イケメン転校生の襲来

「聞いたか」

 山田の問いに、瓶底眼鏡の鈴木が答えた。

「東地区のごみ拾いの話でやんすか」

 山田は頭を傾げると鈴木の瓶底眼鏡に今にもつきそうなほど顔を近づけた。

「この話でそんな真面目そうな内容が出てくると思ったのか?頭大丈夫か?俺がそんな賢そうに見えるか?」

「な、何かあったでやんすか?」

 本気で心配そうな顔をする鈴木に、居たたまれなくなった山田は顔を隠してしまった。

「鈴木。山田が言っているのは恐らく、転校生の話だろう」

 今日も今日とて弁当を広げているのはマッチョの高橋。時間はまだ2限目が終わったばかり。後でかけるタイプの中華丼で、どんぶり3杯分程度の量である。

「転校生……確か隣のクラスの生徒でやんしたっけ?」

「そうだ。高校に入ってから能力が判明したらしく、急遽転校が決まったとかなんとか」

「おいおいおいおい能力とかなんだよあいつイケメンのくせに頭もいいのかよ」

「山田氏……」

「山田……」

二人に哀れみの目を向けられた山田はなんだよなんなんだよと悪態をついた。


「イケメンってもう確認しに行ったでやんすか?」

「あの名前はイケメンに決まってる!!!」

「すごい決めつけでやんすな!?」

「山田、君はイケメンに何か嫌な思い出でもあるのか?」

「ああ。当たり前だ!!」

 山田が目を閉じると、小学校の教室が映し出された。黒板の前で会話に興じる少年少女の真ん中には、やたらとキラキラ光って見える男が立っていた。

「あいつは、いつも光ってた。実力とか、自信とかそういうのが態度に溢れ出していたんだと思う。まぶしくて俺は見ていられなかった」

 あきれた様子でそれを見た二人は、素直な感想をこぼす。

「光っているでやんすな」

「ああ。物理的に光っている」

「肉の文字が書いてある有名なプロレス漫画しかり、ウサギの耳が生えている仮面の男しかり、イケメンは顔が光って癒しの光を出すとかなんとか言うじゃないか」

 筋肉質な肉と書かれた男性と、ピンク色で正義を掲げていそうなウサギの耳の男が現れたので、鈴木は山田を揺らして妄想をかき消した。

「ちょちょちょ版権且つ中途半端に他世代に伝わらないボケはやめてほしいでやんすけど!?もうネタ切れみたいでやんすよ!!??」

「そんな、彼らを知らないのか!一般高校生に高度なボケを求める方が悪いんだ、大抵が流行ってるもののもじりだぞ!」

「いやそうでやんすけど高橋氏ちょっと何か言ってやってほしいでやんす」

「私はどちらも知らなかった。癒し効果が筋肉以外にあるなんて……」

「これが世代格差ってやつかー!」

「突っ込みが追い付かねえよぉぉぉぉ!!!……あっ」

 鈴木は語尾を忘れたことに対し一通り恥ずかしがると、深呼吸をして山田に向き直った。

「思いっきり脱線したでやんすな、で、初恋の子を取られて恨んでるってことで言いでやんすか?」

「それだけならまだ普通のイケメンとして処すだけでよかった」

「処してる時点でアウトでやんす」

「あいつはいつも光っていて。しかも俺の前の席だった。だから前が見えなくて授業の黒板が見えなかった」

 確かにまぶしくて直視できない上、前のイケメン君とやらが手を挙げて正解したときは、より恐ろしいほどの光を見せていたので勉強どころではなくなっていた。

「俺の成績は落ちた。正直もともと勉強できなかったからどうでもいいと言えばどうでもよかった」

「どうでもよくないと思うでやんす」

