050号室 襲撃と防戦

~ヌエヴォ・グラン周辺~


 ヌエヴォ・グランの周辺に、少人数の集団がいた。


「準備は良いか?」


「はい。合図の狼煙を上げれば、周辺に待機している仲間が一斉にホテルへ押し寄せる手はずとなっています」


 集団の中心にいるのは、冒険者に扮したセドリック・メルキュール男爵だった。

 彼らの目的は、クリスティアン王子襲撃・暗殺の混乱に乗じホテルを占拠し、本国との連絡を遮断して両国をより混乱させること。フランソワ皇太子もいるので、彼を利用してさらなる混乱に陥れられれば大金星である。


 そのため、彼らは観光客の次に多い冒険者になりすまし機会を見計らっているのだ。


 だが、その企みはもろくも崩れ去った。


「お前ら、こんなところで何をしているんだ?」


「ギルドカードを見せていただけますか」


 メルキュール男爵達を発見したのは、アルフレドとセシリオだった。

 実は会場となるヌエヴォ・グランの周辺を警備するため、リオはブルーノに依頼して信頼の置ける冒険者達に街中の警備を任せていたのだ。

 その警備依頼の中心的役割を果たしているのが、アルフレドとセシリオだった。


「なんで同じ冒険者なのにそんな事聞かれるんだ!」


「それはアレだ。今俺達はこの街の警備を依頼されているからな」


「そんな中、急にこの街を訪れる冒険者が増えた。今行われている会談と無縁とは考えにくい。なのであなた達をマークしていたんですよ。それに第一……」


 セシリオは一呼吸置き、断言した。


「貴方、貴族ですよね? 立ち振る舞いに貴族らしさが抜けきっていない。仮に自分のような貴族出身の冒険者だとしても、貴族成分が純粋すぎる。冒険者をやっていればいくらかは冒険者らしい仕草をするはずなのに、貴方はそれが一切感じられない。

 というわけで、貴方は何者なんです?」


「くっ……」


 メルキュール男爵は言葉に詰まってしまった。セシリオの追求が真っ当すぎるように聞こえ、反論が何も思いつかないのだ。

 そんな中、1人の冒険者がアルフレドに耳打ちした。


「新しい情報が入ったぞ。どうやらホテルの中で起こった襲撃事件、未遂に終わったらしい。王子も皇太子も無事だってよ。

 それとアーティチョークで不審な軍隊が見つかったみたいだが、すぐ鎮圧されたそうだ。

 大方それらの混乱に乗じてホテルを占拠してやろうって腹積もりなんだろうが、もう失敗しているからやめとけ」


「男爵……」


「……どうやらここまでのようだ。すまない、ジェルヴェーヌ……父上……」


 不安そうに見つめる配下の声に対し、メルキュール男爵は降参の意思を示した。

 最後に、ここにはいない妹と父に向けた謝罪を口にしたのだった。




~バノデマール~


 バノデマールにあるカシオン・デル・マール。

 ジュリアン王子らが泊まっているスイートルームにて、事件が起こった。


「失礼します。こちらにバジル・ノボテル殿はいらっしゃいますか?」


「それはワシのことだが、何なんだ一体」


 バジルはジュリアン王子へ挨拶に来ていたのだが、その最中に警備係のスタッフゴーストから半ば強引に部屋へ踏み込まれたのだ。


「実はバノデマールのノボテル商会から通報がありまして。『禁じられた領域はもうすぐ混乱状態になる。リッツ王国の本店ともリリアーヌとも連絡が取れなくなるから、全てワシに任せて欲しい』と執拗に言い詰め寄る人物がいたと」


「ワシ独自の情報網から入手したのだ。それにワシはノボテル商会長の兄弟で、幹部だ。非常事態に全てを差配するのは当然だろう」


「その点は各商会の規則がありますから我々にはなんとも……。ですがそれだけでなく、最近街中に冒険者を装った不審者が大勢見受けられまして。

 彼らを職務質問したり逆上して暴れた者を取り押さえたりして話を聞いた結果――どうも貴方に雇われていたらしいじゃないですか、バジル・ノボテルさん。どうもノボテル商会の支店を最終的に武力で占拠しようとしていたとか」


