幕間4 王子と王太子の避暑地紀行
「着いた着いた」
「ここが古王国時代の貴族の邸宅を改装したホテル、『カサ・セニョリアル』か」
モンフォルテ公爵夫妻がカルローサから帰宅した直後、クリスティアン王子とフランソワ皇太子は入れ違うように禁じられた領域へとやってきていた。
今回訪れたのは、かつて古王国の避暑地だったヴァカシオネス、そこに建つマナーハウス『カサ・セニョリアル』である。
「移動は楽しいものだったな」
「ああ。私も移動中だというのに、ついつい飲み過ぎてしまった。だが、肝心のホテルはどうか」
ホテル内に足を踏み入れ、客室に着くと2人は部屋を見て回った。
ただ、今までのホテルとは違いあまり期待していないようだった。
「貴族の屋敷とあまり変わりないな。魔導具が大量に置かれているのは贅沢だが……。クリスはどうだ?」
「おおむねフランソワと同じ意見かな。ただ、所々古王国時代の衣装が残っている点が評価ポイントかな。歴史的な建物に泊まれるのは気分が高まるね」
「ああ、お前は新しもの好きな癖して古いモノも好きだからな。長期休みになれば遺跡に行こうとするし、歴史的に貴重な貴族の屋敷へ泊まりに行ったこともあったな」
一通り部屋を回った2人は、次に貴族の間で話題になっている庭へ足を運んだ。
「これが、今貴族や富裕層の間で話題になっている風景式庭園の大本か」
「リッツ王国でも、風景式庭園は広がっているよ。だが、全ての富裕層が風景式庭園に好感を持っているわけではなさそうだが」
伝統的な庭園様式に誇りを持つ人も居るし、歴史的に貴重な庭園であるため容易に庭を作り替えられないという事情を持つ者もいる。
だが一番風景式庭園を支持していないのは田舎の富裕層だろう。そもそも風景式庭園が題材にしているのは自然の姿であるため、自然が豊富な田舎ではありがたがられないのだろう。
庭園を見て回った2人は再び部屋に戻り、テレビを見た。
テレビは禁じられた領域、しかもリオのスキルで開業したホテルでしか見られないため、なんやかんや2人の楽しみになっていたのだ。
「僕は映画を見たいかな。カシオン・デル・マールで見たとき以来ちょっとハマったんだ」
実は、カシオン・デル・マールの開業と同時に『映画チャンネル』の放送が開始されていた。
その名の通り映画を放送するチャンネルなのだが、リオの前世にあった映画のみならず別世界の映画もあったりとカバーしている作品は非常に膨大で、SS級映画だけでも一生のうちに全て見られるかどうか、という量らしい。
「まぁ待てよ、クリス。……なんだこれ、『教養チャンネル』?」
フランソワが見つけたのは、カサ・セニョリアル開業と同時に放送開始した『教養チャンネル』。
教養を学習する番組を放送しているチャンネルで、マナーや知識といったこの世界でも『教養と言えば』というようなものから芸事、掃除や料理といった日常スキル、さらにはこの世界にはまだ存在しない教養まで幅広く抑えられていた。
当然、見たことも聞いたことも無い知識を伝える番組に2人はついつい釘付けになり、次の予定の時刻まで見入ってしまった。
「いやー、すごいな! 特にフィギュアっていう人形、あれのクラフト技術は真似したくなるな」
「私は箱庭制作が気になった。帰って時間が出来たら挑戦してみよう」
後にクリスティアンはフィギュア、フランソワは箱庭制作で有名になるのだが、それは別のお話。
この日、夕食を兼ねたアクティビティとして仮面舞踏会が催されていた。
クリスティアンとフランソワもこの催しに参加することにした。
「仮面舞踏会。なかなか珍しい催しだね」
「そうだな。今では一部の愛好家が時々行うだけだからな」
実は、この世界で仮面舞踏会はマイナーなパーティーなのだ。
仮面舞踏会は、お互いの素性を仮面で隠し、身分や立場関係なく交流するのが醍醐味だ。
しかしセキュリティの関係上、参加者は厳選しなければならない。すると参加者の素性がある程度バレてしまうので、ホストとしては仮面舞踏会の醍醐味が失われてしまう。
この矛盾に陥った結果、徐々に下火になってしまい、現在では一部の愛好家が時々開催するに過ぎない催しになってしまったのだ。
