044号室 シティホテル・ステイ その2
夕食は、タワー館10階にあるレストラン『オブザヴァトリオ』でいただくことにした。
「わたくし達のお部屋の景色もいいですけど、このレストランの景色も素敵ですわ」
「展望を売りにしたレストランらしいからね」
時刻が夜と言うこともあり、街に明かりが灯る。その姿は非常に圧巻で、一度見れば胸に衝撃が走ると錯覚してしまうほどだった。
当たり前だがこの街にいるのは僕達だけで、ホテル以外の建物は全て空き家だ。だが僕達のために、スタッフゴースト達がわざわざ明かりを付けに行ってくれたらしい。
「ディナーはコースになっていますのね。見慣れた料理がありますが――一部見覚えがない料理がありますわ」
「ああ、これか。僕は名前だけ知っているだけだけど……気になるんだったら注文しよう」
ということで、コースのメインにはこの気になったメニューを選択した。
そしてコース料理は進み、ついにメインがやってきた。
「失礼します。こちらメインのシャリアピンステーキでございます」
「見た目はタマネギのソースを使ったステーキのようですが……え!? 食べたことがない柔らかさですわ!! どんなお肉を使えばこんな柔らかいステーキになるのでしょう」
「柔らかくする工夫をしているんだよ。肉をひたすらたたいてタマネギにつけ込む。これで徹底的に肉の線維を細かくしたり分解したりして柔らかくしているんだ」
実はシャリアピンステーキも、ホテル発祥の料理だ。
戦前の話だが、当時世界的に有名なオペラ歌手であるシャリアピンが来日した際、宿泊先の帝国ホテルで注文した物が発端らしい。
歯の状態が悪かったシャリアピンでもおいしく肉を食べられるようにと工夫を重ねたのが、シャリアピンステーキなのだ。
ちなみに、シャリアピンステーキの派生料理としてシャリアピンパイというものもあるらしい。
「なるほど……。手間と時間はかかりますが、料理人を抱えている富裕層であれば再現できますわね。富裕層を中心にブームが起きるかもしれませんわ」
「そうかもしれないね。新しい料理が広く普及されるなんて光栄じゃないか」
ホテルは文化的側面があるし、広く一般に浸透する物があってもおかしくないと僕は思っている。それこそドリアやナポリタンといった今でこそ家庭で作られるメニューも存在しているわけだし。
それに、どれだけ料理が普及しようともヌエヴォ・グランが料理発祥の地という事実は変わらない。だから発祥地の味を食べたいという客は必ずいるし、それはこのホテルの強みの1つになるのだと思う。
夕食後、少しホテル内を散策してから部屋に戻ることにした。
だが部屋に戻る前に、一部の宿泊者限定のラウンジ『グランクラブ』で少し過ごすことにした。
グランクラブはモダンなデザインで統一され、落ち着いた雰囲気と高級なイメージを両立させている。
さらに、このラウンジで提供されている物は全て宿泊費込み。追加料金がいらないので、非常にお得な施設となっている。
そんなグランクラブで、リリアーヌさんとブルーノさんを見つけた。
「あ、リリアーヌさん、ブルーノさん。このホテルはどう?」
「規模も設備も最高です。特にエステサロン『クイダッド・デル・クエルポ』はいいですね。癒やしと美容を体験できるので、女性客の需要が見込めます」
『クイダッド・デル・クエルポ』は、本館1階にあるエステサロンだ。
マッサージや肌ケア、ネイルアートなど様々なメニューを提供している。
「俺は診療所が気になったな。冒険者として、怪我の治療は重要な関心事だからな」
ブルーノさんが行った診療所とは、診療医院『アテンシオン・メディカ』の事だ。本館4階に位置する。
ちょっと覗いてみたが、僕の前世日本の大病院と遜色ない設備があり、ほぼ確実にこの世界最先端の医療を提供できるだろう。
「それと、確かこのホテルには3軒空きテナントがありましたよね? あれ、一軒ノボテル商会で使わせて欲しいんですが……」
「俺もだな。さすがに魔物の素材買い取りみたいな血なまぐさいことは出来ねぇが、依頼の受け付け専門の事務所として使いてぇな。大商人や貴族の依頼は冒険者ギルドのデカい収入源だし、そういう連中が入りやすい事務所は欲しいんだ」
実は、ヌエボ・グランには空きテナントが3軒ある。本館に1軒、タワー館に2軒だ。
この空きテナントは自由に使うことが出来、なんなら他人に家賃を設定して貸し出すことも可能だ。リリアーヌさんとブルーノさんはそこを使わせて欲しいらしい。
「2人には随分お世話になってるし、前向きに好条件で検討しようかな。まぁ、すぐまとまる話じゃないから、後日ゆっくり話そうよ」
翌朝。僕達は本館1階にあるビュッフェレストラン『ピラータ』に来ていた。
並んでいるメニューは魚や味噌汁と行った和食やウインナー、ハム、シリアルといった洋食まで幅広く準備されている。ドリンクも紅茶にコーヒー、生搾りジュース、ミルクと種類が豊富だ。
中でも目玉となるメニューがあった。
「リオさん! 目の前で料理してくれるコーナーがありますわ!!」
「ライブキッチンだね。目の前でシェフの技術を見られるし確実にできたてが味わえるんだ」
そう、このレストランにはライブキッチンがある。それも2カ所も。
朝食の場合、オムレツとフレンチトーストを焼いてくれる。オムレツはプレーンとチーズ入りを選べるし、オムレツを受け取った後はトマトソースとデミグラスソースを自由にかける事が出来る。
フレンチトーストは1回当たり2枚焼いてもらえ、受け取った後はハチミツ、メープルシロップ、ホイップクリーム、ジャム、フルーツなどをトッピングすることが可能だ。
「朝食なのについつい食べ過ぎてしまいましたわ」
「僕達ビュッフェに結構馴れてきたはずなのに、ついハメを外してしまったね」
僕とクラウディアは自分のホテルのレストランやラウンジで食事をすることが多く、当然ビュッフェやそれに近しいサービスもよく利用していたはずなのだが、久々に後先考えずに食べてしまったと思う。
それくらい、ここのビュッフェはおいしいし楽しかったのだ。
そしてチェックアウトの時間。今回もお試しと言うことで宿泊費を支払う必要は無く、宿泊代がモニカから発表される形となる。
「基本的に、当ホテルの基本的な宿泊料は1部屋1泊当たりスタンダードが5万V、ファミリーが8万Vとなります。これはスーペリアランクの料金で、タワーランクになるとプラス1万5000V、クラシックランクになるとプラス3万Vになります。
ジュニアスイートが15万V、スイートが18万Vです。この2種類の部屋はタワーランク以上しかありませんのでタワーランクのお値段ですが、クラシックランクではプラス5万Vとなります。
ヌエヴォ・グラン・スイートとペントハウス・スイートは50万Vです。維持費は月100万Vとなります」
「部屋や設備の内容から言えば安いですわね」
「ああ。だが、一般人からすれば少し躊躇しちまうな。部屋を選ばなければ数年に1回、いい部屋なら一生に一度泊まれるかどうかってとこだろうよ」
「この設備で維持費が格安なのは、お手頃通り越してずるいって商人としては思ってしまいますね。……まぁ、その分テナント出店で良い思いさせてくれればいいなって思いますけど」
概ね好評だが、やはり都会の一流ホテルだけあって一般の人でも払えるか払えないかという値段になってしまったらしい。確かに、素泊まりで一泊5万はちょっと考える。
あと、リリアーヌさんの台詞がちょっと怖かった。
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