 『役立たず共が……』と小声で舌打ちをすると、バジルは開き直った。


「フン、お前らのオーナーもどうなるかわからんぞ? 何せ、会談に使っているホテルで我らが主が戦っていらしているのだからな」


「ああ、その件ですが――鎮圧されましたよ。死者、ケガ人ゼロです。どうもこの事件に連帯して各地で色々と画策していたようですが、全て火種の内に解決してしまったとか」


 『へ?』と間抜けな声を漏らすと、バジルはみるみる顔が青ざめていった。


「それより、我々以外に知るはずのない襲撃事件を知っていた上に、成功すると思い込んでいた……。ゆっくりとお話を伺いたいですね、バジル・ノボテルさん」


「そ、そ、そこをどけええええぇぇぇぇぇ!!」


 追い詰められたと悟ったバジルは、部屋を逃げだそうとした。だが普段運動をせず戦闘系のスキルも持たないバジルは玄関を塞いでいるスタッフゴーストを突破することが出来ず、あえなく御用となってしまった。


「ワシの、ワシのノボテル商会があああぁぁぁぁ……」


「キビキビ歩け! 洗いざらい吐いてもらうぞ!!」


 バジルは警備係のスタッフゴーストに連れて行かれてしまった。

 それを見届けたジュリアン王子とジェルヴェーヌだったが、突如ジェルヴェーヌが膝をついて崩れ落ちてしまった。


「終わったわ……終わってしまったのよ!!」


「ジェ、ジェルベーヌ、急にどうしたんだい!?」


 ジェルヴェーヌの急変にうろたえるジュリアン王子だったが、ジェルヴェーヌは吐き捨てるように言い放った。


「ウチは、お兄様のためにあんたと仲良くなったのよ! あんたに惚れさせて、モンフォルテ公爵令嬢と婚約破棄させるためにね。そのためにわざとかわいらしい口調を身につけたり、『魅力』のスキルを総動員してね」


「え、え……?」


 あまりの豹変ぶりと情報量に、王子は何も出来ずにいた。


「全てはお兄様と、お兄様の所属する主戦派のためよ。モンフォルテ公爵令嬢とあんたを婚約破棄させて、パラドール王国とリッツ王国を戦わせて、メルキュール男爵家を出世させようとしたの」


「な……なぜそのようなことを……」


 ジュリアン王子はなんとか口を動かし、理由を聞いてみた。


「あんたもウチと何年も付き合ってたんだから、ウチの家の扱い知ってるでしょ? 他の貴族からは田舎者だとバカにされ、土地は痩せて領民達は貧しい暮らしを強いられている。でも今の平和で代わり映えがない世の中じゃ、出世もままならない。

 だから戦争が欲しいの。戦争で武功を挙げて出世して、良い領地をもらって馬鹿にされないようにして、稼いだ金で貧しい領民を救うのよ。

 まぁ、この事を考えたのは亡くなったお父様だけど、ウチらは知らなかった。お兄様が急遽跡を継いだときにこの計画が発覚して、もう後戻り出来ない所まで来ていたの。

 それに領民を救うことが出来るならって言って、お兄様は悪いことだと知りつつ積極的に手を貸していたわ。そんなお兄様が大好きだから、ウチも協力した……」


 全てを打ち明けたジェルヴェーヌは、おぼつかない足取りで部屋を出ようとした。


「ジェルヴェーヌ、どこへ……?」


「冒険者ギルドへ自首に行くわ。今の禁じられた領域は、冒険者ギルドに治安維持を任せているらしいから。

 それと――ありがとうございました。打算しかなかった恋だったけど、貴方とパーティーでバカ騒ぎしている時間は、自分に課せられた役目とかを忘れられて、幸せでした。

 今度は婚約破棄などせず、きちんとした女性と真面目にお付き合いしてくださいね」


「待ってくれ、ジェルヴェーヌ……ジェルヴェーヌ!!」


 カシオン・デル・マールのスイートルームは最も広い客室だが、ただ1人残されたジュリアン王子にとって、この広さは虚しさをより強調するだけだった。

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