049号室 押し寄せる襲撃
「そこまでだ!」
クリスティアン王子が刺されるかと思われたその時、床下から警備係のスタッフゴーストが現れ、襲撃犯を取り押さえた。
さらに次々と警備係のスタッフゴーストが現れ、より強固に取り押さえたり安全の確保に動いていた。
「妙なスキルを使っていると思ってマークしていたのが正解だったな」
「え、気付いてたの!?」
思わず警備係のスタッフゴーストに尋ねてしまった。
「そうです、オーナー。どうやら隠密系のスキルらしく、手練れの戦士でも見破るのは難しかったでしょう。我々警備係のゴーストでなければ見抜くことは難しかったと思います」
なんと、警備係のスタッフゴーストにそんな特殊能力があったとは。スキルは成長しきったのに、まだまだ新たな発見があるな。
そして襲撃現場では、新たな動きがあった。
「お前は、コンスタン・スーリッツ公爵!!」
「知ってるのか、フランソワ」
「ああ。一応リッツ王家の分家に当たる家柄の当主だが、少々訳ありの家でな」
緊急事態で気が動転しているからか、クリスティアン王子とフランソワ皇太子の口調が友人同士のものに変わっている。
フランソワ皇太子の話によれば、かつてリッツ王国を二分する大きな内戦があった。その時に王家へ反旗を翻した勢力が、なんとあるリッツ王家に連なる者だったという。
結局その者の勢力は負け、表向きは王族の分家と言うことで『スーリッツ公爵家』を創設し、領地を下賜したが実態は辺境の地だった。そもそもスーリッツの『スー』は『下』と言う意味で、つまり『リッツ家の下』という屈辱的な名前なのだそうだ。
そんな事実上追放処分を受けたような元王族の末裔が、今目の前で取り押さえられているスーリッツ公爵なのだそう。
「我の役目は失敗したか……。だが、これで終わりだと思うなよ、フランソワ皇太子」
「どういう意味だ、スーリッツ公爵」
「我の策は幾重にも弄している。我が主戦派の同士達は社会を混乱に陥れ、戦争へ向かうためにそれぞれがあらゆる場所で行動を起こしている。パラドール王国、リッツ王国、そして禁じられた領域にも根を張っているし、このホテルももうすぐ阿鼻叫喚に包まれるだろう。
……ま、主戦派の頭領である我が失敗してしまい、同士達には顔向け出来んがな」
なんと、度々話に出てきた主戦派の頭が、この異様に影が薄い男だったとは。
それよりもこいつ、禁じられた領域含め世界各地で良からぬ事を企むみたいな話をしていたぞ。
「モニカ! 至急パラドール王国とリッツ王国各地に警戒するよう連絡を入れろ!! それと、禁じられた領域の各ホテルに警戒態勢、あとシウダの警備を依頼していた冒険者ギルドに厳戒態勢を取るよう伝えるんだ!!」
「承知しました」
とりあえずやれることはやったが、間に合うか……?
~パラドール王国・アーティチョーク~
パラドール王国側の禁じられた領域への玄関口であるアーティチョークでは、不審な兵士達が集まっていた。
「侯爵、準備が整いました」
「そうか。野郎共! 手はず通り進軍だ!!」
この兵士達を率いているのは、主戦派の1人でありパラドール王国帰属でもあるサルバドール・ベラスケス侯爵だ。
彼は禁じられた領域でクリスティアン王子が襲撃されたのと同じタイミングで兵を動かし、王子を救出する――という名目でリッツ王国に侵入しようとしていた。そうすることでリッツ王国との関係をこじれさせ、戦争に向かわせる作戦だ。
また、あわよくば禁じられた領域を支配下に置きたいとも考えていた。禁じられた領域は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの一大リゾート地で、手に入れられればその利権は計り知れない。
だが、そんな彼の望みは早くも頓挫することになった。
「そこの怪しい集団! 止まりなさい!!」
「む、正規兵か」
ベラスケス侯爵の軍隊を止めたのは、パラドール王国の正規兵の軍隊だった。
自分の行動がバレてしまったが、ベラスケス侯爵は開き直ることにした。なにせ自分は貴族で、閑職とはいえ階級は高く、押し切ろうと思えば押し切れるからだ。
「おい、お前が俺様に命令を出せると思っているのか? 俺様はベラスケス侯爵だぞ」
「ベラスケス侯爵でしたか。しかしなぜこんな場所で兵士と共にいるのですか? あなたには出撃命令が出ていないはずですが」
「クリスティアン王子殿下が刺されたと情報が入ったのだ。殿下の一大事ともなれば、すぐ駆けつけなければ、命令など待っておれん!!」
兵士の質問にイライラしながら答えたベラスケス侯爵だが、イライラに任せてつい口走ってしまったことが命取りになった。
「おや、クリスティアン王子なら襲撃はされましたが、負傷される前に下手人を取り押さえたと連絡がありました。信頼できる情報筋からの連絡ですので、間違いはございません。
しかし、なぜ侯爵が王子の襲撃を知っているのですか? 侯爵の職務では、この情報をいち早く手に入れるのは不可能かと存じますが」
「いや、それは、その……」
クリスティアン王子への襲撃が失敗したこと、襲撃事件がすでに国へ知らされていたこと、そして自分が口走ったことが逆に自分の首を絞めることになったこと等、あらゆる物事が自分の不利に傾いてしまったとベラスケス侯爵は気付いたが、時はすでに遅かった。
「ベラスケス侯爵、私と共に付いてきていただけませんか? 実はつい先程、怪しい人物や団体を見かけたら片っ端から連行しろと命令がありまして。ちなみにこの命令は侯爵よりも上位の方からの命令ですので、貴族や階級を理由に拒否することは出来ませんのでご理解ください」
「クソがぁ……。野郎共! 俺様達の未来を奪うこいつらを、全員始末しろ!!」
「やぶれかぶれか! 全員、すぐに応戦しろ!!」
こうしてベラスケス侯爵の軍隊と正規兵の間で戦闘が起こったが、被害が広がる前にあっさり決着が付いた。
実はベラスケス侯爵は階級だけが高い閑職にいたため、動かせる兵士は少なかった。またベラスケス侯爵家は度々訓練中に兵士を死亡させることで悪名高い家柄であったため、訓練すら最小限にしか許されていなかった。
つまり数は劣勢、おまけに練度も格段に低い状態であったため、あっさり正規兵に鎮圧・連行されてしまったのだ。
「話は王都で聞かせて貰う。洗いざらい全て吐いてもらうからな!!」
「クソッタレ……。俺様の、先祖代々の軍務大臣再就任の夢がぁ……」
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