051号室 事件の後日談
クリスティアン王子への襲撃事件は未遂に終わり、死者どころか大したケガ人もなく無事に幕を閉じた。
そして驚いたことに翌日から帰国するまでの間、交渉団の面々は何事もなかったかのように観光に繰り出したりして遊んでいたのだ。
「これくらい図太くないと、政治はやっていけませんから」
「全く同意ですね」
とは、クリスティアン王子とフランソワ皇太子の談。
まぁ、ヌエヴォ・グランのあるシウダはクラシカルなビルが並び立つビジネス街で、名物を出すレストランとかも少ないから観光名所が少なく、遊べるところがあるのかという疑問があるのだが。
ただ、この街の建築はこの世界の人達からすれば目新しく学べる部分も多いらしいので、街を歩くだけで楽しいらしい。
ちなみに、クリスティアン王子とフランソワ皇太子は目を付けた物件があったらしく、大使館として使用するため購入したいとの申し出があった。
立地も問題無いとクラウディアとモニカからお墨付きをもらったため即契約を結んだ。まだまだ空き家が多く、寂しい感じがするのでさっさと入居して欲しいからね。
そして交渉団が帰国した後、今回の襲撃事件について徹底的な調査が行われ、1ヶ月もすると事件の全貌が明らかになった。
結論から言うと、今回の襲撃事件とそれに乗じた行動は、全て主戦派が仕組んだことだった。
まずクリスティアン王子を襲撃すると同時に、ホテルを占拠する。外部と連絡を取れないようにして両国を混乱させるためだ。
その隙にパラドール王国の主戦派がクリスティアン王子救出の名目で軍を動かし、わざとリッツ王国の国境を越える。あわよくば禁じられた領域を占領するつもりだったらしい。
さらに禁じられた領域に展開しているノボテル商会の支店を全て掌握し、流通に打撃を与えさらに混乱を起こす。ついでにそのままノボテル商会全体を支配する。
こうして混乱の局地に導いた先に、戦争の火蓋を切り落とすというのが主戦派の目論見だったらしい。
ただ彼らは甘く見ていた部分があった。こちらはその気になれば全世界中に一瞬で情報を拡散できる手段を持っていた。これによって詳しい情報を速やかに各国へ届け、素早い事態の収拾が可能になっていたのだ。
加えて、禁じられた領域内に限るが警備係のスタッフゴーストの戦闘力が高いことも大きい。禁じられた領域から出ることは出来ない代わりに一般的なゴーストの弱点を持たず、ほぼ無敵と言っていい強さがあるのだ。
そういうわけで、主戦派の目論見は失敗に終わったのだ。
「……まぁ、例え成功していたとしても戦争が起こったかどうかは疑問ですわ。結局混乱を起こすことだけに終始していますし、軍が国境を越えても他の混乱に塗りつぶされる可能性もありましたわ。
お茶を濁す程度に兵を少数派遣して散発的に戦闘を行うポーズを取って終わりになって、主戦派が戦争の先に望む物が手に入らない結果になったかもしれませんし」
と、クラウディアは所感を述べていた。
次に、今回の首謀者がなぜ主戦派に合流したのかと、彼らの処分について。
最初に断っておくと、今回の襲撃事件に関わった者達は禁じられた領域で処分しておらず、本国送還して各国の判断で処分されている。禁じられた領域に刑務所などの刑事施設はあるが人手不足で、特に今回のような大事件や政治的特性の強い事件の犯人を扱う人間もノウハウもないからだ。
まず主戦派の中心人物だったコンスタン・スーリッツ公爵。以前フランソワ皇太子が言っていたように先祖のやらかしによって今でもリッツ王家から追放同然の扱いを受けているため、戦功を立てて中央へ舞い戻るつもりだったらしい。
なお、彼は『薄影』という影が薄くなるスキルを有していた。このスキルを極めれば完全に気配を消すことも可能で、このスキルを使ってクリスティアン王子に近づいて襲撃した模様。
スーリッツ公爵の処分内容は、本人の処刑。そしてスーリッツ公爵家の爵位剥奪と領地没収という非常に重いものとなった。やはり主戦派のトップであり他国の王族を殺そうとしたのが非常に問題視されたそうだ。
次にノボテル商会長の弟でリリアーヌさんの叔父にも当たるバジル・ノボテル。ノボテル商会の幹部だがほぼ名前だけで実権がなく、商会長である兄に不満を持っていた。主戦派に加わり戦争を仕組む側に立つことで戦争に乗じた商売を展開、功績を挙げて兄を見返し、あわよくば自分が商会長に収まろうとしていたらしい。