 高橋が中華丼の花ことウズラを山田の手の上に置いた。

「クラスの女子が日々あんまりにもイケメン電球男を見てるから、君もあいつがまぶしいの?って聞いたんだ。でも答えは違った。キラキラして格好いいよねって言われた」

「はあ」

「キラキラなら任せろ。今日も私の筋肉はキラキラと輝いている」

 敢えて横顔を見せながら力こぶを作り、高橋はポーズをとった。

「高橋くぅん」

 猫なで声のような気持ちの悪い声で山田は話しかけると、今度は探偵のように腕を組んで眉間を人差し指で軽く叩いたのち、少しハスキーになった声で問いかけた。

「モテたことある?」

「……」

 高橋は目を逸らして目をつむると、山田の手の上にあげたウズラを箸でつかんで食べた。

「で、俺はあいつの顔を改めて確認してみたんだ。でもその時にはもうあいつ」


 山田の声に合わせて、顔の光り輝いた小学生が現れた。背が高めだがすっきりとした小学生らしい体形。姿勢はよく、髪もきれいに整えられている。

 ただしまぶしすぎて顔はほぼ真っ白、太陽の写真のよう。

 そしてその顔には、確かに「イケメン」と書いてある。


「どんだけ顔を覚えたくなかったでやんすかこの人」

「相当恨んでいたのか……」

 ひそひそと話し込んでいると、急に教室がまぶしさを増した。山田の妄想が激しくなったのかと高橋が薄目で確認すると、如何やら光源が二つに増えている。

「山田、今の姿を想像しているのか?」

「そんなわけないだろ!ただでさえもイケメンなんて嫌なのに、なんで俺があいつの顔なん「山田君!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」


 さわやかな声が響き渡ると同時に、教室がより強い光で覆われた。


「うわああああああああ!?!?!?」

「山田君!会いたかったよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ずんずんと太陽が近づいてくる。眩しさで気絶している生徒はギガントキプリスの能力を持つ戸田。夜目が効く分光にやられてしまったらしい。

「と、戸田君が倒れたでやんすー!」

「これは失神だ、ギガントキプリスは深海で目を発達させすぎて、光る生物の能力で簡単に失神してしまう」

「解説はいいから早く保健室に連れていくでやんすよっ」

「任せろ」

 高橋は持ち前の筋肉で戸田を持ち上げると、他の生徒にぶつからないよう天井を走って保健室に向かった。

「くるな、来るなああ」

 山田が必至で光に向かって手を振っているが、光はお構いなしに山田へと近寄っていた。

「いやあああああ」

「山田くーん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 光から声が発せられていると気が付いたのは、光にまとわりつかれた山田があまりの大声に失神したおかげである。

「山田君!?しっかりして!?僕さ、池之端明(いけのばたあきら)さ!!……くっ、また僕は君を傷つけてしまったのかっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 不安のためか光が和らぎ、顔だけが少しだけ光っている状態になったおかげで、高身長でさわやかな様子の制服の着こなしと髪型、つまるところ先ほど見た小学生がそのまま成長したかのような男子生徒が山田を抱えていた。

