に天井を仰いだ。

「「最高おおっのーー!!!!」」

「餃子食いてー!」「ジャーマンポテイトォー!」

 ぷつりと歌が止む。

 そしてにらみ合った。

「コショウの話で餃子は無いと思うが」

 マッチョが言う。

「はっ、ジャーマンポテトなんてありきたりすぎるね」

 山田が言った。

「なんだと!」

「コショウとお酢は大人の食い方!お前の様なお子様舌にはわからない大人の味わいなんだよ!」

「俺たちはここまでだ」

「ああ、私もきみとなど願い下げだ」

 二人はビンテリ……ではなく鈴木を間に挟み背を向けて座った。

「脆すぎる友情でやんす」

 鈴木がため息をつくと教室のドアが開き、髪の毛を一つに束ね、肌の色が明らかに金属光沢をたたえた六波羅先生が入室してきた。

「ドウしました、山田サン、高橋サン」

 二人が前ではなく横を向いて座っていることに疑問を持ったのだろう。

「理由を申し上げてクダサラナイ場合は実力行使にうつらせてイタダキマス」

 腕をぴったり90度に持ち上げて、二人をロックオンした。

「ハハハ先生。これはわかる。僕の空想が生み出した先生の姿」

「は?何言ってるでやんすか山田氏」

「俺はまだビンテリの世界に囚われていたということか」

 山田は額に手を当てて苦笑いをすると、人差し指を六波羅に向けた。

「山田、大人しく席につけ」

「山田氏落ち着くでやんす」

「大丈夫さふたりとも。これはビンテリの世界が見せた空想の世界、今すぐ夢から覚めるから待ってろよ!普通の先生!俺は授業を真面目に受け」

 山田の意識はそこで途絶えた。最後に感じたのは、頭に直撃するチョークの痛みと粉っぽい匂い。

 1分後、軽い失神から目覚めると、チョークを握ったままの手を腕につけ直している先生が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「ダイジョウブデシタカ」

「先生本当にロボットだったんかーい!!!」


 そう、山田はまだ知らないのだ。自分の想像力のたくましさを。

 この学校は普通の人間なんか誰一人通っちゃあいないことを。

 ビンテリは本当に存在していたし、マッチョの筋肉も栄養補給のスピードもただの筋肉じゃあなかったから必要だったのだ。

 先生は意識と肉体を切り離してロボットになっていたし、山田に一度も登校していないと思われている前の席の女子は、透明人間だった。

 それに比べると山田が出来るのはせいぜい妄想を映像化して見せる程度のことではあるのだが……

 すべて知らないから、今日も彼は自分を普通だと思いこんで学園生活を送っているのだ。

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