042号室 最後のランクアップ
季節は8月。
夏真っ盛りであり、こんな時期にバノデマールのビーチで泳いだりアカンパーでアウトドアに興じると最高の気分になる。
しかしそんな考えを持つ人はたくさんおり、バノデマールやアカンパーは激混みしている。当然、そこにあるカシオン・デル・マールやエンカントは連日満室御礼である。
逆に、温泉地にある椿屋の稼働率は7割程度に留まっている。暑い最中に熱い温泉へ入るのは合わないだろうと考えている人が多いのだ。
だが、僕は夏は夏で温泉を楽しめる余地があると思う。特に温泉上がりのアイスは冬よりも気分が良くなるし、景色も冬とは違ったものになるのも趣がある。
それに、温泉地であるカルローサは山地だ。意外と涼しい土地なので、炎天下で風呂に入るという地獄のような状態になりにくいのだ。
そんなわけで僕とクラウディア、モニカの3人は主に椿屋で仕事を頑張りつつ温泉を楽しんでいたのだが。
「おっと、ランクアップしたみたいだ。しかも、今回が最終段階らしい」
「あら、珍しいですわね。ランク式のスキルを持つ人野中で、最終段階まで成長するのはごくわずからしいですわよ。
それでリオさん、どのような事が書かれていますの?」
クラウディアに促され、僕は自分のステータスを確認した。
『ランクアップ!
称号:ホテルグループ会長 → グランドホテルグループ総帥
達成条件:累計宿泊者数10万人以上、従業員数1000人以上
お知らせ:温泉街の入り口前に来てください』
「そういえばこの温泉街、乗り物が入れない作りになっていましたわね。すぐに行きましょう、リオさん」
「そうだね。他にもリリアーヌさんとブルーノさんがいたはずだから、声をかけてみよう」
というわけで、僕達は最後のホテルを立ち上げるため行動を開始したのだった。
毎度おなじみ送迎用バスだが、なんと今回は2台も登場した。1台は丸っこいクラシックなイメージのバスで、もう1台は流線型が印象的な近未来的デザインのバスだった。
だからモニカと運転手として働いているスタッフゴーストの2人体制で運転することになったし、新しいホテルに連れて行くスタッフゴーストも今までで一番多くなった。
そんなバスに2時間ほど揺られていると、目的地に到着した。
「皆様、お疲れ様でした。目的地『シウダ』に到着です」
「これは……」
バスから降りると、思わず絶句してしまった。
今までのパターンと同じく廃墟と化したゴーストタウンではあるのだが、その規模が今までの例とは桁違いなのだ。
とにかく瓦礫の密度が高い。瓦礫が小高い丘を形成していて、それが連続で何度も続いているのだ。
でもまぁ、考えてみれば当たり前だ。事前にモニカから聞いていたのだが、ここシウダは禁じられた領域のほぼ中心に位置し、古王国時代は王都として栄えていた。
つまりその分建物も多いはずであり、その結果瓦礫が多くなってしまったのだ。
この瓦礫を超えながらスキルに指定された場所まで進むのだが、とにかく大変だった。
気付けば3時間も移動に費やしていて、バスに乗っているときよりも多く時間がかかってしまっていた。
「つ、着いた……」
ようやく指定場所までたどり着き、スキルを発動した。
すると、瓦礫の山になっていた街はすっかり立派な都市の姿を取り戻していた。どこも大体10階程度のクラシックな低層ビルが建ち並び、昔はめちゃくちゃ栄えていたのだとようやく実感できた。
そしてホテルだが、2つの建物で構成されているようだった。
まず手前側にある建物。こちらは5階建ての立方体に近い形状の建物で、昭和初期に建てられたような洋風建築だ。
奥の建物は手前の建物とは対照的に近代的な高層ビルとなっている。
手前の建物の屋上付近と車止めの庇には『ホテル・ヌエヴォ・グラン』と書かれていた。
「モニカ、このホテルは?」
「こちらのホテルは『ヌエヴォ・グラン』と申します。看板に『ホテル』と付いているのはこの施設がホテルである事を示すためですね。カテゴリーとしては、オーナーの故郷で言う『シティホテル』に該当します」