「鈴木。戸田君は連れて行ってきたぞ」

「さすがの高速でやんす」

「失神していたから、速度でもう一度失神されないのがよかった」

「なんか違う気がするけど今はよかったってことでいいでやんす。で、すごい事実でやんすけど、本当にイケメンだったでやんすなこの人」

「ああ。池之端に明、略してイケメンだったとは」

「いやそっちじゃなくてでやんすな」

「??」

 鈴木は深呼吸をし、そして指差した。


「イケメンって、本当に顔に書いてあるでやんす」


 大きめの文字でイケメンと顔に書かれている以外、何も凹凸が見られなかった。


「……」

「……」

「山田氏、ごめんでやんす。恨みのあまり顔を覚えてないとか言ったでやんす」

「すまない山田。私も疑っていた。お前は性根の曲がったやつなのかもしれないと」

「性根が曲がってるのは事実でやんす」

「そうだったか、山田、すまない」

 山田という声に反応した池之端は、鈴木と高橋を見るとイケメンの文字を少しだけ尖らせた。


「山田君の友達かい?」

 圧力を感じる文字に鈴木が後ずさりすると、偶然どこからか風に乗ってきたハンカチが切り裂かれて粉々になった。意味が分からないと思うが、確かにハンカチは粉々になった。

「お、おれっちのハンカチ」

 クラスメイトの一人がこぼしたと同時に、近くの机に、キュインという音と共に切り傷が生まれた。


 誰も声を上げられなくなったが、ここは筋肉に絶対的自信のある高橋が、冷静に返事をした。

「そこそこ仲のいいクラスメイトだろうか」

「しっ、知り合い以上友達未満というところだと思うでやんす」

 ぎこちない様子で鈴木が返す。

「おまえら友達じゃなかったのかよ!」

 池之端にお姫様だっこの状態で抱えられていた山田が目を覚ました。

「山田君!目が覚めたんだね!」

「やめろ光らせるなまぶしいやめろ」

「ああっ、すまない、僕は君の事となるとつい」

「降ろしてくれない?このままだと俺また女の子に恨まれて彼女出来なくなるから」

「彼女なんてつくらせるものか。僕は君一筋だって昔から言っているだろう」

「降ろせよぉぉぉ!!!!!!!!!!」

 ばたばたと暴れる姿を見て池之端は山田を膝の上に乗せたまま席についた。

「どう?少しは安定したかな?」

「不安定だから降ろして欲しかった訳じゃないんだけど!?」

「恥ずかしがらないで」

「恥ずかしいんじゃなくて引いてるんだって!あの頃もほんともうほんと!!!」


 山田の妄想がまた教室に溢れかえった。教室で人に囲まれてめそめそと泣いているのは幼い山田である。

『ちょっと山田くん、池之端くんを独り占めするのやめてくれない?』

 少し派手な服を着たクラスの女子たちであった。清楚系の女の子を背に、腕を組んで山田を囲っている。

『おれ、ひとりじめなんてしてないよお』

『清子ががんばって作った池之端くんへのお菓子、勝手にあんたが食べたって聞いたんだけど!最悪!!!!』

『知らないよ、池之端が勝手にくれたんだよ!』

 想像の中に可愛らしいラッピングの袋が現れる。

『これ!清子のやつじゃないの!あんたやっぱり食い意地が』

『無理やり取ったんじゃないってば!くれたの!文句は池之端に言えよ!』

『全部平らげてなによ!』

『一口でやめたし食べれなかったし!』

『は?まずいって言うの!?』

『まずいに決まってる!』

『あんた最悪ね!』

『最悪はそっちだろ。よくよく考えたら、いつもあいつ髪の毛の入ったクッキーばっかり貰って可哀そうなんだよ、女子ってほんと呪いとか好きだよな!普通のにすれば食べてくれるだろ!』

 山田がこの言葉を発した瞬間、想像の中にまずそうなクッキーが映し出され場の空気が凍り付いた。派手1号以外の取り巻きが清子ちゃんから少し離れた。

『わ、わたし、そんなの作ってない……ちゃんと抹茶のクッキー、一所懸命作って渡したのに』

『抹茶??』

 清子ちゃんが震えながら泣く様子を見て、山田を怒鳴りつけていた派手1号がラッピングの袋を取り出した。確かに山田が池之端にもらったものだ。

『あんたの机から出てきたの。清子が作ったやつ!』

『確かにそれはおれが池之端にもらったやつと同じ見た目だけど、おれ抹茶なんて苦手だから食べないよ、俺が食べたのはチョコの』

『チョコの??』

『チョコの、クッキー……』

『ってことはどういうこと?え?池之端くんは清子のクッキーを食べたってこと?』


「なんか急にミステリーになってるでやんすな」

「これはいったい何があったんだ」

「あれは、僕の間違いだったのさ。ごめんよ山田君……君が苦しんでいたのは僕のせいだったんだね」

 イケメンの文字がちょっと気持ち悪い感じでうねっている。

「クッキーを親に処理させた後、中に僕が作った山田君専用の祝福クッキーを入れたんだ。当時優等生だった僕はお菓子を学校に持ち込むのは危険だった。だから丁度いい女から貰ったことにして、山田君にあげたんだ。あの時から僕たちはずっと一緒。進学先が分かれそうになった時はどうしたものかと思ったけれど、新しい能力とやらも芽生えて僕は君とずっと一緒にいられるようになったんだ。運命だよね、祝福だよね」

 当たり前のように危険な内容を口にすると、嬉しそうに膝上の山田を撫で始めようとした。山田は一瞬の隙をついて羽交い絞めにされていた状態を抜け出すと、一目散に教室を飛び出した。

「ああっ、山田君っどうしてっ!イケメンすぎるせいで女どもが寄ってくるから、わざわざ顔に君が書いてくれた文字のマスクをかぶって女除けをしているんだよ!すべては君のためにっ」

「うるせえ近寄るな俺の安寧を返せええええ」

 池之端もつられて出て行った。

 

 静かになった教室で、珍しく高橋がポツリとこぼした。

「鈴木」

「なんでやんすか?」

「恋というのは……危険なんだな」

「……そうでやんすなあ」

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