幕間5 王子と王太子の温泉旅行

 ヴァカシオネスのカサ・セニョリアル来訪から3ヶ月後、クリスティアンとフランソワはまたしても禁じられた領域を訪れていた。


「……で、なんでまた禁じられた領域に来たんだ? クラウディア嬢の消息は明らかになって公表されただろうに」


 クリスティアンとフランソワが前回の旅行から帰国した時、クラウディアの消息は彼女の実家であるモンフォルテ侯爵家から公表されていた。しかもクラウディアが事実上の禁じられた領域の王であるオーナー、つまりリオと婚約関係を結んだことも一緒に公表された。

 この事により、関係がギクシャクしていたパラドール王国とリッツ王国の間に融和的なムードが流れた。

 さらに今最もアツい禁じられた領域の王とクラウディアが婚約したことにより、リッツ王国の第3王子派は白い目で見られていることも融和ムードに拍車がかかっている。禁じられた領域が、戦争を回避しているとはいえライバル関係にあるパラドール王国と近くなってしまい、経済的に差を付けられるのではと危惧されているからだ。


 そういうわけで、クリスティアンとフランソワの当初の目的であったクラウディアの捜索は既に達成され、2人が禁じられた領域に行く意味は無くなってしまった。

 ……無くなってしまったが、なぜかクリスティアンは未だにフランソワを誘って禁じられた領域へ旅行に行っている。


「なんでって、僕の好奇心を満たすためさ。禁じられた領域のオーナーが開業したホテルは全部泊まってみたいからね」


「……そんなことで禁じられた領域に行くとは。クリスの婚約者もあきれているだろう」


「クラウディア嬢は僕の婚約者の妹だからね。義妹の婚約者に挨拶しないとさ」


 物は言い様だとフランソワは思ったが、突っ込んでも無駄だと思ったので何も言わなかった。




 今回2人はカルローサにある椿屋へ泊まりに来ていた。もちろん、部屋はスイートルームに当たる椿部屋の1つ『白椿』。紅椿と同様、純和風の部屋だ。


「ふむ。東方の国らしい部屋だな。建物もそうだが」


「こういう普段寝泊まりできないスタイルの部屋に泊まれるのも、禁じられた領域旅行の醍醐味じゃないか」


 そしてクリスティアンとフランソワは、目一杯観光を楽しんだ。

 温泉街に繰り出してご当地メニューに舌鼓を打ったり、お土産を探したり、旅館に戻って露天風呂を心ゆくまで堪能したりした。

 そして夕食の時間。


「異国のコース料理とは……」


「僕は本で読んだことがあるけど、本よりも豪華じゃないかな?」


 珍しい和食の会席料理を堪能する2人だったが、途中で会話が真面目なトーンに切り替わった。


「ところでフランソワ。僕達に出されていた『宿題』、あれどうする?」


「会談会場のことか」


 先述したとおり、パラドール王国とリッツ王国は融和ムードが醸成されつつある。そのためジュリアン第3王子の婚約破棄とクラウディアの禁じられた領域追放に端を発した国際問題を一気に解決してしまおうという機運が高まっている。

 だが、これを面白く思わない勢力も一定数存在する。リッツ王国の第3王子派もそうだが、最も危険なのはパラドール王国とリッツ王国の戦争を望む主戦派だろう。

 彼らは和平をぶち壊したいと思っているから、会談に何を仕掛けてくるかわからない。ひょっとしたら強硬手段を使ってくるかもしれない。

 もちろんどこで会談をやるにしても、警備は厳重にする。しかし敵は思わぬ手段を使って警備を突破する可能性もある。

 また、ジュリアン第3王子の豪遊が派手に噂されているのと引き換えに、主戦派の活動は不気味なほど聞こえてこない。不気味さすら感じる。


 そう考えると、敵が行動しにくい場所、すなわち土地に明るくない、地の利を生かせない場所を会場にするのが望ましい。

 この条件に合うのは、禁じられた領域しか考えられない。問題はそこで会談を行うかだが。


「カシオン・デル・マールはどうだ?」


「収容人数的にも十分だし、宴会場があるからそこを会談場にすることも出来る。ただ、人が集まりすぎているな」


 カシオン・デル・マールがあるバノデマールは、現在では様々な人が訪れる一大観光地になっている。

 だからこそ、会談場とするにはネックなのだ。警備に手間がかかるし、人払いをしようとすると影響が大きすぎる。


「本来ならオーナーに相談すべき事だけどな」


「……ああ、だからまた禁じられた領域に来たのか。だが、オーナーは今不在らしいな」


 実はクリスティアンの目的は、オーナーと接触して両国会談に協力して欲しいこと、会談場に最適な場所を相談することだったのだ。

 だが、運悪くリオは不在。基本的にリオはクラウディア、モニカと共に最も新しいホテルにいることが多いのだが、時々仕事のために他のホテルに行くこともある。

 今日は運悪く、他のホテルに行っている日だったのだ。


「ま、いなかったものはしょうがない。別の日に改めよう」


「お互いにあまり時間を作れない身の上だが、仕方が無い。最悪代理人を立てればいいとして――国際関係的に、なるべく早く決まって欲しいものだな」


 今回は目的を果たせず帰国することになった2人だが、フランソワの望みは比較的早く叶えられることになるのだった。

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