そんなバジルには懲役80年が言い渡された。彼の年齢やこの世界の平均寿命を考えると、終身刑にも等しいだろう。
さらにノボテル商会の内規により、バジルはノボテル商会を懲戒解雇になった。当然退職金や年金は出ない。
なおリリアーヌさん曰く、バジルは昔から傲慢で詰めが甘く、過去に何度も大きな取引を破談にさせてきたらしい。それでもノボテル商会の創業家で商会長の血縁だったから処分したくとも出来なかった。だから今回の事件でようやくノボテル商会から追い出すことが出来て清々しているようだ。
主戦派で唯一のパラドール王国側の人間、サルバドール・ベラスケス侯爵。元々ベラスケス侯爵家はパラドール王国の軍務大臣をも輩出した名門軍事貴族だが、代々粗野な人間が多く暴言や部下への暴行、さらには訓練中に兵を死なせることもあるという問題児の家系である事も知られていた。
戦争中であればそんな問題もある程度目を瞑ってもらえたが、平和な時代ではお目こぼしをもらえなくなり、ついには閑職に飛ばされた。そんな現状を打破するため、戦争を起こしてもう一度軍の名門として返り咲きたかったらしい。
そんなベラスケス侯爵は今回の事件でいくつも軍規を破っていたようで、今回の事件に対する罪状にプラスして軍事裁判で決定した罰も追加された。最終的に終身刑、そしてベラスケス侯爵位は剥奪され彼の遠縁の人物に譲渡されることになった。
なお、次代のベラスケス侯爵は役人系の人物で、軍とは縁もゆかりもないとのこと。
クラウディアの婚約破棄の原因になったメルキュール男爵令嬢の兄、セドリック・メルキュール男爵。
元々主戦派に与していたのは彼の父、先代メルキュール男爵だった。田舎者とバカにされる現状を打破し、貧しい暮らしを強いられている領民を救うために武功を挙げて名声と豊かな領地を獲得、そこから得られた利益で貧しい領民を救おうとしていたらしい。
そんな先代が急死し、セドリックが跡を継いだときに主戦派へ参加していたことが発覚、もう辞められないところまでどっぷりと関わっていたらしい。
結局、領民のためと自分を納得させ、父の主戦派での役目をそのまま引き継いだようだ。
そんなセドリックは領地没収と爵位剥奪の上、国外追放となった。
そしてクラウディアの婚約破棄の直接的な原因になったジェルヴェール・メルキュール男爵令嬢。
彼女は兄の決意と覚悟を目の当たりにして自分も助けになりたいと思い、ジュリアン王子に接近。かわいらしい口調や仕草を身につけ、さらに自分の魅力に補正をかけるスキル『魅力』を駆使して、見事王子のハートを射止めた。
その結果はご存じの通り、クラウディアの婚約破棄とパラドール王国、リッツ王国の関係にヒビが入る結果となった。
そんな彼女は禁じられた領域の冒険者ギルドに出頭後、リッツ王国へ送還された。その後、兄セドリックの爵位剥奪に伴い貴族位を失い、修道院へ送られることになった。
「しかし皆さん、戦争に希望を見いだしていた様ですが……理解できませんわ。戦争が起こっても必ず武功を挙げたり利益を上げられるとは限りませんのに。それに命の危険だってありますわ」
「僕が思うに、あの人達はいろんな意味で『詰んでいる』人達なんだ。このまま現状に甘んじていても命の危機があるわけではないけど、どんどん立場が悪くなったりどん底から這い上がる糸口すらつかめない人達ばかりだった。
だから、何もしなければ現状打破が出来る確率は0%、戦争が起これば1%。ほとんど変わらない確率だけど、追い詰められた人達にとってその1%は大きく見えるはずだよ」
「いつかブルーノさんがおっしゃっていた事ですわね」
『ところで……』と話を区切り、僕はクラウディアに聞きたいことを聞いてみた。
「これでクラウディアの婚約破棄から起きた件が解決したわけだけど、感想は?」
「スッキリしましたわ! 心残りが全て解決しましたから、これで安心して次のステージへ進めますわ。ね?」
僕のことを見つめるクラウディアに、僕は頷き返した。
そう、僕達はもうすぐ新しいステージ、新生活を送る一歩を歩み出すことになるのだ。
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