さて、2人は食事を適度に楽しみつつ、他の客との談笑や社交ダンスに参加していた。
そんな中、1人の女性が2人に声をかけた。
「失礼します。先程のダンス、見事でした。良ければ私と踊っていただけますか?」
「あー……すまない、私は少々体力が無くてね。もうしばらく休まないと身体を壊してしまいそうだ」
とフランソワは言ったが、嘘である。
フランソワは見ず知らずの女性が苦手なのだ。話すだけならなんとかなるが、わずかでも触れると精神が削られる。手を取り合う社交ダンスは、フランソワにとって鬼門なのだ。
なお、心がかなり疲れているので休憩しなければならないのは本当だったりする。
「では、僕がお相手しましょう」
「よろしくお願いします」
結局クリスティアンが女性の手を取り、踊ることになった。
「見ているときもあなたのダンスは魅力的でしたが、実際にダンスのお相手を務めますと凄さが実感できますね」
「それは光栄。では、このステップについて行けるかな?」
より高度なステップに切り替えるクリスティアン。女性の方は置いて行かれるのではないかと誰もが思ったが、なんと難なくクリスティアンについて行けた。
「ハハ、あなたもやるじゃないか!」
「お褒めいただき感謝します。ところで……」
すると女性は、さりげなくクリスティアンに身を寄せ、耳打ちできる姿勢になった。
「あなた、パラドール王国のやんごとなきお方ですね? そしてご友人の方は、リッツ王国のやんごとなきお方」
「……僕達の正体に気付いているのか?」
「はい。これでも世界を股にかける商人ですので、高貴な方の名前とお顔は覚えるようにしております。実は、あなた方がお探しになれている人の情報を持っています」
この時点で、クリスティアンは女性の正体について察しが付いた。
「――なるほど。その情報を提供したいんだね?」
「はい。つきましては、この後サロンまでお越しいただければ」
「わかった。あいつにも言っておくよ」
社交ダンスに見せかけた密談が終わると同時に、フィニッシュとなった。
その姿を見た誰もが、シリアスな話をしながら踊っていたなどと夢にも思わないだろう。
今回催された仮面舞踏会は、仮面を外して休憩できるスペースをいくつか設けている。クリスティアン、フランソワ、そして女性が入室したサロンも、そういった休憩スペースの1つだ。
3人は仮面を外し、改めて挨拶をした。
「お初にお目にかかります、フランソワ皇太子殿下、クリスティアン王子殿下。私、リリアーヌ・ノボテルと申します」
「ノボテル? もしかして、ノボテル商会の?」
「はい。現ノボテル商会長の娘です」
すると、クリスティアンが聞いたことのある話の確認を取った。
「確か、禁じられた領域と最初に取引したのは修行中のノボテル商会長の子供らしいね。と言うことは、リリアーヌさんがそうなのかな?」
「その通りです。最初に禁じられた領域のオーナーと取引して以来、一番の得意先となっています。今ではタイミングが合えば、開業前のホテルの体験宿泊にも参加させて貰っています」
ノボテル商会と禁じられた領域はかなり深い関係になっているとクリスティアンは聞いたことがあるが、まさか開業前のホテルに宿泊出来ていたとは思いもしなかった。
そしてそれだけ深い関係を気付いていると言うことは、2人も知らない情報を持っているはずだ。
「今回お声がけしましたのは、お2人のお耳に入れておきたい情報があるからです。お2人が知りたいのは、禁じられた領域に追放されたクラウディア・モンフォルテ公爵令嬢の消息ですよね?」
「知っているのか!?」
「頼む、彼女は戦争を回避するカギなのだ!!」
クリスティアンとフランソワは興奮したように詰め寄った。半分遊びも入っていたとはいえ、2人の目的はクラウディアの消息を確認し、戦争を回避することにあるのだから。
そしてリリアーヌは一呼吸置き、口を開いた。
「クラウディア嬢は禁じられた領域のオーナーと一緒に居ます。そしてつい先日――オーナーと婚約されました」
予想だにしない情報をいきなり耳にし、クリスティアンとフランソワは天地がひっくり返る心地がした。
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