へぇ、シティホテル。
その名の通り都市部に立地するホテルで、都市を中心にビジネスにも観光にも利用できるのが特徴。さらにレストラン、バー、宴会場といった様々な設備を備えている場合も多い。
最近では、外国のラグジュアリーホテルも参入してきていたな。
ちなみに、日本のホテル分類は曖昧な部分があり、シティホテルとビジネスホテルの線引きが難しいとはよく言われているな。
もっとも、このヌエヴォ・グランを見る限り、高級路線なのは間違いないと思うけど。
「では、営業準備をして参りますので少々お待ちください」
いつも通りモニカとスタッフゴーストが先にホテルへ入り、準備が整うまで待つことになった。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
ドアマンのスタッフゴーストに声をかけられ、僕達はホテル内に入った。
「すごく広いですわ!」
「高そうな石材使ってるみたいだな」
「調度品のデザインが良いですね」
ヌエヴォ・グランのロビーは、今まで建ててきたどのホテルよりも広く、大広間と言われても良いくらいの面積を誇っていた。
さらに床や壁は素人目で見ても綺麗で上質な石材が使われているのがわかるし、設置されているソファやテーブル、シャンデリア、といった調度品や階段はモダンなデザインになっていた。
総じて、ものすごく高級感漂う空間になっている。
そんなロビーの光景に目を奪われながら、僕達はカウンターに向かった。カウンターで応対したのはモニカだ。
「ようこそ、ヌエヴォ・グランへ。チェックインでございますね?」
「はい、お願いします」
チェックインを終えると、僕達は今日泊まる部屋まで案内される。
僕とクラウディアはモニカが、ブルーノさんとリリアーヌさんはそれぞれベルマンのスタッフゴーストが案内した。
「では、移動しながら当ホテルについてご説明します。当ホテルはクラシックな低層建築の方を『本館』、高層ビルの方を『タワー館』と呼称しており、それぞれ中庭を挟んで隣接しております」
続いて、モニカは客室の説明をした。
ここヌエヴォ・グランは5種類の客室を用意している。宿泊料が安い順にベッド2台が置かれた『スタンダード』、ベッド4つの『ファミリー』、リビングと寝室に分かれた『ジュニアスイート』、ジュニアスイートにダイニングとシャワーブス付きの浴室が付いた『スイート』がある。
「さらに当ホテルでは、『ランク』によって客室が分けられています」
「『ランク』?」
「はい。下から順に『スーペリア』、『タワー』、『クラシック』とあります」
このランクの違いだが、部屋の位置、調度品、部屋の広さが違っているらしい。
『スーペリア』はタワー館の低層階、『タワー』はタワー館の高層階、『クラシック』は本館に位置している。
広さは同じ客室でも『スーペリア』と『クラシック』の間では2倍も違っており、同じスタンダードルームでもランクが異なれば違う種類の部屋に見えてしまうそう。
また部屋のベースカラーも分けられていて、スタンダードは暖色系、タワーは白、クラシックはブラウンになっているらしい。
さらに『ジュニアスイート』と『スイート』はタワー以上のランクしか存在しないとか。
「なるほど。それで、僕達はどの部屋に泊まるのかな?」
「実は、先程紹介した客室以外に『ペントハウス・スイート』と『ヌエヴォ・グラン・スイート』という特別なお部屋があり、それぞれ2部屋ずつしかありません。
お二人にはヌエヴォ・グラン・スイートにお泊まりいただきます。ブル-ノ様とリリアーヌ様にはペントハウス・スイートにお泊まりいただくことになっております」
特別な客室、つまり最上級の部屋か。
この世界に来てからそういう特別室は何度も泊まったが、このホテルではどうなっているのか、本当に楽しみだ。
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