045号室 姉登場
シティホテル『ヌエヴォ・グラン』を建設してから1週間と少しで開業準備を終わらせ、無事開業と相成った。
それから1ヶ月後。僕とクラウディアはホテル内を観察しながら歩き回っていた。宿泊客の反応を確かめるためだ。
手紙やアンケートで宿泊の感想を書いて貰うのも非常にうれしいが、やはり生の反応を見るのは文字だけでは得られない、別種の喜びがある。
僕達がロビー付近にさしかかると、宿泊客とロビー担当のスタッフゴーストが何やら言い合っている光景が目に飛び込んできた。
「だからぁ、オーナーと会わせなさいよ」
「ですから、アポイントメントが無ければ面会は出来ないので……」
どうやら、僕に会いたい女性客がスタッフに食ってかかっているようだ。モンスターカスタマーってこの世界にもいるんだなと思いつつ、ああいう手前の要求に従ってホイホイ声をかけるのも宜しくないので、ここは警備担当のスタッフゴーストに連絡を取って対処して貰うかと考えたとき、クラウディアが声をかけた。
「あの、リオさん。あの方には早めに声をおかけした方がよろしいかと」
「え? でも、無理な要求に従ったら後でどうなるか……」
「あの方だけは別ですわ。責任はわたくしが持ちますから」
クラウディアの様子が必死だったので、とりあえず今回だけは特別ということで件の人物に声をかけた。
「失礼します、お客様。僕が当ホテルのオーナーですが」
「あー、あんたがオーナー? あ、それにクラウディアもいるじゃん」
「お、お久しぶりですわ、デルフィナお姉様」
モンスターカスタマーの正体は、クラウディアの身内だった。
以前クラウディアの両親と会った時に少し触れたが、クラウディアには姉がいる。それがデルフィナ・モンフォルテさん。モンフォルテ公爵家の次期党首でもある。
そんな彼女が泊まっているペントハウス・スイートのリビングで僕とクラウディアはデルフィナさんと相対していた。
「それにしてもデルフィナさん。僕に用があるなら先に手紙などで連絡すればよかったと思いますが」
「あら、義弟になるんだからこれくらい機転を利かせなさいよ。予約記録とか見れるんでしょ」
予約記録は見れるが、だからといってVIPっぽい人がいれば僕が直に接客するかというと、そんなことはまずない。
イベントや行事の来賓などで招待した場合であればそういうこともあると思うが、そうでなければ1宿泊者と同じ接客を行う。なぜなら、普段の肩書きや仕事を忘れてリラックスしたホテルステイを楽しみたいと思う人がいるからだ。
それに、予約のチェックは僕の仕事じゃないしね。
「すみません、リオさん。お姉様は身内認定した人には上に出てしまう方なのですわ。それ以外の人には丁寧に接するのですけど……」
つまり、一応僕とクラウディアの仲を認めてもらえているのか。うれしいような面倒なような……。
「ま、ちょっと手紙が出しにくい事情があったりしたんだけどね。それよりも、ホテルのオーナーであるあんたに頼みたい事があるの」
「頼みたい事? 何でしょう」
無茶なお願いでなければ良いなと思いつつ、デルフィナさんの言葉に耳を傾けたが……。
「その前に、ホテルとその周辺を案内して欲しいんだけど。それで諸々の確認を取れたら話してあげる。結構慎重に事を運びたいからね」
「こちら、ホテル前の公園です。イベントなどで使用できる広場も併設されています」
「奥にはチャペルもありますわ。リオさんとの結婚式はここで挙げる予定ですの。お姉様もこちらで挙げてみては?」
「私は遠慮しておく――っていうか無理ね。次期当主だから、自領以外で結婚式を挙げたら色々と角が立つし。でも――」
デルフィナさんは当たりを見回した。
「思ったほど木が密集していないわね。見通しが良いのはいいポイントね」
変なところに目を付けているんだなと思いつつ、次はホテルの中に案内した。
「こちら、エステサロン『クイダッド・デル・クエルポ』です」
「女性からの人気が高く、お姉様にもオススメですわ。よろしければ、わたくし自らお姉様に施術してもよろしいですわよ」
実はクラウディア、『メイク法』というスキルを持っていて美容関係の技術習得が異常なほど早い。そのためか開業からわずか1ヶ月足らずでクイダッド・デル・クエルポの施術を全てマスターしてしまった。
クラウディアが店に立つ機会は少ないが、客の評価はダントツで高いのだ。
「ああ、クラウディアならどんな美容施術も完璧にこなしてみせるわよね。ありがたいけど遠慮しておくわ。
それよりも、このホテルって診療所があるんでしょ? そっちを見てみたいわ」
「はい、ご案内します」
僕はデルフィナさん本人もしくは周りにいる人の健康に不安があるのかなと思ったが、クラウディアに聞くとそんなことはないらしい。ついでに言うと医療関係の勉強をしているとか、医療関係者の知り合いがいるとかも無いそうだ。
なぜ診療所の方に興味を持ったかは、この時点では謎だった。
最後に訪れたのは、宴会場だった。
ヌエヴォ・グランには本館2階に2つと5階に1つ、タワー館3階に1つの計4つの宴会場がある。それぞれ間取りや広さ、内装が全く異なる個性的な宴会場ばかりだ。
デルフィナさんは宴会場をかなり念入りに時間をかけて調べた。
「うん。この本館5階の宴会場が良いわね。一番広いし、見晴らしが良いから周りの動きがすぐわかる。一番高いから警備もしやすいわね。
ところで2人とも、今日の夕食、私と一緒にしなさい」
「え? いえ、でもお店の方に迷惑では……」
「ここのレストランだから大丈夫よ。それに個室を予約したから。確か6人まで追加OKだったわよね? ダメならなんとかしなさい。オーナーなんでしょ」
「すみません、リオさん。こうなるとお姉様は意思を曲げませんので……」
まぁ、デルフィナさんの言う通り個室は定員が6人だし、そもそも予約必須のメニューは存在しないから予約人数の変更はある程度融通が効くんだけどね。
それにしてもやっぱりこの人、無理難題を平然と言うんだなぁ。
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