037号室 温泉街

 カサ・セニョリアルの正門前に行くと、そこに現れたのはランクアップ事に増えていった観光バスだった。今回の観光バスは、白い車体に椿の絵が描かれた和風なデザインだった。

 このバスに僕、クラウディア、アルフレド。セシリオ、そして選抜された従業員が乗り込むと、最後に乗車したモニカが運転席に座りバスは動き出した。


「これから禁じられた領域の東部に向かいます。カルローサというアカンパーの南にある温泉地です」


「カルローサ? 確か、前にモニカが言ってたよね?」


 グランピング施設『エンカント』がアカンパーに開設されたとき、モニカがカルローサのことも少し話していたはずだ。


「おっしゃるとおりです。あの辺りは田舎町であるにも関わらず観光地として盛況だったのですが、その大きな理由となっている町ですね。復活した暁には、往年の盛況ぶりを感じていただけると思います」




 数時間バスを走らせた後、僕達は目的地に着いた。

 到着したカルローサという町は、山に囲まれた谷間に作られており、中央には立派な水路が設けられている。

 ……もちろん、今は荒廃しきっておりとても観光地として栄えていたとは思えない無残な姿が広がるばかりだが。


「街中へは車両の進入が出来ません。それほど道が狭いので」


「わかった。ここからは徒歩で探すんだね」


 いつもの如く、スキルに提示された場所を探し当て発動。町全体が修復される。


「おお、これは」


 水路が完全に復活し、その両脇に3~5階建て位の木造建築物が林立する。

 

「東方の国の建築物に似ていますわね。けど、わたくしが前に見た絵とは違うようにも感じますわ」


「もしかして、和洋折衷かな?」


 どうやらこの世界にも日本に似た国があるらしいが、その建築様式とこの町の建築様式は少し違うらしい。

 よく見ると小さいながらもバルコニーがあったり、てっぺんが塔のような形になっていたりするので、和洋折衷様式の建築物なんだろう。大分和風よりだけど。

 和洋折衷なのは建物だけで無く町の様子も同じで、水路の所々に架かっている橋は和風だが、道を舗装している石畳はキレイに切りそろえられた洋風になっている。


 ちなみに、この町に似たような写真を見たことがある。銀山温泉だ。

 偶然ネットの写真を見ただけだったけど、夜に建物の窓から漏れる光が特徴的な建物と合わさり、非常に幻想的な画になっていたのを思い出させる。


 さて、今回出現したホテルだけど、このホテルも他の建物と同じように和風寄りの和洋折衷様式で、3階建て。

 看板には『椿屋』と派手な字体で書かれ、椿の絵も描かれている。


「なぁ、あの看板、ちょっと変じゃねぇか?」


「本当だ。妙に立体的というか……」


「わたくしには、石膏で作られたように見えますわ」


「ああ、あれは『鏝絵』って言うんだよ」


 鏝絵とは、漆喰を使った絵だ。漆喰を使って作られるので、左官職人の手で作成される。

 椿屋の鏝絵は大胆ながらも細部が緻密に作り込まれており、左官職人の高い技術で作られたことがうかがえる。……まぁ、僕のスキルで出した物だけどね。


「皆様、お待たせしました。これより当旅館へご案内致します」


「あ、うん。だけどモニカ、その服は……」


「当旅館『椿屋』従業員の制服です」


 いつの間にか建物に入って開業準備をしていたモニカが案内をしに出てきたんだけど……モニカは仲居さんの着物を着ていた。どうもこのホテル従業員の制服らしい。

 あと、ここはホテルじゃなくて『旅館』なんだな。


「俺、そんな服見たことねぇな」


「自分は本で見たことがある」


「わたくしは、以前実家に見えたお客様でそのような服を着ていた方を見たことがありますわ。モニカさんが着ている服よりも派手で豪華でしたけど」


 三者三様の感想を言い合いながら、僕達は旅館内へと足を踏み入れた。

 まず、館内は土足厳禁。木札式のカギが付いた下駄箱に入れる。

 靴を仕舞って奥に進むと、ロビーが見える。壁も床も木造で和風色が強いが、照明に小ぶりなシャンデリアが使われていたり窓の一部がステンドグラスになっていたり、ソファセットが置いてあったりするという洋風な色も感じられる。

 また、カフェも併設されていた。


「……はい、確認しました。ではこれからお部屋へご案内します。その後、お部屋の中で詳しい説明をさせていただきます」


 チェックインは簡素な物で、名前の確認だけで終わった。

 例によってアルフレドとセシリオ、僕とクラウディアの組み合わせに別れて部屋に案内された。僕とクラウディアはモニカが案内してくれ、アルフレドとセシリオは別のスタッフゴーストが案内したようだ。


「当旅館は、本館と別館に分かれています。町並みが見える『川側館』と、雄大な山々と自然の風景を楽しめる『山側館』がありまして、ロビーがあるのは川側館ですね」


「あら、建物が2棟もありますのね」


「はい。客室ですが、3タイプ存在します。スタンダードなのは部屋1つ分の『一間部屋』と部屋が2つある『二間部屋』です。一間部屋でも最大6人は泊まれる広さがございます」


 結構広いんだな。聞いた限り、基本的なのは一間部屋で、二間部屋はコネクテッドルームに近いのかな?


「そして『椿部屋』という当旅館にとって重要な意味を持つ特別室が3部屋ございます。いわゆるスイートルームと思っていただければ。

 また、当旅館は全ての部屋に植物の名前が付いており、椿部屋の場合は『紅椿』、『白椿』、『桃椿』の名を冠しております」


 なるほど。この旅館の名前が『椿屋』だから、旅館の名前を冠する部屋をスイートルームにするのは当然か。

 渡り廊下を歩いて山側館に行き、そこから最上階まで登るとある部屋の前に到着した。扉の横には立体的に光る表札が設置されており、『紅椿』の文字が和風な絵と共に書かれていた。

 モニカは袖口から木札のアクセサリーが付いたカギを取り出すと、扉のカギを開けた。


「どうぞ、お入り下さい。カギはオートロックですので、お部屋を出る際に忘れず持ち出して下さい」


 部屋の中は、ふすまで何部屋にも区切られている和室だった。しかも一部屋一部屋が広い。

 その中でちゃぶ台が置かれたリビングに相当する部屋へ案内されると、モニカはお茶とお菓子を淹れた。そして案内用のパンフレットを僕達に渡すと、説明を始めた。


「まずお風呂ですが、大浴場と貸し切り風呂は清掃時間確保のため深夜から早朝はご利用できません。お部屋のお風呂はいつご利用なさっても結構です。

 お部屋には館内着として浴衣をご用意しておりますが、浴衣を着て温泉街を散策されることも可能です。寒い場合は羽織をご用意しております。サイズが合わない場合は、ロビーまでご連絡ください。

 お食事ですが、宴会場とお部屋、どちらで召し上がるか選ぶことが出来ます。内容に変わりはございませんので、お好きな方を選んでいただければ」


「そうですか……。リオさんはどう思いますの?」


「そうだな……。どっちも旅館っぽいけど、和室の部屋なら部屋食でいただきたいかな?」


「承知致しました。お食事のお時間はいつに致しましょう?」


 その後、夕食と朝食の時間を予約し、一通りの手続きが終わった。


「では、何かありましたらロビーまでご連絡ください。ごゆっくり」

 

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